第32話 ランクアップ試験
学院では年に2度ほど長期休暇がある。
その期間を使って里帰りをするもの、自由を満喫するものと過ごし方は様々だ。
リーフィアはかねてより計画していたランクアップ試験をこの休暇を使って受けようと考えていた。
リーベルの町のギルド長ガンツさんに相談したところ、この人数ならちょうど良い王都ギルドとの合同作戦があるという。
この人数と言うのは私とエドワード、ルイス、カイル、ミゼット。そしておまけでシリウスことシオンだ。
シリウスは暇だと言うので連れて行くことにしたのだが、合同で事に当たるほど大規模な作戦とは何なのか。
盗賊団の討伐任務なのだが本来は危険度が高すぎる依頼はランクアップに使われる事など聞いたこともない。
面子の問題と規格外の魔力を持った私が居るからと言う理由らしいが王族を危険に晒すと言うのは如何なものなのか。
今回のターゲットとなる盗賊団は山深い洞窟に拠点を持ち男も女も、老人から子供まで幅広く誘拐しているらしい。
通常の盗賊団では有り得ない事だ。誘拐された者たちの行方は知れず消えたままだ。
潜入していたギルド員からの連絡も途絶えており、内部状況が全くと言って良いほど掴めていない。
かなり危険度の高い任務だ。一応クラウス様に受けても良いか確認を取る。
何せ王族が2人も居るのだ。用心に越した事はない。
だが、返ってきた答えは転移で逃げられるのだからやるだけやって来いだった。
随分と腕を買って貰っているようだが、慢心はいけない。
気持ちを引き締めてランクアップ試験に挑む事にした。
――――…
鬱蒼と茂る草木が視界を狭めるほど深い山奥に切りだった崖の側、そこに盗賊団のアジトがある。洞穴を使ったアジトでまるでゴブリンの住処のようだ。
しかし、アジトと言うには奇妙な事に見張りも居なければ人の姿さえも見えない。
おかしいと警戒しながら内部へと慎重に足を運ぶ。
洞窟の中は以前人が住んでいたらしい形跡はあれど、ここ暫く使われていないような雰囲気だ。
人っ子一人見当たらない。隠し部屋があるかもしれないので魔力を放射して確認していく。
地下に空洞を見つけてエドワードが水魔法で確認をする。
水は勢い良く四角い枠に流れ落ちていく。どうやらここの下に道があるらしい。
シリウスの重力魔法で四角い枠の形の床を持ち上げる。
すると、地下に続く階段が現れ、そこをルイスとカイルが先陣を切って降りていく。
異常がない事を確認して私たちも後を追った。
地下は研究所のようだった。散乱する紙には人族ではない文字で書かれている。
他種族が関わっているらしい事がこれだけで分かる。
周囲を探索するとミゼットが置くに続く扉を発見した。
その扉を開いて中に入ると人影が見える。
その人影はこちらに気がつくと、おどけたような仕草で私たちと対峙した。
「おや、これは随分と物騒なお客様だ。我が研究所へようこそ。何か御用ですかな?」
まるで道化のような仕草で話す男は白衣を着ておりモノクルの眼鏡をかけている。
褐色の肌に白髪をオールバックにした貴族風の衣装を纏ったその男の赤い瞳は狂気に彩られている。
台に乗せられた人物を見て試験官として付いてきていたリーベルの町のギルド長であるガンツが呻くように呟く。
「あいつは、多分うちのギルド員だ…。」
「おや、お知り合いですかな?すばらしい実験体を送って頂いた事に感謝でもするべきでしょうか。」
「ふざけるな!彼を元に戻せ。」
くつくつと笑う男に苛立ったもう一人の試験官である王都のギルド長マシューが叫ぶ。
台に乗せられた人物はかろうじて顔立ちが彼だと判別できるくらいで、異様に膨らんだ腹と見開いて飛び出たような眼、アバラは浮き出ておりやせ細っている。
細った手足に目だけが爛々としており明らかに異常だと分かる。
まるで冥土に落ちた餓鬼の様な姿に思わず顔を顰める。
ギルド員だった男が苦しげに呻いて、獣のような咆哮を挙げたかと思うとメキメキと額から突起のように鋭い角が生え、丸い耳は鋭く尖ってまるでゴブリンのような姿に変貌していく。
「元に戻す?不可能ですよ。魔石を体内に取り込んで既に一体化してしまいましたしね。それにこれはすばらしい進化ですよ?種族で言えば人工の魔物、魔人とでも名付けましょうか。」
