第21話 従者の家族の行方
あれから暫くたって、リックは今、クリステルに師事して剣を習っている。
王家の影であるクリステルやランドール、ネイドはクラウス様のお小言をもらって以降やたらと私の前に姿を現すようになった。
何をしでかすか分からない私に付けられた護衛兼監視要員のようだ。
信用無いなと思いつつも、そういう事をやった自覚は持った私だ。文句は無い。
それに、彼らが来たら剣を教えて貰えるからむしろ喜ばしい事だと自分に都合の良いように納得しておく。
とはいっても、学び始めたばかりのリックだ。ひたすら体力づくりや素振り、型の練習を繰り返す。
同じことを繰り返しの鍛錬はどうしても自信には結びつき辛いもの。どうしても、焦りが出てしまう。
何よりもリックは奪われた家族の事が気がかりで集中力に欠けているようにも思える。このままでは、騎士は愚か護衛としても心もとない。
だからこそ、少しだけ手助けをしてみようという気持ちになった。
「ねぇ、リック。鍛錬が終わったら私の部屋で少しお話をしましょうか。」
「分かりました。リーフィア様。」
すっと、手を止めて騎士の礼をとるリック。こういった所は少しだけ慣れてきたらしい。
ここへ来た初めの頃のよく噛み付いてきた姿を思い出せば、随分と成長している。
口調も丁寧になったしクリステルを見ているので物腰もまだぎこちない所はあるが、柔らかくなってきた。
「失礼します。」
部屋のドアをノックに入室を許可する。
きちんと汗も流してきたらしく、さっぱりと身奇麗に整えたリックが入ってきた。
「さて、座ってお話しましょうか。」
「はい。」
素直に応じるリック。茶色の瞳をまっすぐに見据えて私は話を切り出すことにした。
「さて、リック。屋敷の生活には慣れましたか?」
「はい。リーフィア様のお陰で良くして頂いています。」
彼が屋敷に着たばかりの頃は奴隷であった事もあり、使用人たちからは随分下の扱いを受けていた。
奴隷から解放された事で扱いは随分とマシになってきたようではあるが、どうしてもそういった差別の目と言うのは切り替えが出来るものではない。
「クリステル様も随分熱心に取り組んでいると褒めていたわ。」
「あ、ありがとうございます。」
師匠に褒められていたと聞いて少し顔を赤くするリック。
「でも、集中が散漫になっている事が多いとも言っていたわね。」
「あ。それは…。」
「何か、気がかりな事でもあるのかしら?」
「………。」
家族の事かと聞くと少し間をおいてリックは肯定した。
貴族に奪われた母と妹の事が気がかりでどうしても気が漫ろになってしまっているという。
「今どうなっているのかが知りたいと言う事ね。」
「はい。」
「言葉は交わせなくてもいいかしら?」
「遠目に見るだけでも構いません。」
「そう、じゃあちょっと覗いてみましょうか?」
「えっ?」
「どこの貴族だったかしら?」
「オーストン男爵です。」
その名前と条件に私はあれ?と疑問をもつ。どっかで聞いたような気がする。
あ、確かハイランド公爵家のご令嬢アーデル様が言っていた乙女ゲームの登場人物…。
「ヒロインちゃん…。」
「え、ひ、ひろ?」
「気にしないで。じゃ、映像でしか見られないけど、元気そうなら安心するでしょう。」
「えいぞう?」
リックの目の前に現れたのは小さな劇場。
箱型の魔道具で中にホログラムで映像が流れる。音楽が付いていないので何だか微妙な出来ではあるが、中継としてみるだけならこれでも十分だろう。
映し出されたのはリックの母親。綺麗に着飾ってまるでどこかの貴族の奥様のようだ。そしてオーストン男爵とよろしくやっている姿。随分と楽しそうに過ごしている。
そして、ふわりと抱えられてベッドに直行し睦みあう。その姿にリックは目を背けた。
9歳には刺激が強いだろうと場面を切り替える。妹の方だ。
母親と違って随分ひどい目にあったらしく、あちこちに怪我の後がありベッドで横たわっている。
小さく狭いまるで物置のような場所に閉じ込められているらしい妹を見てリックが呻いた。
だが、その沈痛な表情もすぐに吹き飛ぶ驚きの姿を目にする事になるとはこの時私も思っていなかった。
「う…イッタ~。」
目が覚めたらしいリックの妹、リアはむくりと起き上がるとキョロキョロと周囲を見渡している。そして、頭を押さえて呻いている。
当たり所が悪かったのだろうか。心配そうにリックが身を乗り出して食い入るように映像を見ている。
