第13話 奇妙な侵入者

 謎のリーフ工房の主アーシェが世間に知られることがなかったのには理由がある。

 契約魔術の存在だ。メリンダが持ち出した資料というのは契約魔術の掛かったもので、契約者との取り決めを魔法によって保護するものでもある。

 契約魔術とは特殊なインクを使って交わされる。インクそのものに魔力を通して記載された文字に双方のサインと平民は魔力が弱いため血を垂らすことで完成する。

 これは破ることも破棄することも出来ない特殊なものだ。燃やしてもなぜか燃えない。濡らしても消えることのないものだ。

 そのおかげで貴族でさえも情報を得ることが出来ない強固な守りとなった。もちろんやり取りを会わずに魔術具で行っていると言う理由もあるのだが。

 そんなこんなで、着実にお金を貯めつつある現在。そもそもなぜお金が必要になったのかというと、単純だ。

 スラム町は土地の管理がされていない。つまり有名になって土地を誰かに買われてしまえば退去せざるを得なくなってしまうのだ。

 手付かずの今、スラム全体を買い上げて一気にブレインフォード商会を盛り上げるのが一つ。そして、そのために必要なことを皆で行動しているのだ。


「やっぱり紙が必要だよね。」


 ぽつりと呟いた私にレオナードが怪訝な顔をする。


「紙ならあるだろうが。」


 羊皮紙のことを言っているのだが、それも違う。この世界に植物性の紙はない。変わりに木に書いたりしているのだが、やはり紙はもっと薄いほうがいい。


「それは高いからもっと安い紙が必要だって思うんだけど。」


「お前、紙が作れるのか?」


「作り方は知らない。だけどそれっぽいのが作れればと思っているんだ。」


「また、変なことを考えているんじゃないだろうな。」


「うーん。いっそペーパーレスで行くべきか…でもやっぱり紙は必要だよね。」


 一人で悶々と考える私。

 現在スラム町では温泉とレストラン、宿泊施設。その周辺に温泉グッズなどを売る雑貨店や化粧品を扱う店、スライムの核を使った甘味を販売する店、綿花を使った布製品を扱う店、洋服店、そして前世にあったような昔なつかしのおもちゃを扱う店などを準備している。

 もちろん冒険者向けの商品も揃えている。冒険者なら温泉きっと気に入るだろうと言う思惑がある。

 それは実際に冒険者として活動している子供達が実感していることでもある。血や汗で汚れた体を綺麗にできるのは温泉の大事な利点だ。

 そして綺麗になることで殺伐とした心も癒される。まさに冒険者のための施設と言えるからだ。

 これらを一つの商業施設としてオープンすることを予定しているのだ。レオナードが大きな店を出す予定で登録した理由はここにある。

 バラバラではなく一元管理するデパートのような存在。それがブレインフォード商会の店だ。そして、子供達はブレインフォードチルドレンと呼ばれ、各分野で活躍することになる。

 レオナードの助手として雑務を担当するライリーとリンダにブレナン。シェリーは新しい商会でスライムの養殖を手伝ってくれる。

 テイムした私がシェリーの言うことを聞くように命じておくだけなのだが、これも問題なく進めている。

 地下の巨大プールに浮かぶスライムの山。ちょっと気持ち悪いけど慣れるとかわいげがあるんだ。

 そして、ソランとラックはレオナードの補佐で情報収集係。巨大な施設になると上手く上まで情報が行き届かないことはざらだ。アンナは料理屋をサリーが温泉施設を担当する。

 アランは冒険者チームを率いて警護と冒険者の両方をカバーする。大人に混じって活躍する彼らは立派なブレインフォード商会の一員だ。

 出会ったときには思いも付かないほど成長してくれている。


 ちょっとじゃねぇ!


