第2話 生まれました
その日、ライアック王国の王城は慌しい事態に苛まれる事となった。
生まれたばかりの王子が行方不明になったからだ。
生まれてすぐに居なくなるなどどういった状況なのかと大騒ぎになっている。
王妃は生まれた子を抱く事も叶わないまま息子を失ってしまった。
その事態を引き起こした者はすぐに分かった。
王妃の警護を担当する近衛、それも最も信頼されていた男だった。
とはいっても、取り押さえる事が出来たのは王子が行方不明になってから3月後の事だった。
「なぜこのような事をしたのだ。」
静かに問う国王に近衛であった男は黙秘を続けた。
悲しみに暮れる王妃は産後の疲れもあってそのまま塞ぎ込んで休んでいる。
一向に話さない男に国王は自身の近衛一人を除いて人払いをした。
「ナイルズ、これから話す事は王家の秘だ。漏らすことは許さぬ。」
ナイルズと呼ばれたのは、5番目に生まれた王子を城から連れ出したと思われる男だ。
顔を俯いたまま沈黙を守るナイルズが微かに反応する。
「我がライアック王家の血には竜の血が流れている。」
これは王国の誰もが知っている建国神話だ。
目新しくもなんともない。
そして神話は大抵作られた物というのが共通の認識だった。
「これは偽りではなく、真実の話だ。竜の血が入っている為に人の血が濃くなってきた我らが子は強すぎる竜の血に体がついていけない。だからこそ幼い頃に命を落とす者が多いのだ。7歳を越えることができた者だけが竜の血に適応し、その力の恩恵に肖ることができる。」
命を落とす王子が多いのは事実だ。
ライアック王国は男系の家系だ。
未だ嘗て王女が生まれた事はない。
そして7歳未満で命を落とすのは毒殺だと思われていた。
何より事実として先に生まれた第一王子と第二王子は既に亡くなっている。
「その血が教えてくれるものは多い。生まれてくる我が子が私の血を引いているかどうか、そして竜の血の強さもだ。」
その言葉に初めてナイルズが反応した。
不意にあげられた顔は青ざめており、唇は震え色を無くしている。
「5番目の我が子は間違いなく私の血を引いている。そして竜の血が最も強い子だ。」
告げられた国王の言葉はナイルズが思っていた言葉ではなかった。
驚いたナイルズは思わず声をあげた。
「そんな…あの子は黒髪でした。陛下のお子であれば白銀のお髪を持って生まれるはず。」
「ほう。黒髪だと?髪の色が黒いからと我が妃を疑ったのか。確かに黒は我が国では忌み嫌われておる。それに黒はフレイン王国の色でもある。隣国に奪われでもすればどうなるか近衛である貴方が分からぬはずはない。それに竜の血を外に出すなど将来の禍根となるやもしれぬ。全く愚かな事をしてくれたな。」
ぞっと底冷えするような視線を向けられ、固まったナイルズは自身の失言を悟った。
それだけではなく、陛下の眼は先程の言葉が自分の証言を引き出すためのブラフではないことを物語っていた。
「そんな、まさか私は…。」
自身の犯した過ちに気付いたナイルズは真っ青だ。
王妃様の為にと思ってやった事は間違いだったのだ。
申し開きのしようもない。
しかも王都の側ではなく、遠く離れた場所に王子を預けてしまった。
すぐに連れ戻す事は出来ない。
「申し訳ありません陛下。殿下は私が信頼のおける者達に託してあります。殿下を連れ戻した後は私の事は如何様にも処分をして下さい。」
頭を垂れて黙って陛下の言葉を待つ。
事実を認めたナイルズをしっかりと見据えた王は一つの命令を下した。
「ナイルズ、我が子を連れ戻せ。連れ帰るまでは戻ることは許さぬ。伝令役を付けるが良いな。」
「はっ!我が命に掛けて必ずや果たしてみせます。」
顔を上げたナイルズは決意を胸に立ち上がる。
先程までの悲壮な表情は既にない。
そこには嘗て王や王妃に信頼されていた男の顔があった。
――――…
時が遡ること3月前。
生まれた子が黒髪を持っていることを知った近衛であるナイルズは産婆から5番目に生まれた王子を受け取るとすぐに城を発った。