「え、嘘?やだ、私死んだんじゃ…え、これってもしかして…。」
ぼそぼそと呟いて何事かをしゃべっている。リアは部屋の片隅にあった水桶に顔を映し出して何かを確認しているようだ。
「やったー!私。アークリアの聖なる乙女の主人公。ヒロインじゃない!!やだ、どうしよう。この後確か、15歳のときに魔力事故を起こして大きな魔力を持っていることが分かるのよね。それで、オーストン男爵の養子になって貴族になれるんだわ。それから淑女教育が終わったらサマエル学院に入ってキャー!!素敵な出会いが待っているわ~。やん、楽しみ。死んだと思ったら大好きな乙女ゲームの中だし、しかもヒロイン超最高!王子様に、騎士団長の息子、宮廷魔法使いの弟子に辺境伯爵の次男、幼馴染の商人に、それから教会の次期教皇に隣国の王子様。誰にしようかしら?でもでも、待って。この世界って現実なんでしょ?ってことは、ゲームでは出来なかった逆ハーもいけるんじゃない?やん。みんなリアの事待っていてね!無理やり付けられた婚約者達も断罪してみーんな私の事を愛するの。この苦境に耐えたら幸せが待っているんだもん、今受けている虐めなんてなんてことないわね。うふふ。」
一人でキャーと叫びながら悶える様子を見てリックは唖然としている。
うん。私もこのヒロインちゃんはちょっと無理かな。逆ハーレム狙いとかアーデル様、頑張れ。
「そうそう、確かお邪魔キャラが居たんだよね。まず、第二王子の婚約者でしょ、それから騎士団長の息子のルイス様の婚約者、宮廷魔法使いの弟子のカイル様の婚約者、それにレインフォード辺境伯爵の次男エルン様の妹でしょ、他はどれも第二王子の婚約者が邪魔するから4名ね。それにエルン様の妹のところには兄が奴隷として売られているんだったかしら。」
兄と言う言葉にリックは現実に引き戻された様子で映像に再び集中する。
しかし、次の言葉でリックは完全に妹を見放す事になる。
「確かエルン様を落とすときに、邪魔をするリーフィアって女を断罪するのに力を貸してくれるサポートキャラだったわね。うふふ。兄ならきっと私の幸せのために働いてくれるでしょう。奴隷から解放されることを条件に色々と手伝ってもらわなきゃ。」
妹の言葉に信じられないといったリック。目の前の映像が真実とは思えない。
「なっ。なんだこいつ…。」
「なんだって、リックの妹じゃないの?ただ、中身が別人みたいだけど。」
「別人?」
「死んだはずだって最初に呟いていたじゃない。あれは中身が別人だね。それも、この世界に関する知識を持っただけじゃなく、自分の事しか考えない厄介なタイプだ。」
「じゃあリアは…。」
「どうかしら?大怪我しているみたいだったし、何かあったのかもしれないね。」
「この道具は、真実を映しているのですか?」
「当然の疑問だわ。じゃ、屋根裏から直接見て見るといいわ。」
そう言ってオーストン男爵家の屋根裏に二人で転移する。
丁度、リックの妹の居る物置の上だ。
そして、全く同じ状況を確認したリックは現実を受け止める事になる。
だが、がむしゃらに騎士になろうと頑張っていたリックにとってこの現実は受け止めるには厳しすぎた。
がっくりとうな垂れたリックを連れて部屋に戻った私は再びリックと向き合う。
「さて、ちょっと残念な感じだったけど気持ちは変わらないかしら?」
「あれは、妹じゃない…。でもオーストン男爵に家族を奪われた事実は変わらない。」
「そうね。それで?」
「俺は、父の敵を取りたい。母や妹のためではなく自分自身のけじめの為にも。」
「そう、なら騎士を目指すのは変わらないのね?」
「はい。母も妹も自分のために生きている。なら、俺が自分のために復讐しても問題ないでしょう。」
「前にも言ったわ。復讐を否定はしない。騎士になって悪徳貴族を取り締まるのであれば何の問題もないでしょう。だから自分を見失わずに正しい道を歩みなさい。いつか逃れられないほどの証拠を沢山揃えて罪を暴けば良いわ。その為にも力をつける必要があるわね。」
「はい。」
こうして、以前とは違って気になる事がなくなったリックはみるみるうちに護衛としても騎士としても遜色ないほど強くなっていく。
そして相変わらず無茶ばかりの主であるリーフィアを守りたいと思えるようになったリックの忠誠を受けた私は2人目の自身の部下と言える存在を手に入れることとなったのだ。
