第4話 シチューには、パンかごはんか問題

 大衆食堂を目指して歩いていると、琴子ことことばったり出くわした。


「塾の帰りか?」


 孝明こうめいが聞くと、琴子は「うん」と返す。


「コメくんも、会社の帰り?」

「ああ」


 やはり、琴子は孝明の呼び名を「コメくん」で統一したいらしい。


「ねえ、あたしのあだ名、何がいいかな?」

「自分からあだ名を付けてもらいたがるって、どうなんだ?」

「みんなからは『琴子』って呼び捨てされてる。誰も、あだ名で呼んでくれないんだよね」


 琴子は、進学校の制服を着ている。

 孝明の学力では一生縁のないレベルの。

 なのに、どうして琴子はこうもバカっぽいのだろう。


「なんかさ、失礼なこと考えてない?」

「別にー」

「ねーねー、考えてよ」


 琴子から問いかけられ、孝明は考え込んだ。



「ことこ、ことこと。あ、コトコト。そうだな。今日からお前のあだ名は、コトコトにしよう」



「ちょっと、それじゃシチューみたいじゃん!」


 確かに実栗みくり 琴子ことこはよく見ると「じっくりコトコト」とも読める。


「シチューか。それもいいな」


 今日はシチューにしよう。それがいい。


 この大衆食堂は、頼んだら何でも作ってくれる。


「シチューってできる?」

 孝明は、ダメ元で頼んでみた。


「一応は」と、答えが返ってくる。実にいいかげんだ。けど、この店はそれがいい。


 大将が、冷凍室からブロック状のルーを取り出した。

 シチューやカレーなどを作るため、ルーは別々に作ってあるという。


 あらかじめ切って茹でておいた野菜を小鍋にぶち込み、ルーと一緒に混ぜる。

 ちょうど二人分だ。


 程よく煮込んだところで、大将は何度か味見をする。

 だが、ルーが具と合わさっていないのか、納得していない。


「コトコト、できそうだぞ」

「まるであたしをコトコト煮込んでるみたいに言わないで!」


 鍋をかき混ぜならが、大将がルーのとろけ具合を確認する。


「できたぜ。サイドは何がいい?」


 それなら、アレだろう。 



「パン!」

「ライス!」



 琴子は「パンにつける」と言い、孝明は「ライスと一緒に食う」と言った。 


「え、シチューとごはん、一緒に食べるの?」


 その一言で、孝明と琴子は一触即発となる。


「おいおいおい、何を言うんだ? 普通だろ」

「だって、パンの方がおいしくない?」

「どっちかっていうと、パンはスープが合うかな」


 シチューはおかずだから、ライスが欲しい。



 そう言うと、琴子はフッと小バカにした風に、鼻を鳴らす。



「さすが、こういうところもコメくんなんだね」

 なんだろう、そのバカにしたような言い方は。



「いやパンでしょ。特にこの、バゲットがいいよね」

 フランスパンの一種であるバゲットを、琴子は指揮棒代わりに振り回した。


「最後にお皿をパンで拭いて、ルーまでおいしくいただくまでがシチューってヤツじゃん」

「かっこつけて。どこのお嬢様だよ?」



「だってあたしガチのおじょ……コホン。別にいいじゃん! シチューの時はおセンチになるの!」


 琴子が、なぜか咳き込んだ。


「だったら今日はシェアしようじゃねえか! どっちがうまいか勝負しようぜ! うまかったらオレに謝罪しろよ!」

「望むところだっつの! そっちこそ吠え面かかないでよね!」



 大将の「冷めちまうぜ」の一言で、二人はいそいそとシェアを開始した。



「いただきます!」

「いただきまーす!」



 こうして、シェア食事会が始まる。









 

「❤❤❤❤❤❤!」


 一〇分後、ライスをおかわりする琴子がいた。


 あったかいライスと、トロットロのシチューの絶妙な組み合わせに、琴子は悶絶している。


「悔しいけど、おいしい!」



「お前のその状態な、ちまたでは『即墜ち二コマ』っていうらしいぞ」



「うるさい! でも、おいしい!」



 琴子が新たな扉を開いていたその頃、


「スマン大将、バゲット……もう一本あるか?」


 二本目のバゲットを千切って、シチューにまんべんなく塗りたくる孝明の姿が。

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