第36話 エピローグ~騒動の後で~
無事に元に戻ったリーフィアを見て、ほっと一息を付いたエドワードは、次の瞬間ふとある事に気が付き、愛しい婚約者を抱き寄せたまま硬直していた。
必死に回復するようにと集中していたので周囲へ意識が向かなかったのだ。
だからこそ、今の状況は公開処刑さながらの気分になっていた。
生暖かい視線を受けて固まるリーフィアとエドワード。
それを見届けて満足そうに去っていく者たち。
見られていたという恥ずかしい思いに二人は動けないままだった。
暫く硬直した後、リーフィアを部屋に休ませてやっとの思いで報告に向かったのだが、国王である父にも生暖かい目を向けられたエドワードは、居たたまれない気分に苛まれつつも、無事に戻ってきた事を報告する。
そして、魔王とリーフィアの友人だと名乗るスカーレットという魔族の件がどうなったのかを聞くことが出来た。
魔王は娘が人族に攫われたことを知り、死んだと思っていたようだ。
憎しみに駆られた魔王は長い時間をかけて人族を苦しめるという計画を実行したらしい。
だが、娘が戻ってきた上に人族の友人を作ってくるなど思いもよらなかったのだろう。
そして、偶然見つけた自分と同じ魔力量を持つリーフィアを傀儡にして自身の子を産ませる予定だったようだ。
魔族というのは魔力が釣り合わないと子が出来ない。
前妻はすでに寿命で命を落としている為、スカーレットが居なくなった時点で後継が居なかったことになる。
魔王についてはそういった背景を聞いても許せるものではないとエドワードは考えたのだが、国として国王である父が取ったのは二度と国を脅かさないという条件で今回の件を不問にするという事だった。
守られる保証はないが、魔王一人で全員が動けないほどの魔力を持っているのだ。
穏便に済ませる事が出来るならそれに越した事はないと言う理由と、リーフィアの友人となったスカーレットの存在がある為、今後は友好的に出来る可能性を考えてと言う事だった。
魔族の襲撃は終わった。
そして、この先は国を豊かに富ませることに集中するのだ。
父は国の中の不穏分子は今回の立件ですべて片付けてしまうつもりのようだ。
連座で処分されるのはメザリントの息がかかった者たち。
多くを失う事になるが、その分国は綺麗になるのだ。それは、この場にいた誰もが望むことだろう。
――――…
国が落ち着きを取り戻す頃には結婚式のラッシュが始まる。
学院を卒業するとこうした慶事があるので皆慌しい毎日を過ごす事になる。
第二王子とアーデル様は結局一旦婚約を破棄する事にしたらしい。
やはり一度破棄しようとしたものをそのままなし崩しにする訳にはいかなかったからだ。
第二王子が辺境へ飛ばされて5年頑張ったならアーデル様と再度婚約する事を許すと公爵と国王が取り決めたらしい。
かなり寛大な処置だが、これはアーデル様が第二王子を許したからこそだ。
そうでなければとっくにアーデル様は別の婚約者を選んで結婚していただろう。
第一王子であるアルバート・セインティア・アークス殿下は帝国の第一皇女とすでに婚約を交わしており来年には結婚する予定だ。
ルイスとカイルはそれぞれ国がもう少し落ち着いてからと結婚を先延ばしにするらしい。
かなりの数の貴族が関わっていた為、国の再編が終わってからというのだが、いつまでも待つなどできるわけではないので、半年と決めたらしいが、毎日慌しく過ごしている。
シリウスはこっちの食事が気に入ったと理由をつけて帝国に帰らずにこちらへ留まっている。
理由は明白。ミゼットを口説く為だ。
なんだかんだと言いながらも、ミゼットは少しずつシリウスの事が気になってきているようだ。
何かにつけては口説こうとするシリウスに初めは邪険にしていたミゼットだが最近は一緒に遠乗りに出たりする事も増えてきた。
リックはあれから妹の死を告げられたときはショックを受けていたのだが、すでに人ではない存在になっていたと理解し早々に頭を切り替えて騎士団に勤めている。