――――…
この世界の薬は前世の物とは比べ物にならないくらい効果が低い。
薬の成分を抽出する技術が未発達で薬師が作る薬はどう考えても民間療法の域を出ないくらいのものしかない。
唯一分かりやすいものと言えばポーションとマジックポーション、毒物くらいで、熱を冷ますにも薬草を水に浸しておでこに貼り付けるようなくらいの事しかない。
分かりやすいポーションでさえもなんとなく回復してきているような気がする程度。
使わないより使った方がましだと思えるくらいの効果だ。
この効果をもっと増幅するにはそれだけ量を飲まなければならず、かなり大変だ。
なんとも契約のインクなどと比べると残念な調合技術だ。
「濃縮しないと効果が薄すぎて意味が無いと思うのだけど。」
「濃縮…ですか?」
言葉を返してきたのはジョシュアだ。
一緒にポーションを作っている最中ではあるのだが、実はポーション自体を服用した事が無かったため、これまで全くと言っていいほど気付けなかった。
たまたま目の前で服用する冒険者を見なければ、この先も気付く事がなかったかもしれない。
ポーションを買った冒険者はウルフに噛まれた腕を治すためにポーションを服用したのだが、かすり傷はすぐに効果が現れていたにも拘らず本来治るべき所は殆ど効果が出ていなかったのだ。
これでは何のために高価なポーションを使っているのか分からない。
じんわり効くのだとは聞いていたが、目の前で見た状況から言うと、じんわりとは程遠いくらいにゆっくりで効果薄だ。
「ポーションの水分だけを減らして量を取れるように改良したらもっと傷は早く治るんじゃないかな?」
「えっと、水分だけを減らすってどうやるんでしょう?」
「うーん、例えばスープを煮詰めたら味が濃くなるでしょう?そんな感じにするの。」
「煮詰めるって事ですか?」
「分かりやすく言うとそうだね。」
「なんだい、リディ。面白そうな事を考えるねぇ。」
「あ、ジェミニー師匠。」
ひょっこり室内を覗きに来たジェミニーお婆さん。面白そうだとやってみる事になった。
もしこれで、傷の治りがもっと早まるのであればすばらしい事だ。
ポーションを使って試してみる事にした。
あれほど効果が薄いポーションの事。かなり圧縮する必要がありそうだと言う事で、思い切ってポーション100個を圧縮して水分を飛ばし1つ分の量にまで水嵩を減らす。
薄い色しかついていなかったポーションは濃縮されてどろどろの濃い緑色のものになり、かなり苦そうな色をしている。
飲むのはかなり勇気が要りそうだ。
固形状になるまで水分を飛ばしてやった方がいいだろうか…。
苦味を打ち消すためにスライム糖や果物の果汁を混ぜるのも有りかもしれない。
こうしてチャレンジの末にできあがったいくつかのポーションを試験的に使ってもらう。
すると、いままでじんわりとしか効果のなかったポーションはほんの少し塗るだけでもみるみる傷を塞ぐまさにこれぞ回復アイテムと言えるものに変貌を遂げた。
ただし、そこまで効果を上げるためにはポーションを100個ほど濃縮する必要があったのだが、1つ大銀貨1枚。これでは教会と変わらない金額だ。
だが、教会と違って少しずつ使う事もできるのでそう考えるとかなりお得感がある。
そして、100個濃縮したポーションはハイポーションとしてリーベルの町で売られるようになった。
ちなみに、マジックポーションの材料はスライムの核10個の他にマジックマッシュの傘2個これは小さくすばやいキノコの魔物の一種のことだ。
そしてキラービーの蜂蜜30ミルといった材料を使う。
それぞれをドロドロになるまで溶かしだして、濾したものが赤い色をしたとろっと甘めのポーションだ。
ちなみに価格は1個銀貨3枚だったのだが、ポーション同様に濃縮する事によって劇的なものへと変化した。
これには宮廷魔法使い達が大喜びだった。なぜなら飲んでもすぐには回復しないマジックポーション。
これまでは、数を飲んで何とか回復を早めようとしていたものが、1本で済むのだから大助かりだ。
そしてこちらもハイマジックポーションとして金貨3枚で売られるようになったのだ。
その販売はリーベルの町から始まったが、ジェミニーさんが調合方法を薬師に大々的に公開したため、すぐにどの町でも見かけるものとなる。
自身でも医師の真似事をしていたくらいだ。命を助けるかもしれないこれを秘匿などするはずもない。
