第68話 真夏の朝


「富士見くん。起きて……」

「んんっ……」

「富士見くん!」

「……はっ!?」


 誰かに呼ばれて目を覚ますと、視界に入ってきたのは、くりっとした目で俺を覗き込んできている友香ちゃんの姿だった。既に寝間着姿ではなく、白シャツに水色の爽やかなロングスカートを履いていた。


「おはよ、富士見くん」

「お、おはよ……」


 ニコっと微笑んでくる友香ちゃんにうろたえながら挨拶を交わす俺。

 そんな様子を見て、優しい声で友香ちゃんが声を上げる。


「もうみんな出かけていったから、無事に帰れるよ」

「お、おう。そうか……」


 そう言って、俺はおもむろに起き上がり辺りを見渡す。

 窓の外からは、既に真夏の刺さるような太陽の日差しが差し込んでいて、青空が広がっている。


 見たところ、俺はいつの間にか熟睡してしまっていたらしい。


「よく眠れたみたいだね」

「うん、おかげさまで」

「よかった」


 ほっとしたように友香ちゃんが胸を撫でおろすと素早く立ち上がった。


「バレないように、朝玄関から靴を部屋に持って来たから、多分富士見くんが泊ってることは両親に気づかれてないと思う」

「あぁ……悪い、助かった」


 あの時は、まさか栄家に一晩泊る羽目になるとは思ってなかったから、そこまで気が回っていなかった。そこまで気を回して、先に起きてその心配りをしてくれた友香ちゃんに感謝しないと。


「それと、なんかすごいスマホの通知がブーーブーーって鳴ってたよ」

「えっ?」


 俺が手を伸ばしてスマホを見ると、大量の着信履歴が残っていた。

 もちろん穂波さんから、メッセージも相当来ている。


 後でちゃんと連絡しておこう。まあ、保奈美さんにも連絡しているだろうし、大丈夫だとは思うけど。


「そう言えば保奈美さんは何か言ってた?」


 そう尋ねると、友香ちゃんは少々苦い笑みを浮かべた。


「お姉ちゃんが朝起こしに来たんだけど、普通に私たちが眠ってて、『なーんだ。つまんないの』って言って、普通に出勤していったよ」

「あの人は何を期待してたんだ……」


 多分、俺が部屋につるされて拷問を受けているか、はたまた一発ドンでん返しの、ベッドで二人仲良くイチャイチャして寝てるとか、そう言った超絶展開を期待してたんだろうな。


 俺が苦笑いを浮かべていると、申し訳なさそうに友香ちゃんが言ってくる。


「その……私この後友達と遊ぶ約束してて……もうすぐ家出るんだけど……」

「あぁ、それなら俺もすぐにお暇するよ!」


 そう言って、俺は掛け布団を剥いで、そそくさと立ち上がる。


「ごめんね、ギリギリまで寝かせてあげた方がいいのかと思って」

「いやいや、むしろごめんね中々起きなくて。えっと……布団どうしたらいい?」

「あっ、そのままでいいよ。帰ってきたら私が片づけるから」

「わかった」


 俺は枕元に置いてあった貴重品を手に持ち、忘れ物が無いか一通りチェックしてから、新聞紙の上に置いてあった靴をもって、友香ちゃんの部屋を後にする。


 玄関で靴を履いて外に出ると、まだ午前中だというのに茹だるようなジメジメとした暑さが身体を蝕んでくる。

 その暑さに頭がくらくらとなりかけながらも、友香ちゃんが鍵を閉めて門戸を締めて振り返った。


「それじゃあ、行こうか」

「うん」


 そう言って、俺達は駅の方へと向かって歩き出した。

 しばらく無言で歩いていると、ふと思ったことを言葉にした。


「そう言えば、俺と一緒に歩いてるの見られて平気?」

「え、どうして?」

「いや、待ち合わせ場所駅だったら、俺と一緒に行って勘違いされるのも悪いかなって」


 俺の言いたいことを理解すると、友香ちゃんは平気だというように声を上げた。


「大丈夫、待ち合わせは違う駅だから、一緒に居ても問題ないよ」

「そっか」


 こうして、またお互いに黙って歩く。


 アブラゼミの声があちらこちらで鳴り響き、熱せられたアスファルトから昇るもわっとした暑さが俺たちの身体を襲う。


 顔から滴る汗を見つけながら歩いていると、あっという間に駅へと到着した。

 駅の改札口へと続く階段を登り、改札口の前でようやく休憩できた。


「いやぁ、あちぃ」

「今日の暑さは凄いね」


 友香ちゃんも、今日の暑さには堪えたようで、髪の毛は汗で湿り気を帯び、首元は光っている。

 掻いた汗をタオルで拭いている様子を俺が眺めていると、大量の汗まみれの俺を見て、友香ちゃんが使っていたタオルを手渡してくる。


「使う?」

「へっ? あっ、いやっ、流石にそれは遠慮しとく」

「でも……冷えると風邪ひいちゃうよ?」

「大丈夫、この後家に帰ってシャワー浴びるし、これから友香ちゃんの方が外で遊ぶんだしもっと汗かくと思うから」

「そっか、わかった」


 俺がそう言うと、友香ちゃんは納得したようにタオルをしまった。


 お互いに改札をくぐり、俺達はホームへと降りて階段を下りた。


 ホームには丁度、快速電車がやって来た。

 穂波さんの家の最寄りは普通しか停車しないので、友香ちゃんとはここでお別れとなる。


「それじゃあ、また」

「うん、またね」


 友香ちゃんが電車に乗り込んで、こちらを振り返って手を振る。

 発車ベルが鳴り、電車のドアが閉まった。


 電車が動き出し、友香ちゃんの姿が遠くなっていく。

 その電車が見えなくなるまで友香ちゃんに手を軽く上げながら振って見送った。


 こうして、夏休み後半のドタバタ劇も、無事に幕を閉じていった。

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