第24話 白銀学院
リュシュラン王子がライアック王国の王族として立つまでに様々な学びが必要だった。
だが、礼儀作法から始まって学問にいたるまでの殆どは全くといっていい程必要にならなかった。
それは幼い頃から身に付けていた知識その物は消えずに残っていたからなのか、はたまた記憶にはないが体で覚えていたのか。
とにかくリュシュランは多才であった。
天才と言うほどでもないがそれなりに習得が速かったのだ。
まるで失った物を取り戻そうとするように吸収して行くリュシュラン。
彼の周囲にいる人物は黒髪であってもリュシュラン自身の才を認めてしまうほどだ。
惹きつける力。
それがリュシュランにはあった。
そして学び始めて1年も経つ頃には手足の鎖は解かれて多少の自由が効くようになっていた。
そんなリュシュランにもう1つの試練が立ちはだかる。
それはライアック王国にある学院に編入して知識を深めると共に貴族の子弟と交流を深めると言うもの。
どうしても黒髪であると言うのは忌諱される。
だからこそ、リュシュランは黒髪であると言うこと以外のところで自分自身の価値を見せ付ける必要があるのだ。
それは将来王として立つリュシュランには必要不可欠なこと。
周りの反発を退け、リュシュラン自身を認めさせるには同世代の者を自分の味方に付ける方が手っ取り早い。
そう言う理由で1年遅れてリュシュランは白銀学院に入学する事となった。
もちろん、フレイン王国の王女がすでに入学済みである事は聞いている。
一応他国の姫である王女相手にリュシュランが何かするとは思えないが無礼を働かないようにと口をすっぱくして命じられた。
国同士の問題もあるからこそ、下手な事はできないのだ。
ただでさえ戦好きのフレイン王国に餌を与えるような真似はしてはならない。
リュシュランはそう言い聞かせられていた。
「この学院で皆と共に学べる機会を得た事を光栄に思う。」
そういって定型句のような挨拶を終えたリュシュランは振り分けられたクラスへと辿り着くとふぅと息を吐いた。
黒髪というだけで忌諱の目を向けられる。
かろうじて自分が王族であるからこそ誰も表立っては口に出さないが、その目が何を考えているのかなどリュシュランには手に取るように分かった。
権威目当ての者たちはリュシュランに近付こうとするが、それさえも開け透けて見えて切ない気分になる。
それにリュシュランの周りには護衛が常に張り付いておりこのままでは交流どころか話しかける事さえままならないだろう。
そんなリュシュランの様子を知ってか知らないでかは与り知らないが、リュシュランに無謀にも声をかけてくる人物がいた。
相手は当然こんな大それた真似が堂々と出来る相手だ。
「こんにちは、リュシュラン王子…だったかしら。」
ふいに顔を上げると目に入ってきたのはリュシュランがここ1年ほど願っていた色を纏う女性の姿。
赤い瞳は真っ直ぐにリュシュランの瞳を見つめている。
「君は、フレイン王国の?」
「シルフィール・フレイン・ウェスリーと申しますわ殿下。」
「そうか、君が。はじめまして、私はリュシュラン・ライアック・シェルザールと申します。フレイン王国の王女様と共に学ぶ機会を得ることができ光栄です。」
すっと洗練された動作で王女の手を取りキスを落とす。
「はじめ、まして?」
「どこかでお会いしましたか?」
妙な表情でリュシュランを見つめる王女に会った事があるだろうかと思案するリュシュラン。
だが、思い出せるのはここ1年くらいでその前は思い出そうとしても霞んでいて掴み取る事が出来ないのだ。
「あなた、雰囲気が以前と違うわ。」
「え?」
「楽しみにしていたのに。あの時出会ったあなたは一体どこへ行ってしまったの?」
切なそうな表情で問われるがリュシュランにそれを応える術はない。
「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。記憶を失ってしまって私はここ1年ほどの事しか思い出せないのです。」