そして、ポーションの改良を皮切りにこの先様々なポーションが生み出される事になる。
今まで同じものを作り続け、新しい物を生み出す事が停滞していた薬師ギルドにとっては大きな一歩となったのだった。
ポーションの改良を終えた私は、教会のお勤めを終えた後でブレインフォード商会に足を運んでいた。
冒険者として活動していると言っても魔法が得意で転移が可能な私は今まで冒険者の持ち物について深く考えてこなかった事がポーションではっきりと分かった。
そのため色々と工夫が出来るかもしれないと考えた私は、冒険者向けの商品について確認に来ていたのだ。
冒険者の持ち物と言っても、寝袋や装備品をどうこうしようと言うのではない。ポーションのように命に関わるものとしてあげられるのは、食料だ。
飲み水は生活魔法でなんとでもなる。だが、食料は持ち込まなければ行った先で狩をしなければならない。
大抵の冒険者は最低限の食料として購入していくのは固焼きパンや干した肉や魚、乾燥させた果物といった日持ちするものだ。
これは、国の騎士が遠征に赴く際も同様だ。そして私は今までこういったものを買ったことが無い。使う事もなかった。
王都に行く際でも、行く先々の町や村で新鮮な食料が手に入っていたし、仮にも辺境伯爵家なので資金は潤沢にある。
このようなものを買う機会など今までなかったのだ。せっかく気がついたのだから、試しに食べてみようと食いついたものの、うまく噛み切る事が出来ず断念した。
これは、あったかいスープの具にして柔らかくでもしなければ食えたものではない。
口に咥えてかなり時間をかけた上で飲み込むような食べ方になってしまいそうだった。
「もっと手軽な食べ物が欲しいよね。」
「おいおい、また何か変な事をしようってんじゃないだろうな。」
呆れた様子のレオナードがまた始まったぞという目で私を見る。
「むむ、失礼な。遠征時の食糧事情を改善しようと思っただけなのに。」
「そんな事出来るのか?」
「多分、できると思うから作ってみるよ。」
「ん?作るって食べ物をこれから改良するのか?」
「まさか。作るのはお湯を入れるだけですぐに食べられるものを作るための魔道具だよ。」
「お湯を入れるだけ?なんだそれ。」
「ふふ。出来てからのお楽しみだね。」
たしか、出来上がった料理を小分けにして、瞬間凍結した上で圧力をかけて真空状態を作ってから水分を飛ばして乾燥させたものがフリーズドライだったよね。
魔法でできれば、そのまま魔道具に応用できるのだ。
ということで、分かりやすそうなポポルの実で作ったポポルスープを使って実験をしてみる。ちなみにポポルスープはジャガイモのポタージュみたいなものだ。
ポポルの実が食べられる事が分かってからは率先して使ってきたブレインフォードストリートでは定番のスープになっている。
火属性魔法と水属性魔法と風属性魔法と闇属性魔法を組み合わせて試行錯誤を繰り返していく。
「で、どうよ?」
「こいつはすげぇ…。お湯を入れて暫く置くだけで食べられるなんて、こりゃ食料の革命だぞ!」
「味は悪くないな。触感がちょっとアレな感じだが暖かいものをすぐに食べられるってのはありがてぇな。」
「ふふふ。でしょ!温かいものは美味しいものね。しかも持ち運びも軽くって楽だし。」
「しかし、これはそうそう売りに出せないぞ…。」
「え、なんで?」
「この魔道具をお前しか今作れないだろう?」
「あ、そっか。」
「ったく、そっかじゃねぇ。だが、なんとなくイメージは分かった。乾燥させたものをお湯で戻してすぐに食べられるように出来ればいいって事ならこの魔道具じゃなくてもいけるだろ?」
「あっ!流石レオナードお兄さん。それもそうだね。」
こうして、試行錯誤しながら干して乾燥させた野菜もブレインフォード商会の商品に並ぶ事になる。
軽くて日持ちのする野菜をお湯で戻して食べるという新しい発想は冒険者達にすぐに受け入れられる事になった。
それと言うのも、販売所で試食をしてもらうという試みを試した結果だ。
そして、乾燥野菜だけではなく、スープの元として濃縮したスープをビンに入れて販売を開始。これも瞬く間に広まった。
その内ラーメンやうどんも作ってみようかと考える私だった。
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