「人の命を弄びやがって…。」
「ここにいた盗賊どもはどうしたのだ?大勢居たはずだが。」
冷静に聞くことが出来たのはリーベルの町のギルド長ガンツだ。
「あぁ、あれらですか、確か半年前に王都に向かって全員死んだと聞いていますよ。殺したのはあなた方人間でしょう?魔物の氾濫と呼んでいましたか。哀れにも同族であった者たちに切り裂かれ、さぞ無念だったでしょうね。しかし、なんとすばらしい出来だ。私の研究は完成した!見てくださいこの醜悪な顔を。苦悶に満ちた表情のなんと美しい事か。」
「狂ってやがる。」
ギルド長達が私たちの前に出る。どうやら試験どころではないと判断したらしい。
一触即発の雰囲気に一石を投じたのは女の声だった。
「シュナイザー、貴方まだこんな所にいるの?魔王陛下から呼ばれていたのではなくて?」
「これはサキュバス族のリリス殿。これから向かう所でしたよ?」
「本当かしら、あなた研究に熱中すると周りが見えなくなる癖があるもの。」
すっと姿を現したのは妖艶な美女。漆黒の髪を持ち豊満なボディはまるで欲望を詰め込んだような姿だ。
艶やかな衣装に身を包み人と違うのは、背中から生えている蝙蝠のような翼だろうか。
耳は鋭く尖っており、赤い瞳がザクロのように輝いている。
「あら、美味しそうな獲物がいるわね。若い男が4人に渋いおじ様方。あとは、女が2人か。」
指を刺して数える様も艶かしい。怪しげな気配とくらりとしそうな濃密な香りが漂う。
「ん?女が2人ですか。ほう、魔王様並の魔力を持つものは女の子でしたか。随分と面白い魔法を使っていましたね。これは是非とも私の研究材料にしたい魅力的な素材ですね。」
ねっとりとした視線を庇ってエドワードが私を後ろに下がらせる。
「くくっ、安心してください。私は勝てない勝負はしない主義でしてね。今は何もしませんよ。今はね。ですが、時間稼ぎ位はさせて貰いましょうか。」
ぱちりと指を鳴らすとシュナイザーとリリスの姿が消える。
そして台に乗せられていたギルド員だった男が牙を剥いてこちらに向かってきた。
だが彼には知性がまだ残っており、殺してくれと懇願してくる。
涙を流し襲い掛かるギルド員をルイスの剣が切り裂いた。
すると息絶えたと同時に体が砂のように崩壊を始める。
そして原因である二人の魔族を追おうとしたが既にこの周辺にはおらず、後味の悪い討伐任務を終えた私達は試験らしい結果を残せないまま戻る事となった。
試験は元々合格を与えるつもりだったらしい。
ランクと実力があっていないのは明白であった為試験と言うのは名目だったようだ。
行き成りランクをSに引き上げられたのは驚いたが、あの魔物の氾濫の結果も踏まえてのランク付けとあって文句の付けようもないのだった。
不穏な気配を残したまま、ランクアップ試験を終えた私たちだった。
――――…
王宮のとある一室で甲高い破裂音が響く。
美しい調度品の形は見事に砕かれて見る影もなくなっている。
高価な花瓶も茶器も床に叩きつけられては壊れていく。
明かりを灯すためのランプすらも容赦なく叩きつけ真っ暗な闇に染まろうとも、怒りは収まる事がない。
「なんでよ!どうして思い通りにならないの。」
叫んでいるのはこのセインティア王国の側妃メザリントだ。
鬼のような形相で物に当たる彼女の姿を見れば、恋しい気持ちも一瞬で覚めてしまうだろう。
彼女がこのように怒り狂っている原因はどこにあるのか。
それを答える事が出来る者はこの場に居ない。いや、誰も知らないと言っていい。
計画に邪魔が入るなど当たり前のことなのに、この側妃はそれすら分からないほど取り乱していた。
王都を魔物の群れが襲いかかり、第一王子を消す計画も潰され、その上帝国とこの国が和解すると言う予定外の事態。
様々な要因が重なり彼女の目的は遠のくばかりだ。
王妃が死に自分が成り代わるはずだったのに側妃の立場が変わる事もなかった。
明らかに今までの態度や行っている事が露見しているなど全く考えていない。
「それに、息子の婚約者も考えていたのと違う結果になってきているじゃない。思い通りに動かせる女を選んだはずなのに…。」
高位の貴族の娘であれば第二王子の母である自分の言葉を素直に聞くと勘違いしている。
