第34話 攻略?される者たち
次に会いに行ったのはルイス・ガードナーだ。
彼は騎士団長の息子で騎士になるのを夢見ていた。
だが、中々認められない彼はちょっと捻くれてしまっていて、婚約者とも不仲で自分を認めてくれる人を求めているというのがゲームの設定だった。
鍛錬場に向かったリアはルイスの姿を遠目に見つけた。
素振りを繰り返す彼の姿はリアルでみると迫力がある。
赤い髪は汗で張り付いている。
タオルを持って近付いたリアにルイスはその手を止めた。
「あの、鍛錬お疲れ様です。良ければタオル使ってください。」
「悪いが、婚約者がタオルを持って来てくれる予定なんだ。気持ちは嬉しいが断らせてもらおう。」
にっこりと微笑んでルイスに話しかけたが、ルイスはきっぱりと断ってきた。
「え?そ、そうなのですか。すみません!知らなくて。あの、騎士を目指しておられるのですよね。」
「いや、すでに騎士だから目指すのはもっと上だな。それがどうかしたのか?」
「え?騎士様なのですか。あの、鍛錬をしていたので騎士を目指しているのかと思ったのですがすみません。失礼をしました。」
「鍛錬の邪魔だ。用がないなら離れてくれ。」
返事も待たずにルイスは鍛錬に戻ってしまう。
取り残されたリアはまたもや異なる攻略キャラに呆然としてしまった。
完全に放置されてしまい居たたまれなくなったリアはその場を離れていく。
だが、それでも一縷の望みを賭けて次の攻略対象に会いに行く。
カイル・メイスンだ。彼は宮廷魔法使いの弟子だ。
彼の悩みは異なる二つの属性を持っている為に魔力の扱いが難しく、複数の属性を持つがゆえに自身の事を卑下していた。
人と違うという事が彼の心に闇を作っていたのだ。
婚約者もいるが、幼馴染なのでどうにもそのように扱えずに困っているというものだった。
だが、リアは彼のいる場所に着いた時点で攻略を諦めた。
婚約者と仲良く魔法について議論を繰り広げている彼らの空間に入り込める余地がなかったのだ。
仕方がないと諦め、次の攻略対象の帝国の王子であるシリウスを探し始めたが、一向に見つからない。
彼の名を知るものもクラスにおらず、学院に通っていない事が判明した。
ここまでゲームと違ってくるとリアにも不安が膨らんできた。
ハーレムなんて目指せないのはもう流石に分かりきっている。
攻略対象はほとんどリアに興味すら持たない。寧ろ遠ざけられてしまった。
落ち込んでとぼとぼと歩いているとドンと人にぶつかって尻餅をついてしまう。
「な、ちゃん…と。」
ぶつかられた嫌味の一言でも言おうとしたリアの口からは、続きの言葉は出なかった。
目の前にはルーウィン・セインティア・ヴァズレーが驚きの表情で立っていたからだ。
「すまない。大丈夫か?」
すっと手を差し出したルーウィン殿下に手を重ねて立たせてもらう。
「あの、大丈夫です。すみません、ぶつかってしまって。」
握って貰った手を見て、あまりの幸運にもじもじとしながら答えるリア。
「いや、怪我がないのならいい。どこかに行く予定だったのかな?」
「いえ、ただ散歩していただけなので。」
「そうか。もし用事がないのであれば部屋に送っていくが…。」
「だ、大丈夫です。あの、あなたは…。」
「俺はルーウィン・セインティア・ヴァズレー。この国の第二王子だ。名前を教えてくれるか?」
「私はリア・オーストンといいます。殿下。」
「そうか、リア嬢すまなかった。では、失礼する。」
立ち去るルーウィン殿下を呆然と見送るリア。
突然の出会いに心臓がバクバクと音を立てている。
しかも他の攻略対象と違って好感が持てる感じだった。
好感度のパラメータを見る事はできないが悪い印象ではなかったのは確かだ。
ふと足元を見るとハンカチが落ちていた。思わず拾い上げる。
彼の名が刺繍されたハンカチを持ってリアはスキップをしながら部屋に戻っていく。
ハンカチを綺麗に洗ってまた会うチャンスを得たと喜ぶリア。
そして、リアの望み通りにこの後、ルーウィンと出会うことが少しずつ増えていく。
リアはルーウィンをメインに攻略する事を決めたが、やはりそれだけでは気持ちが治まらなかった。
クラスの男子から少しずつ攻略していく。
傍から見られてどのように捉われるかなんて気にもせずに、婚約者が居ようと居まいとお構いなしに攻略を始めた。
リアが入学して一月も経つころにはクラスの男子の中でも見目麗しい者たちはリアに追従しハーレム状態を築く事になる。
だが、当然それを好ましく思わない者たちは多い。
最初は言葉だった。注意してくれる周囲の者たちの言葉はリアには聞き入れられなかった。言葉は少しずつエスカレートしていく。
注意から始まった忠告は次第に中傷する言葉に変わっていく。
いつしかリアは女生徒のいじめの的になっていた。
クラスで女生徒から孤立していくリアはそれでもハーレムを止めようとはしなかった。
何より第二王子が色々と気にかけてくれるのがリアにとって救いだったのだ。