 全員規格外だってレオナードが叫んでいるけど知らないよ。

 レオナードがこう言うのは、ブレインフォードチルドレンのメンバーは全員が魔法をCランク級の貴族並みに使えるからだ。

 私と一緒に訓練してきた彼らもちょっと常識外れなものに育ったらしい。

 なので、今後狙われることがあっても自衛できるだけの力を備えている。全員が冒険者で全員が魔法使いだ。

 こんな場所ここ以外にないから無茶はするなと釘を刺されるのも仕方がないだろう。


「あ、思いついた。ちょっと作ってみよう。」


 木のチップを鍋で煮込んで柔らかくして、綺麗な水にさらしておく。次にチップを水とスライムの粘液を入れて魔道具のミキサーで粉々に砕いてドロドロの液体に変える。

 次に薄く引き延ばして水分を飛ばす。さらに平らになるように圧力をかけて完成っと。


「それっぽく出来たからこれでいいか。」


 若干木の色がついていて黄ばんでいるが、紙として使うのには十分だろう。もちろんこれもブレインフォード商会が取り扱うことになる。

 作業をスライムに任せたとたんなぜか白い紙が出来るようになったが、うちのスライムなら有りだよねと特に問題にならなかった。

 こうしてスラム町は生まれ変わる。スラムと化していた土地は意外と安く買うことができた。とは言っても膨大な土地だったのでそれなりの値段だ。

 白金貨が5枚。最初のオークションで稼いだ金はブレインフォード商店の土地代に消えた。

 土地を手に入れたらこれ幸いと今まで隠していた部分を面に出す。

 遊具も備えた公園や様々な施設が顔を出す。

 リーベルの町に突如現れた巨大な施設に民ばかりではなく領主も震撼したのは無理もない話しだ。


―――…


 ベルグ・ミュートリーは憤慨していた。


 今まで西方で幅を利かせてきた文官であるミュートリー伯爵は屋敷を亡霊のために追われ、別の家に避難しようと思ったらどの別宅も同じような惨状となっていたのだ。

 恐ろしくて住むなど出来ないと新しく屋敷を建てたのだが、その費用に重なり今まで建ててきた屋敷の解体に、領民への安心感を与えるために行った教会へのお布施と供養の儀式。