自分と同じような思いをする人が出ないように頑張っているようだ。
エルン兄様は無事に第二皇女との結婚を果たし、カイン兄様の片腕として領地に尽くしている。
意外と庶民的な第二皇女様だったようで、新しい生活に順応するのもかなり早かったらしい。
そして私たちはというと…。
「結婚おめでとう!」
皆に祝福されてエドワードと無事に結婚することになった。
エドワードは王族でありながらも臣下に下ると早々に決断した分、騎士団への配属が決まってからも慣れるのは早かった。
そして私は相変わらずアシュレイやアーシェの姿で影としての任務を行う事もある。
だが、その任務は本当に偶にしか回ってこない。
新婚という事でそういう風にしているのもあるかもしれないし、魔石を取り込んだ私を配慮しての事かもしれない。
以前リア・オーストンやギルドの職員のように砂になって消えてしまう。
その可能性を否定できないからだ。
だが、私はぴんぴんしているし、小竜であるジークムントも魔力的に特に変化がないので今のところ大丈夫だろう。
そもそも、自分の魔力以外を使うなんて事態が起こることがないのだから。
「エド…。」
「フィア。好きだ。」
誓いのキスと共に告げられた言葉にリーフィアも恥ずかしそうに応える。
「私もエドが好きよ。」
ぎゅっと抱きつくように腕を回したリーフィアの言葉に、なぜかエドワードが硬直する。
視線を合わせると真っ赤に染まったエドワードがそこに居た。
「えど?」
「やっと言ってくれた。」
「ふぇ?」
「好きって言葉、君の口からやっと聞けた。」
キョトンとして首を傾げるリーフィアの髪を指で梳くように何度も撫でる。
「愛しているリーフィア。君は僕の全てだ。」
「わたしも、愛しているわ。エド…大好き。」
腕をエドワードの首に回し、自ら唇を重ねるリーフィア。
ちゅっと可愛らしい音を立てて離すと驚いた表情のエドワードにふわりと笑みを見せる。
「っ…フィア。」
耳まで真っ赤に染まったエドワードはごくりとつばを飲み込むとリーフィアをそっと抱きしめた。
――――…
朝日がリーフィアを優しく起こす。隣にはエドワードが幸せそうに眠っている。
ぼんやりと座っているとふと先日からあった違和感が無くなっている事に気付いた。
魔王に魔石を体内に入れられた事を思い出したリーフィアはそっと心臓の辺りを押さえた。ソナーのように体の中に異常がないかを確認する。
「魔石が…消えた?」
先日まで確かにあった魔石の感覚がなくなっていた。
スカーレットに連絡すると簡単な答えが返ってきた。
人の体に魔石は異物だ。
だが、魔力が釣り合っていると体にしっかり吸収されるのだとか。
砂になった彼らは魔石が体に馴染まずに体のほうが崩壊してしまったらしい。
その分潤沢な魔力を持つ私は魔石が体に馴染んで魔石を超える魔力で中和したのだとか。
これで砂になって消える事はないと分かり安心したリーフィア。
そして魔石を取り込んだ分、魔力が以前よりも格段に増えていることに気付いた。
そして、私と交わったエドワードも魔力がかなり増えているようだ。
魔力が増えて困る事はないので問題はないのだが、増えた理由を考えるとなんとも恥ずかしい。
目を覚ましたエドワードは増えた魔力に驚いていたが、二人で朝食を問た後、私に口付けて騎士としての仕事に出かけていった。
私も魔石が無くなった事を報告に行かねばと身支度を整える。
こうして、いつも通りの日々に戻っていくのだ。
リーフィアはこの世界がゲームの世界の一部だと知っている。
だが、それはあくまで世界を知っているだけで、そこに生きる事にゲームなんて関係がない。
精一杯生きる。
リーフィアはエドワードと二人の道を歩みだした。
その先に何が待ち受けていようと前を向いて歩いていく。
『アークリアの聖なる乙女』そのゲームはすでに終わりを告げた。
そしてそれぞれの人生を歩んでいくのだ。
-END-
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