それが余計に嫉妬を生むのだがそれに気付かないままというよりも、当然の事として過ごしている。
リアにとってはゲームの世界。こうなるのは必要なプロセスなのだ。
そして、その噂はアーデルの元にも舞い込んでくるようになるのだった。
だが、アーデルは動けなかった。
それが自分の死亡フラグに直結する行為だと知っていたからだ。
アーデルが黙っているからこそ問題が起こる。
何もしない事で余計に周囲を煽る事になっている事にアーデルは未だ気付かないでいた。
そして言葉から次第に物に当たるようになっていく。
破かれた教科書や汚された机。いじめの見本のような出来事が少しずつ始まる。
だが、リアにとってそれはルーウィン殿下とのイベントを達成するのに必要な事なので気にも留めない。
文句を言いながらもてきぱきと片付ける様子を見る事が増えてくる。
それもにんまりと笑って片付けるものだから周囲は余計に奇妙な者というか不審者に近い扱いになっているのだが、それもリアにとっては関係のないものだった。
へこたれないリアにいじめはどんどんエスカレートする。
歩いているとバケツから水を落とされて被るなんてことも起こるようになってきた。
そういう事が頻繁に起こるようになると、今度はハーレムメンバーがリアの周囲を囲んで動くようになる。
この団体は一体何なのだ。
明らかに邪魔な団体に眉を顰めるものは多い。
そんな様子も当然怒りを助長する結果になるのだから救いがない。
リアは着々と本来とは違う形で攻略を進めている。
そしてその時はもう、すぐそこまで迫ってきていた。
リアが入学してからというもの学院は混沌とした空間へと変貌していた。
――――…
学院の隅にある柱の影に蹲る人物を見かけてアシュレイは足を止める。
その人物が自分の知る人であったからという事もあったのだが、主人公が入学してもうすぐ2年になろうとしているこの時まで、敢えて言わずに我慢し続けていた事があったからだ。
アーデルは結局何もしなかった。それがリアを助長させ、第二王子との接近を許した。
それだけではなく学院の風紀をも乱したままにしたのだから許せるものではない。
この学院で第二王子を諌めるべき人物は彼女の他に居なかったのだから。
役目を放棄したアーデルをアシュレイは呆れて見ていた。
なぜ当然の事をしないのか。
それによって引き起こされる事が理解出来ないはずがないのに。
「アーデル様。泣いているのですか?」
「アッシュ。貴方、どうしてここに。」
「どうしても何も、ここは通り道ですから。それで、結局何を泣いているのです?」
「それは…。」
「貴方は成すべき事を放棄しました。それはご理解されていますか?」
「だって。それをしたら私は…。」
呆れた様子でアシュレイは頭を振る。アーデルは全く分かっていない。
自分が何もしない事で何が起こっているのかも。
「貴方が何もしなかった事は問題です。勘違いして行動を起こした者たちを諌めもしなかった。何より女生徒の中、序列でいうと貴方が一番上なのです。その貴方が何もしない事で他の者たちの行動も縛ったのですよ?」
「どうすれば良かったのよ?だって私は死にたくない。」
「貴方は誰も頼らなかった。それもまた問題です。そして行動を起こさなかった事で、貴方の信頼は失われています。社交界でどのようになるのか先の事は考えなかったのですか?」
「そんな…。」
「成すべき事をなさってください。僕に言えるのはその位です。」
「でも、それをしたら私は。」
ぎゅっと手を握って耐えているアーデル様にアシュレイは構わず言葉を続ける。
「あなたは殿下が信じられないのですか?」
「もう私の事は見てくださらないわ。」
「その程度の好きだったのですか?」
「それは、違うわ。今も私は彼のことを愛しています。」
「ならば、彼を取り戻す為に戦ってください。泣いていても進みませんよ?」
前を向いたアーデルにアシュレイはそっと微笑みかけた。
――――…
煌びやかな装飾が施され広い講堂は、今や立食形式で行われるパーティー会場に様変わりしている。
これは学院で最後の卒業パーティーだ。
このパーティーが終わると生徒達は卒業を認められそれぞれの道を歩んでいく。
会場には多くの賓客が訪れており、それぞれの卒業を祝う言葉が飛び交っている。
そして、会場でも上座の方には高位貴族達が陣取っており、中でも目を引くのは第二王子と共に入場した人物だ。
そう、リア・オーストン男爵令嬢。
彼女を伴って現れた時点で会場の目は二人に釘付けだった。
本来第二王子はアーデル・ハイランド公爵令嬢を伴って現れるはずだった。
それが別の女を連れてくるなど前代未聞だ。
しかもドレスさえ第二王子が用意したものだという話だ。
用意したのはドレスだけではない。装飾品もすべてだ。
そんな事、婚約者が居る身で行うなど有り得ない。
その様子を見た者たちがこそこそと話をする。
それは次第に大きくなり、一際ざわりと会場が騒がしくなる。
それはなぜなのか。答えは簡単だ。