 あまりにも膨大な金額が一瞬で消えていった。

 ここまで来て初めて亡霊騒動の痛手を受けることになったミュートリー伯爵は弛んだ体を叱咤して王宮に出向いている。

 領民には祟りを受けた家として信頼を失い、今まで媚びへつらってきた周辺貴族達は手のひらを返すように離れていった。

 おまけに第二王子派の派閥からも西方の多くの貴族が中立に戻ってしまったのだ。

 これはミュートリー伯爵だけでなく、側妃であるメザリントにも多大な影響を及ぼした。

 しかしその怒りは亡霊に向けられるわけもなくミュートリー伯爵に向かうことになる。必死で信頼を取り戻そうと紛争するも、その姿はすでに没落寸前の貴族のそれだ。

 ブレインフォード商会と言う商会が急にレインフォード辺境伯爵の町に出現したのも偶然とは思えず、刺客を放ったがすべて返り討ち。

 すでに当主としても威厳を保つのが難しい状況に陥っている。


「くそ!なぜこんなことになるのだ。」


 やっとの思いで亡霊から開放された途端にこれだ。

 過去の過ちといってもすべては側妃であるメザリント様の指示。今更それを言ってもどうにもならない。

 ならば、メザリント様のご機嫌を取れるように指示を仰ぐしかない。


「そうねぇ、ならこういうのはどうかしら。」


 妖艶な口元を歪ませて笑う側妃の姿は悪女のそれ。

 だが、そんなことはどうでもいい。自身の保身のため、そして復権のためにならミュートリー伯爵はなんでもする。

 そうやって今までものし上がって来たのだから。


「お任せください。メザリント様。」


 即座に答えるとミュートリー伯爵は行動に移る。

 自身の娘をも巻き込んで、すべては己のために。


―――…


 リーフィアは母と共に本邸に泊まっていた。教会に通う時はこうして母と共に本邸に泊まるのが恒例となっている。

 そしてそういった日は、唯一家族で過ごせる時間が取れる日でもあった。週に2日しかないが以前と比べれば格段に家族の時間は増えている。

 和やかな時間を過ごし、暖かい気持ちでベッドに入る。使用人が役に立たないことなど、気にならないほど幸せな時間だ。

 そして、夜もまたリーフィアにとっては重要な時間だ。

 皆が寝静まった後は貴重な、映像のチェックもといお勉強の時間なのだ。

 その日もまた勉強をしながらベッドで横になっていると、ふと今までにない違和感があった。常に魔力を使って周囲を警戒しているリーフィア。

 屋敷の警護の人数が極端に少ないことに気づいた。

 そして明らかに穴だらけの警護。ふと、気になってスパイ・テントウ君を使って屋敷を確認する。すると屋敷で見たことのない人影が1つあった。

 庭から進入してくるその人影を確認したリーフィアは即座に転移する。侵入者は黒い装束を纏っておりさながら忍者のようだった。

 そして明らかに不審なその人物は体の動きがどこかぎこちない。

 まるで自分の意思で動いているのではないような、そんな違和感と異様な気配。


「ねぇ、ここで何をしているの?」


 リーフィアはその侵入者に声をかける。


「…に……げろ……くれ。」


「!?」


 振り返った侵入者は泣いていた。

 だが、理由を尋ねる間もなく剣を抜いて襲い掛かってきた。


「なんだかよく分からないけど、普通じゃないのは確かだね。」


 リーフィアは向かってきた剣を避けながら考える。

 あまり時間をかければ人に気づかれる。かといって普通に向き合っていては勝ち目もなさそうだ。

 何せリーフィアはまだ6歳だ。大人が本気で剣を向けてきたらいずれ体力の差で負けてしまうのは明白。時間をかけないなら魔法だ。

 だが、リーフィアは人に実践で使うのは初めてだった。

 うーん。ゴブリン相手なら気にしないのだけど。喧嘩は良くない。

 だが、これは喧嘩ではない。殺し合いだ。そう言い聞かせて覚悟を決める。

 うっかり殺してしまったら大変だけど、そのときは仕方ないよね。

 一気に距離を詰める侵入者。雷属性の魔法でスタンガンのイメージを持ち侵入者の背後に転移する。

 そして首筋めがけて雷を纏った手刀を思いっきり振り下ろした。


―――…


 崩れ落ちた侵入者が息をしているのを確かめて、ほっと息をつく。

 そして、侵入者を連れてスライム工房の私室に転移した。とりあえず、ベッドに引きずってなんとか横たえる。

 顔を覆っている黒い布を取り外すと、明るい茶色の髪の青年だった。

 そして、先程からチラチラと気になっているものを確認する。

 侵入者の青年を直接目にした瞬間に感じた違和感の正体は魔力の文字だ。全身を魔力で描かれた文字が鎖のように張り付いている。

 もちろん目に魔力を集中させなければよく見えないのだが、魔力による周囲の探索を行うことを常としている私には異物のように映ったのだ。