馬に飛び乗り赤子を丁寧に扱いながらも急いで城を後にする。
できるだけ城から離れる事だけを考えていたナイルズは赤子の世話などした事はなかった。
多少の知識はあるものの初めての子育て状態で、ナイルズは泣いている赤子を必死で宥めながら旅路を急いだ。
ミルクは羊の乳を買って不器用ながらも与えて産婆から聞かされていた手順でげっぷをさせたり、おしめを交換したりと急ぎの旅ながらもかなり慌しい日々を過ごした。
泣き喚く赤子にどうしたらいいのか分からないナイルズは赤子を預ける村に到着する頃には立派な親代わりを果たしていた。
その村にはかつてナイルズがともに戦った戦友が住んでいた。
その戦友は戦で負傷して戦えなくなった負傷兵だった。
その男を訪ねたナイルズは赤子をその友に託した。
名は生まれる前に陛下が決めていた名がある。
それを告げてその場をすぐに立ち去った。
――――…
リュシュランと名付けられた僕は不思議だった。
生まれてすぐに意識を持ち得ている事だけではなく、奇妙な知識を持っていたからだ。
体が赤子なので大した事が出来ないのが難点だが、自分の置かれた状況が異常だと言う事が理解できるくらいには知性があった。
なんせ、生まれてすぐに目は開いても見ることはできないがほんの僅かながら耳は聞こえていた。
なにやら慌てふためいた産婆がナイルズと呼ばれた男に自分を託して生まれた場所から離れたことも理解していた。
言葉さえもうまく聞き取る事ができればその意味を理解できた。
その状況も生まれてすぐに馬で移動しているであろう今も。
どうやら自分は捨てられるらしいと他者の視点のように見ていた。
ほとんどが眠っているかミルクを飲むかして過ごしているので大した情報は得ることが出来ないが僕はナイルズの親友に預けられるということを知った。
――――…
預けられた場所ではかなり大切に育てて貰っていると感じる。
暖かい家族に預けられてこの場所で育っていくのなら悪くはないそう思っていた。
僕を受け入れて慣れてきたらしい家族は生活も落ち着いてきている。
だが起きている時間が暇なのが苦痛だった。
ナイルズと過ごしていたときは旅をしていたので暇と感じる間もなかったのだが、こうして家に落ち着くと知識や知性がある分暇を持て余してしまう。
仕方がないので魔力操作の訓練を行う事にした。
魔力とは大気中にある魔素が体内で蓄積されてそれを元に魔法を発動する事ができる。
体内に蓄積された魔力は訓練をすれば自分の思い通りに動かす事ができる。
そのため通常は魔力を感じるところから始める所だが、リュシュランは生まれた時から魔力を感じることが出来た。
その為、魔力を操作する所から始める事が出来るのだ。
体内に流れる血液と同じように魔力を体全体に循環させる。
これが第一段階だ。
それが出来るようになったなら一部分に集中させたり魔力を練って魔力の質を高めたりする事もできる。
そうした訓練を続ける事で自在に魔力を扱う事が出来るようになり魔法を発動するのが容易になるのだ。
リュシュランの知識にはこういった魔法の知識があった。
知識はおそらく沢山持っているがそれを引き出す事は難しそうだとリュシュランは感じていた。膨大な知識の波に飲まれてしまいそうだからだ。
だから必要最低限の知識だけで満足していた。
これはリュシュランにとって自己防衛の一種だったかもしれない。
もしリュシュランが自身の興味に引かれてそれを覗いてしまったなら恐らく膨大な知識がリュシュランという意識を塗りつぶし自我を消し去ってしまっただろう。
そうなれば廃人まっしぐらだ。
ある種のパンドラの箱を抱えた状態で生まれたリュシュランはそれを開く事をせずに表層だけで満足した。
それがリュシュランの生死を分けた瞬間だった。
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