何より我が子を自分から離そうとする息子の婚約者をそのまま認めておくはずがない。
「では、別のものを宛がいますか?」
「そんなに都合のいい女がいるかしら?」
「必要なら作ればいいのです。魔力も申し分なく持ち、こちらの願いを素直に受け取るような女を。」
赤く無機質な瞳が暗くなった室内で怪しく揺らめく。
それに気付かないままメザリントは望みを口にする。
自分が何をやろうとしているのか全くと言って良いほど理解していない女は愚かな選択を続ける。
それが自身の破滅に繋がっている事など微塵も思っていない。
すべては王の座を息子に与え、自在に国を操り豪勢な暮らしをする事しか考えてないのだから。
何もかもが思い通りにならなければ気がすまない。
こんな思いを抱えているメザリントは自身の願いを叶える為に手段は選ばない。
――――…
後味の悪い任務を終えて、長期休暇が終わるといつもの授業に戻っていく。
だが、すぐに授業が始まるわけではない。
長期休暇が終わると同時に開催される親睦会があるのだ。
パーティー形式で行われるこれは強制参加に近い。
すでに卒業資格を得ているリーフィアも参加を余儀なくされた。
ただ参加したと言う証さえ残せれば問題はないらしいのだが、今回は辞去するタイミングを失敗したらしい。
「お前のせいよ!」
金切り声が会場内に響き、注目を浴びざるを得ないリーフィアは相手を見てうんざりしていた。
かつてデビュータントのパーティーで愚かな振る舞いをして自滅したキャサリン・マグナス嬢だ。
彼女のおじい様は結局教会で責任を取らされ隠居の身となり、領地に篭っていたのだが一度広まった噂はじわじわと領地にも影響を与えたらしい。
没落気味になったマグナス伯爵家はすでに信用を失い権力も落ちて力を持たない名前だけの伯爵家へ成り下がったのだ。
キャサリンはその没落後に拾った一人の青年を連れてこの会場にいる。
一応貴族である為学院に通わざるを得ないのだ。
その他の使用人はほとんど暇を出して、すでに身の回りには居ない。
平民並の暮らしぶりのマグナス嬢に近づく貴族など皆無に等しい。
苦渋にまみれて苦しむキャサリンにとってリーフィアは一番憎き人物。
諸悪の根源認定されているのだ。未だに自分の立場を理解していない。
いや、理解したくないのかもしれない。
「貴方は?」
「私を忘れたと言うの!貴方のせいで私の家は散々な目に合ったというのに。」
怒りに震える目の前の女性に、リーフィアはどう熱かったらいいのか分からないでいた。
なんせ、挨拶もされた事がなければ、名乗りもせずに一方的に言葉を罵っていただけの彼女に対して出来る事などないし、関わりたくもないのだ。
「そもそも、名乗りを受けた覚えもありませんが。」
「なっ!私はキャサリン・マグナスよ。リーフィア・レインフォードお前のせいで私は今まで散々な目に合ってきたのよ。知らないなんて言わせないわ。」
「えっと、知らないですよ。というか散々な目に合ったのは自業自得なのでは?私、以前きちんと忠告いたしましたよ。ご自身の言葉には責任が伴うと。」
「ぐっ!それでもお前のせいで家もめちゃくちゃになったんだから責任はお前にあるじゃない。」
「それも、貴方の責任ですよ。人の言葉をきちんと聞かないのが悪いのです。まぁ、貴方のデビューを華々しく飾りたくて、愚かな真似をした貴方のおじい様に責任があるといっても過言ではありませんが…。しかし、それを口にしたのは貴方自身。つまり結局のところ責任はご自身にあるのですよ。これ以上愚かな行為を続けるのであれば、私も容赦しませんから。今後はこのような恥の上塗りはなさらないように。では失礼しますね?」
そそくさと去っていくリーフィアをキャサリン嬢はギリギリと音がしそうなくらいに歯を食いしばっている。
向けられる視線から庇うように寄り添う青年が愛しい主であるキャサリンを宥めてその場から退場する。
その姿を哀れむもの、蔑むもの。
落ちた貴族の末路は大抵決まっている。
――――…
深夜、しんと辺りが寝静まった頃にリーフィアはふと気配を感じて寝た振りをしつつ警戒していた。
するりと天井から降りてきたのはキャサリンに付き添っていた青年。
青い髪に紫の瞳の彼は音もなく床に着地する。
そして、ナイフを握りしめて、ベッドに眠る私に突き立てようと手を振り上げた。
