第10話 販売戦略

 傷がすっかり癒えたマドックはリリーナに感謝の言葉を告げた。

 ハルもエマも嬉しそうだ。


「それで、一体何があったんです?」


 リリーナの問いに沈痛な面持ちでマドックは語り始めた。


「ジレッド・ダウナー。男爵家の次男だって男が俺たちの店に来てこれからここは貴族である俺のものだ。自分に従えと言ってきたんだ。」


「いきなりそんな事を?」


「貴族ってそんなものさ。お嬢様すまねぇ。抵抗したけどこの有様だ。せっかくこうしてみんなで力を合わせて商会を立てたのにきっと俺たちはあの男に潰される。」


「それは困りますわね。」


「でも貴族にかかったら俺たち平民は逆らえないんだ。きっとあの場所で商売はもう出来ないだろう。」


「ごめんなさい。」


 悲しげに下を向いたリリーナにマドックが慌てる。


「なんでお嬢様が謝るんだ。これはお嬢様の所為じゃないぞ。」


「だって、私に力がないから。」


「それは…。」


「ちゃんと守ってあげられなくてごめんなさい。」


 頭を下げるリリーナにマドックはどうしたら良いのか分からない様子だ。


「だから皆の力を貸してくれますか?」


「え?」


「リリーナ姉ちゃん、何をしようって言うのさ。」


 ハルが首を傾げてリリーナに問う。

 顔を上げてマドックを見る。

 決意に満ちた瞳にマドックは思わず気圧された。


「まず情報を集めます。」


「情報って何の?」


「もちろん、男爵家次男のジレッド・ダウナーについて。今回のこれが男爵家としての意向なのか、それとも彼の独断なのか。」


「それを調べてどうするんだ?」


「男爵家としての意向であれば、こちらが関与する事は出来ないでしょう。でも、ジレッド様が独断であれば材料を揃えて口を出させないようには出来ると思うのです。」


「でもそれって危険だぜリリーナ姉ちゃん。もしそれが上手くいってもそいつきっと逆上して俺たちに向かってくるぞ。」


「えぇ。だから皆さんにこれをお渡ししておきます。」


 リリーナの『アイテムボックス』から取り出されたのはかつて大量に作ったお守りの数々。


「な、これは!こんな高価なものどうしたんだ。」


 一目でマジックアイテムだと見抜いたマドックはリリーナに問い詰める。


「どうって、作った奴だからそんな価値はないんだけど。」


 キョトンと言葉を返すリリーナに頭を抱えるマドック。


「待ってくれ、これがマジックアイテムだとすると…とんでもない金額だぞ。」


「でもそれ一回こっきりの使い捨てだし、ちゃんとした効果があるのか分からないような物だよ。気休めだと思って身に付けておいて。」


「使い捨て……こんなに上等なものが。」


 更に頭を抱えるマドック。

 明らかに目の前に置かれた気休めというお守りは、明らかに宝石と思われる石なども散りばめられており、それだけでもかなりの価値があるように見える。


「それだに、それがそんな高価なものであれば、全員身に付けている時点で商会の背後に何者かが居るかもしれないって匂わせる事ができるでしょう?そうすればもっと手出しが出来なくなるわ。」


「それはそうなんだが……。」


「後、市場の調査もすればきっと今より上手に売れるようになるかもしれないわ。手を出そうとする輩が出ないうちに別の場所に移動するとか。」


「行商か。」


「そう。ほら、いろんな街に拠点を作ってそこを行き来するようにすれば旬な食材も手に入るし一石二鳥でしょう?」


「確かに。それなら目を付けられる前に移動できるから安全ではあるが、街を行き来するなら別の問題も出てくるな。」


「護衛ね。」


「そうだ。護衛となると金がかかるぞ。」


「全員鍛えたらどうかしら。」


「確かに自衛が出来るのは大事だが……。一商会がそんな奴らを抱えてるってなったら問題にならないか?」


「冒険者として登録して置けば良いんじゃない?」


「その手があったか。確かに冒険者で商人やっている奴もいるからな。」


「ふふ。みんな頑張って鍛えてね。」


「あぁ。それにここみたいな場所にいる奴らは多少の荒事には慣れて居る。人手には困らないか。」


 その日からマドックの商会は動き出した。


 調べたところやはり男爵家の次男は独断で動いていたらしい。

 その後、全員がマジックアイテムを持っている事を知ってそれさえも手に入れようとしたのだが、お守りによって逃げられ続けてしまった。


 その事がいつしか男爵の耳に入りジレッドは家名を取り上げられて放逐された。

 マドック商会は行商を始めて冒険者兼商人となり街を行き来する。

 スラムのような場所を見つけては仲間を集めて商売の手を広げるという方法で進めていった。


 いつしかスラムの救世主としてマドック商会は呼ばれるようになった。

 もちろんリリーナの名も一緒に広まっているのだが、それは貴族のリリーナとは繋がらない。


 なぜならリリーナ・ヴァレイ子爵令嬢は屋敷から一歩も外に出て居ないからだ。


――――…


 マドックたちとの話を終えたリリーナはほっと一息ついた。

 自分が関わった事で別の貴族の目を引いてしまったのはリリーナの失態だ。

 反省をするリリーナの横に立つ少年に気が付いたマドックはリリーナに声をかけた。


「ところで、そこの少年は誰なんだ?」


「えっと、彼は……。」


 そういえばリリーナは彼の名前さえも聞いていない。

 言葉が続かないリリーナに変わって少年が口を開いた。


「初めましてレオンと言います。リリーナさんの友人です。」


「そうか。俺はマドックだ。お嬢様の友人なら歓迎だ。」


 和やかに挨拶をして握手を交わすレオンとマドック。


「ところでそろそろ帰らないといけないのだけど……。」


 貴方はどうするのと視線をレオンに向けるリリーナ。


「私もそろそろお暇するよ。リリーナさん帰ろうか。」


 自然と手が差し伸べられてリリーナはレオンの手に自らの手を載せた。


「では、皆さんごきげんよう。」


 いつものように挨拶を交わして路地から表通りへと向かう。

 表通りに出る直前、リリーナは『アイテムボックス』からお守りを一つ取り出すとレオンに手渡した。


「今日みたいに追い掛け回されたら大変だから……。」


「ありがとう。」


 渡されたお守りをまじまじと見つめるレオンはリリーナに微笑んだ。

 その時通りでレオンの名を呼ぶ声が聞こえてくる。


「さ、行って差し上げて。」


「君は……。」


「私は一人で帰れるわ。だから大丈夫。」


「ではまたいつかお会いしましょうリリーナさん。」


 ふわりと微笑むリリーナに頬を染めたレオンはすぐに表情を引き締めると声のするほうに歩いて行った。

 レオンが再び路地の方を振り向くがその場にはすでにリリーナの姿はなかった。


「レオン様、探しましたよ。」


 探しに来た騎士たちに連れられてレオンは街から自らの居場所へと戻って行った。

 抜け出したレオンは当然心配されており、お叱りを受けたがそれよりも沸きあがってきた一つの想いがレオンの心を焦がした。


 自室に戻るとお茶を呑みながらレオンは一人呟く。


「リリーナ。一体何処の子なのだろう。」


 レオンは社交界で出会った少女達を思い浮かべたが、リリーナはその中に居なかった。

 街で出会ったリリーナが平民であるとは思い難い。


 魔法を使っていたし来ている物も上等なドレスだった。

 なぜあんな場所に出入りしているのかは分からないが、彼女があの場の皆に慕われているのは良く分かる。


 それに冒険者だとも言っていた。


 冒険者で自分と同じくらいの年齢の貴族女性など聞いた事がない。

 レオンはリリーナの淡い青みがかった銀の髪と柔らかな金の瞳を思い出しながら貰ったお守りを握り締めた。


「あんな子、初めてだ。」


 レオンの周りの少女達は自分の容姿や権力に引かれて寄ってきている。

 親に言われて近寄る者ばかりだ。


 だからこそ今日出会った少女の態度は新鮮で好感を覚えた。

 彼女はレオン自身を見てくれた。

 家柄など関係なく屈託なく笑う少女に、レオンは出会ったばかりなのに恋をしたのだ。

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