彼らの前で床に押さえつけられているのがアーデル・ハイランドとあって、周囲は何が始まるのかと戦々恐々としている。
まるでこれから始まるのが何かを察しているかのように一気に周囲がしんと静まり返った。
「これは、何の真似ですかルーウィン様。」
アーデルを押さえつけているのはリア・オーストン男爵令嬢のハーレムメンバー達だ。
ゲームと違うのは攻略対象が第二王子だけで、他の者はリアのクラスのハーレムメンバーだという事だろうか。
「アーデル。リアから話は聞いたぞ!公爵令嬢で私の婚約者であるにも関わらずいじめを主導し彼女を傷つけたと。」
「そのような事実はございません。」
その言葉にぎゅっと第二王子の服を掴んで怯えるリア・オーストン男爵令嬢。
「ひどいです。だって私をいじめていたのは貴方じゃないですか。」
「いいえ、なぜ私が貴方をいじめなければならないのですか。」
「だって、私がルーウィン様に近づいたからって。そう言ってひどい言葉を投げつけて物を破いたり捨てたりさせたじゃないですか。」
潤んだ瞳をルーウィンに向けて、甘えた声でしがみつくリアをルーウィンはそっと抱き寄せた。
「私は何も指示していませんわ。敢えて言うなら何も言わなかったからこそとも言えるのかもしれませんが。」
「だが、それによってリアが傷ついたのは事実だ。それに先日リアを階段で突き落としたのもアーデル、貴方だと聞いている。」
「有り得ませんわ。誰がそんな事を言うのですか?」
「リアは貴方が突き落としたと言っている。」
「あの、本人の証言は証拠にはなりませんわよ?」
その言葉に唖然としたアーデルはルーウィンを驚きの表情で見つめる。
「ひどい!私を突き落としておいて。それにその時ルーウィン様に頂いた指輪も取り上げられました。」
「それで、お怪我はなかったのですか?」
「幸い怪我はなく無事だったが一歩間違えれば大怪我だったのだぞ。」
「ですから、私ではないと…。」
言っているのにと告げる言葉は紡ぐ事ができなかった。
勝手に奪われたポーチの中から指輪が出たという言葉に遮られたからだ。
「有り得ませんわ。だって、私は盗っていませんもの。」
「だが証拠が出たぞ?アーデル貴方との婚約はこの場で…。」
第二王子の言葉は最後まで告げられる事はなかった。
その場へ乱入してきた者たちが居たからだ。
乱入したのはもちろんアシュレイだ。
その側には本来の攻略対象たちが勢揃いしていた。勿論エドワード殿下も当然のごとくそこにいる。
それを見て驚くリア嬢とアーデル。
乱入してきた私たちがアーデルにとって良いか悪いかはまだ分かっていない。
悪役令嬢アーデルの戦いはまだまだ続く事になる。
「さて、茶番はそれくらいにしましょうか。ルーウィン殿下。」
「茶番だと!何だお前達は?」
「僕はアシュレイ・ブレインフォード。こちらはエドワード殿下、隣にいるのは騎士団長の息子のルイス・ガードナー、その向かいがカイル・メイスン。彼は宮廷魔法使いの弟子ですね。それからシオン・ブレインフォードこと、帝国の第三王子シリウス・グラスウォード・パークス殿下です。」
「それで、なぜこの場に?」
「いえ、どうにもおかしな茶番劇が始まっているようでしたので止めに来ました。」
「茶番劇なんてひどい!だって本当にいじめられたのよ。その女に。」
「その言い分は正しくもあり間違いでもありますね。」
「なんでよ!」
苛立ったリアが声を上げる。
「なぜなら、アーデル様が何もしていないのは事実ですから。敢えて言うなら彼女も言っていた通り、何もしなかった事でアーデル様を擁護する者たちを制御できなかったせいです。」
「だから、何が言いたいのよ。それにほら、指輪も盗られたし突き落とされたのも事実なのよ?」
「くすっ、突き落とされたですか?」
「な、何がおかしいのよ!」
「リアが証言しているのだぞ?なぜそのように笑う。」
「では証を出していただけますか?」
「指輪ならあの女のバックから出てきたじゃない。」
「あぁ、それですか。では確認しましょうか?」
「え?」
「どういうことだ。」
ぱちりと指を鳴らすと光の映像が現れた。
先ほどのポーチを探る男の手が移る。ポーチの中には当然指輪など入っていない。
そして、手から指輪をバッグに落とし、さも今見つけたかのように叫ぶ男の姿が映った。
「な!俺は知らない。知らないぞ。」
慌てた男をルイスが押さえつける。明らかな力の差に男は怯えだした。
「さて、これで指輪の件は晴れましたか?アーデル様が犯人ではないのが明白ですね。」
「な!貴様の魔法で出しただけではないか。それこそ証拠にならない。」
「では、僕以外の証拠を出しましょうか?例えば彼女が突き落とされたとされる日の映像を。」
不敵な笑みを見せるアシュレイと名乗った男に、ルーウィンは何かとてつもない間違いを起こしているのではないかと不安な気持ちがじわじわと沸き上がってきた。
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