その手がリーフィアの首筋に当たる寸前に、目の前に眠っていたはずの少女の姿が消え失せた。
驚いて辺りを見回す侵入者の青年。
バリッと音を聞いたかと思うと脳内が真っ白になりそのまま気を失った。
からんと音がしてナイフが床に転げる。
床に倒れた青年をリーフィアは氷のように詰めたい瞳で見ていた。
次の日の朝、学院はとんでもないモノによって大騒ぎになっていた。
箱の上に置かれた生首を見て気を失う女性の生徒が後を絶たない。
キャサリン・マグナスはその首を見て悲鳴を上げる。
そして形振り構わずに駆け寄った。
「いや、嘘よ。シェイド…なんで、私がリーフィアを殺してってお願いしなければこんな事には…。」
「はい、言質頂きました。」
うろたえるキャサリンの声に被せるように声が重なった。
そして、キャサリンが振り向いた先に居たのは、アシュレイ・ブレインフォード。
銀の髪に青い瞳を持ち、エドワード殿下の護衛も勤める男だ。
口元は笑っているのに目だけは笑っていない。
その隣にはエドワード殿下とルイス・ガードナーが控えている。
「キャサリン・マグナス。リーフィア・レインフォードの殺害未遂で連行する。」
「なっ!貴方にそんな権利があるわけが…。」
「残念だったね。今回の件は陛下もご存知だ。すでに報告を上げ、連行するように書状を貰っている。あぁ、その子死んでないから安心してよ。と言っても安心なんて出来ないか。それに、生きていて良かったなんて思えるかはこの先次第。」
「い、生きているの?本当に…シェイド無事でよかった。」
「良かったじゃないです。殺しても良かったんですよ?襲ってきたのはそっちだし文句は言えないからね。」
「…だって、リーフィア・レインフォードが憎かったんですもの。人生をめちゃくちゃにされてどうして恨まずに居られると。」
「言っただろ?自分の言葉には責任があるって。それを聞かないからこうなる。次は容赦しないとも言ったからな。」
「え?」
告げられたのはリーフィアから言われた言葉。
その言葉に疑問を感じる間もなく、キャサリン・マグナスは連行されていった。
すべては一つの愚かな過ちから始まった。
キャサリンは道を踏み外し、大切な者をも失うところだったのだ。
リーフィアは彼女を利用したという事実もある。
教会を綺麗にするという名目で一人の幼い少女の過ちを許さず被害を広げたのは確かなのだ。
キャサリン・マグナスはリーフィアが罪に問わないと明言した事で今回の罪は許される事となった。
だが、その代償は無しにとはいかない。
「それで、どうしてこうなりますの!」
キャサリンは思わず叫ぶ。
それを問われるリーフィアは分かっていて知らぬふりをしている。
喚き続けるキャサリンに顔を顰めて思わず煩いと反論する。
「罪に問わないから下僕になれなんてあんまりですわ。」
「下僕なんて言ってないから…。」
「だって、シェイドを人質に取るなんてあんまりですわ。それで友達になれなんて意味が分からないし一体何がしたいんですのよ。」
「人質じゃなくて、きちんと足抜けして来いって盗賊ギルドに返しただけじゃない。」
「だって、信じられないですもの。貴方があのアシュレイ・ブレインフォードで男装していたのもそうですし、魔力が平民並というのも嘘だったなんて。」
「それ、誓約に反するから。公言しないように言ったでしょ。」
「今は二人だけなのだから良いではありませんの。一体全体どうなっているんですの。」
詰め寄るキャサリンを適当にあしらって、リーフィアは友達?を手に入れた。
何だかんだで彼女も友人を持てないまま育ったのでお互いある意味ボッチ同士なのだ。
煩いキャサリンの相手をしながらもリーフィア自身も楽しんでいる。
後日、盗賊ギルドから無事に足抜けすることが出来たシェイドが戻って、甘い恋人同士になったキャサリンを弄るのが日課になるのだった。
キャサリンは意外と一途な女性だった。
リーフィアの温情に触れて、罪を互いに打ち消しあった事でリーフィアとキャサリンは多少の上下関係はあるものの仲の生涯に渡っての友となるなど、この時はお互いに思っても居なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます