第90話 瑠香と友香ちゃん
二日目の文化祭、今日は初日のオープニングイベントのような催しものがないので、ゆっくりと教室で準備を進めていた。
瑠香がコスプレ衣装で戻ってくると、俺の元へとやって来る。
「恭太」
「おう着替え終わったか。こっちはもう食材も届いて準備できたぞ」
「わかった、ありがとう」
だが、瑠香は俺に顔を向けたままじっと見つめてくる。何か言いたげな様子だ。
「なんだ?」
俺が我慢できずに尋ねると、瑠香は真面目な表情で口を開く。
「今日こそ、ちゃんと話し合うんだよ」
「……わかってる」
穂波さんは文化祭が終わり次第、このクラスの担任ではなくなる。
ということは、今日が穂波さんと話し合うラストチャンス。
文化祭の後、クラスの打ち上げは穂波先生のお別れ会もかねて行うことになり、穂波さんも呼ぼうという流れになり、その呼び出し係を、俺が皆から任された。
きっと瑠香の計らいで、穂波さんと話す機会をくれたのだろう。
だからそこ、ちゃんと穂波さんとそこできちんと話をしなくてはならない。
「それじゃあ、よろしく頼むわよ!」
お嬢様口調で言い切り、役になりきっている瑠香にふと思ったことを口にする。
「そう言えばだけど、お前のその衣装ってなんのコスプレなんだ? 一応資料見せてもらった時にOKは出したけど」
「えっ? あぁこれ? 『お嬢様の私がひざまづくわけがないですわ~まさかあんな(規制音)が(規制音)だったなんて~』のヒロイン、アシェリーナ……」
「あぁ、もういい、わかったわ」
俺は思わずこめかみを押さえてしまう。
こいつ、結局R指定ゲームキャラのコスプレだったのかよ……。
ってか、他の作品と違って露出度は低いのに、タイトルが酷すぎて公開できねぇ……。
「とにかく、後は任せたわ……」
「あっ、うん……」
俺は頭がくらくらして来たので、一度外の空気を吸ってくることにする。
完全に穂波さんの趣味に崇高レベルまでドはまりしている幼馴染を、憐れに思いつつ廊下へと出て行った。
◇
文化祭二日目が始まり、市場と一緒に他のクラスの出し物を見まわった後、自分たちの教室に戻り、コスプレ衣装に着替えてからシフトに入る。
俺は瑠香と一緒に廊下で待ってもらっているお客さんに、メニュー表を配って注文を先に取ったり、廊下の他の通行人の邪魔にならないよう列整理などを取り行っていた。
「おっ、随分と盛況しているね」
すると、後ろから聞き覚えのある声がして振り返る。
そこには案の定、白衣姿に身を纏った保健教師の
「こんにちは、富士見くん!」
「おぉ……久しぶり、友香ちゃん」
友香ちゃんと会うのは夏休み以来。隣町にある女子高の制服を身に纏い、年相応な感じでニコニコと笑顔を振りまいている。
「やっほー富士見くん!」
一方で、白衣姿のお姉さんは、ニタニタとした意地悪めいた表情で手を振ってきた。
雰囲気は似ているにもかかわらず、性格は天使と悪魔くらいの違いが生まれている栄姉妹。
俺は二人に挨拶を交わしてから、じとっとした視線を姉の方へ向けた。
「栄先生は仕事してなくていいんですか?」
「ん? 私は基本、怪我人が出ちゃった時のピンチヒッターだから、別に呼び出しがかかった時に向かえばいいの」
「随分と暇なんですね」
「そりゃね、こんなお祭りごとでわざわざ保健室に足を運んでくる人なんてそうそういないでしょ。それに、可愛い妹がせっかく遊びに来てくれたんだから、学校を案内してあげないとね!」
可愛らしくウインクをして見せる保奈美先生。妹に対する愛情はあるのだろうけど、真の姿を知ってしまっている俺からすれば、保奈美さんの笑顔は恐怖でしかない。
俺が軽く保奈美先生に対して、警戒の視線を送っていると、並んでいる列を見て、友香ちゃんが感心した声を上げる。
「随分と盛況してるみたいだけど、富士見くんのクラスは何のお店なの?」
「えっと、コスプレ喫茶をしてるんだ」
「へぇーそうなんだぁ! ちょっと興味あるかも!」
そう言って、ほんわかとした雰囲気でニコっと微笑む友香ちゃんになごんでいると、後ろから鋭い声がかかる。
「恭太! そこで立ち話してないで、少しは働きな……さい……」
「あっ……」
「……あれっ? もしかして、京町さん?」
まさかのブッキング。お互い目を丸くして瞬かせている。
コスプレ姿を友香ちゃんに見られたのか恥ずかしいのか、瑠香は恥ずかしそうに身を捩る。
「久しぶり……栄さん」
「ひ、久しぶり……」
うん、なんだろうこの気まずい雰囲気は……間に挟まれている俺もはらはらしてくる。
その様子を、後ろの方でクスクスと笑って面白そうに眺めている保奈美先生も大概だけど。
瑠香は鋭い視線で睨みつけ、友香ちゃんは少し微苦笑を浮かべて瑠香を見ている。
「あ、あのぉ……京町さんのクラスの
友香ちゃんが勇気を振り絞ったように声を出すと、瑠香は友香ちゃんの全身を一瞥してから口を開いた。
「ふーん。まっ……勝手にすれば?」
つんつんと冷たい口調で踵を返して、その場から立ち去ってしまう瑠香。
「あっ、おい! ご、ごめんね友香ちゃん」
俺が代わりに謝ると、友香ちゃんは平気というようにかぶりを振る。
「大丈夫だよ。私は何とも思ってないし……!」
そう言って、友香ちゃんは少し物寂しい様子で、瑠香の方を見つめている。
友香ちゃんと瑠香の間にある溝は、まだまだ埋まるには時間がかかるのかもしれない。
でも、瑠香も激昂して怒鳴り散らしたり、完全に無視したりしなくなっただけでも、少しは以前よりも大人の付き合い方を学んで、成長したのだろう。
話もろくに聞かずに、憤慨して幻滅して逃げ去ってしまう俺とは違って。
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