「そう。残念だわ…出会った後で記憶を失ってしまったなんて。ところで、貴方の傍にいた青い髪の方は一緒じゃないのね。」
「青い髪?」
「そう。貴方の側近ではないの?」
「………。私を助けてくれた方が確か青髪でしたが、側近には居ませんね。」
その言葉に驚く王女。
リュシュランは困惑した表情で応えた。
だって、青髪の彼は私を助けてくれた人で今は傍にはいない。
だが、王女の言い方は…。
そう考えたところでずきりと心が痛んだ。
それは何の痛みなのかは分からない。
フレイン王国の王女との邂逅はリュシュランにとってなんとも後味の悪いもやもやを齎すだけだった。
――――…
一方リュシュランと分かれた王女もまた訳の分からないもやもやに悩まされていた。
今日出会ったリュシュラン王子には以前感じた高揚を感じることが出来なかったのだ。
記憶を失ったと言っていたリュシュラン王子。
そして、彼の傍にいた人物の消失。
それが何を意味するのかシルフィールには分からなかったが、まるで雰囲気の違うリュシュラン王子。
立ち居振る舞いは王族として遜色ないものだが空虚な作り物のように見えた。
そしてそんな彼を見たシルフィールは薄れた絆の力がリュシュランの記憶喪失と関係があるのだろうと考えかつての彼を取り戻すことを決意した。
だが、何をすれば戻るのか。
それは全くと言っていい程思いつかない。
それに彼の傍にいるとよく分からないもやもやが自分を苛立たせる。
「絶対に取り戻して差し上げます。」
シルフィールの心に映るのはかつての彼の姿。
記憶とは何をすれば戻るのか分からない。
だからもやもやしながらも傍にいる事を選んだ。
幸いにも学院であれば接触のチャンスは大いにある。
自分から近付くなんて今まで考えた事もなかったのだが、彼の為であればシルフィールの心を奮い立たせるには十分だった。
その日からリュシュラン王子の傍にシルフィールが付いてまわるようになった。
それがリュシュランの目的である貴族の子弟との交流を妨げる原因にもなるのだが、シルフィールにはそんな事は関係がない。
最初は複雑な表情でシルフィールを向かえていたリュシュランも最近では慣れてきたのか笑顔を見せるようになっていた。
だが、相変わらず空っぽだと感じる笑みにシルフィールは複雑な気持ちで接していた。
そしてそんな彼女とリュシュランが共に過ごすこと1月ほど。
階下で不意にかけられた声にリュシュランは驚いた。
自分たちに声をかける人物など今まで存在しなかったからだ。
「は、はじめましてリュシュラン殿下、シルフィール殿下。私はフェルト・シトリーと申します。」
「シトリー?男爵家の。」
「はい。以前リュシュラン殿下には馬車を襲われている際に助けていただきました。」
「馬車…すまない。記憶を無くしてしまって覚えて居ないんだ。」
困ったようにフェルトに告げるリュシュラン。
「記憶を失われた事は存じております。ただ、お礼を伝えたかったのです。」
「そうか。」
「殿下、あの時は命を救って頂きありがとうございました。父も母も殿下のおかげで助かりました。」
「感謝の意は確かに受け取った。フェルト、君も私も学ぶ生徒の一人だ。共に励もう。」
「はい。リュシュラン殿下。」
ぺこりと去っていくフェルトをじっと見送るリュシュランは昔の自分を知るもう一人の人物の登場に驚いていた。
今まで過去の自分を知る人物は周りに居なかったのだ。
護衛であるナイルズは昔の自分の事を聞こうとしても答えてはくれなかった。
父もそのような昔の事は忘れろと言う。
かつての自分の足跡が今のリュシュランには眩しく映る。
だが、かつての自分に触れようとする度に感じる不安な気持ちがそこに踏み込む事を戸惑わせていた。
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