 よく見てみると何だか誓約みたいにみえる。以前商業ギルドで行った誓約書ではこんな現象は無かったのだけど。


 興味深く見ていくとなんとも残酷な内容だった。


 1つ、レインフォード辺境伯爵の屋敷へと向かうこと。

 1つ、目撃者は生かしておかないこと。

 1つ、クレア・レインフォードを速やかに殺害すること。

 1つ、成功しても失敗しても実行後は速やかに自害すること。


 4つの誓約が掛かっていた。


 そして、このままだとこの人は自害してしまうらしい。

 困ったな。うーん。こんな時間だと相談なんて出来ないし…どうしよう。

 魔力で出来た文字、変更したら何とかなるだろうか。

 無理やり変更して何も起こらない保障はない。一種の博打のような事をする羽目になるなんてと嘆きつつも、目を覚まさないうちにと契約内容の変更を試す。

 絡まっている文字に魔力を通していく。

 魔石を染めるのとは訳が違うのでかなり抵抗がある。それでも時間をかけていられない。

 魔力を染めるように文字に馴染ませる。

 そして少しずつ文字の形を変えていく。


 1つ、嘘をつかないこと。

 1つ、リーフィア・レインフォードの命令に従うこと。

 1つ、自分自身の命を大切にすること。

 1つ、裏切らないこと。


 変更した内容を確認して、私は気を失っている青年を揺さぶった。

 青い瞳が私を捉える。


「!!!!」


 驚いた青年がベッドから飛び起きる。

 そして周囲を見回して自分の剣が部屋の片隅に置いてあるのを確認した上で私を見た。


「君は?」


「私はリーフィア・レインフォードです。お兄さん、痛むところは無いですか?」


「あぁ。大丈夫だ。ところでここは?」


「レインフォード領の別荘にある地下です。」


「ここは、牢屋か何かかな?」


「いいえ、私の秘密基地です。」


「………。」


「お兄さんのお名前聞いてもいいですか?」


「それは…。」


「じゃあ、名前は後でいいです。」


 あっさりと引き下がったリーフィアに何を問われるのか強張った顔をしたお兄さん。当然だ。先程戦って、顔を見られているのだから。


「誰の命令で来たんです?」


「…命令は受けていない。」


「では、なぜ来たのです?」


「分からない。気がついたら屋敷に居て、しかも体の自由が利かなくて…何が何だか分からないんだ。」


「では、最後に会ったのは誰です?」


「………。」


「黙秘ですか?でもダメです。答えなさい。命令です。」


「メザリント・セインティア・ヴァズレー…な、なんで!!」


 口から出た言葉が自分で意図したものではない為か驚く青年。そして知りたい事を聞いていく。


「自身の身元と所属を答えなさい。」


「クリステル・ラグウェイ、ラグウェイ伯爵家の三男。所属は王家の影であるクラウス様の部隊に所属している。…これはっ、何だ!!」


「ふむ。契約どおりに従う魔法ですか、まるで奴隷みたいですね。」


「な、隷属魔法だと!君がかけたのか?」


「そうとも違うとも言えます。私はあなたにかけられていた制約を変更しただけだもの。」


「どういうことだ?」


「さぁ。メザリント様のところで何か署名でもしましたか?」


「あぁ。受け取りのためのサインをしろと書類に書いた覚えがある。だが、普通の書類だったはずだ。」


「へぇ。なんだかキナ臭くなってきたな。これ、一応クリステルさんにかけられていた内容を紙に書いておいたから。矢印の下は私が変更したもの。」


 その内容を見たクリステルは愕然とする。

 そして、少し逡巡した後、貴族の礼をもって答えた。


「命を救われたようだ。ありがとうリーフィア様。」


 死んだ事になっているはずのクリステルを野放しにするわけにもいかず、とりあえず地下に匿う事にした。

 王家の影として戻れるかは、私の判断に任せてもらうと宣言する。死んでいるはずのものが居れば、いずれ私のこともばれるかもしれない。それは面倒だ。

 そして折角なので時折、戦闘訓練を付けてくれるようにお願いすると快く引き受けてくれた。

 ずっと地下に居させるのも良くないと考え、姿隠しのために作った隠密の指輪の魔道具や髪と瞳の色を変更するカフスなどを持たせ転移での移動手段を見せられたクリステルが愕然とするのにも時間は掛からなかった。

 そして連絡をいつでも取れるように通信用の機能をカフスに追加したのは必要に迫られたからだ。

 ついでとばかりに量産してレオナードやリュート、スレイ、冒険者ギルドのガンツ、商業ギルドのメリンダに渡して連絡網を確保する。

 全員に遠い目で見られることになったが自重していたら命が危ないかもしれないから連絡手段はあって困らないよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る