第11話 Dランク冒険者

 うっかりとゴブリンの集落で氷漬け事件のあと、殺伐とした気分がなかなか抜けない日々を過ごした。ちょっとやりすぎたらしい。やはり魔物は怖いものなのだ。

 でもそれで引っ込んでいてはもう戻れなくなってしまう。そういう理由もあり、1日休んだ後は普通に狩をしたりして過ごしていた。

 癒しが足りない。こう、もふっとしていて気持ちが和むものが欲しい。

 いっそ以前に決意したぬいぐるみを作ってみようかと布と針と糸を持って作ろうとしたけどなんだか納得できるものが出来なかった。

 気晴らしに狩に出る。今日はウサギ狩りだ。ホーンラビットを狙って狩をする。先日訓練した甲斐もあって、最小の傷に一撃で仕留めるのも上手くできるようになっていた。

 狩で取れた獲物は6匹のホーンラビット。それを見て、毛皮をそのまま活用すれば、ぬいぐるみの形に悩むことなく出来るのではと閃いた。

 そこでいつも大雑把にやっていた解体作業をびっくりするくらい丁寧に行うことにする。ただ森の中で作業すると危険だと思い、スライムの工房で解体作業を行うことにした。

 白いスライムのジェリーが興味深げに傍によって来た。ホーンラビットの角を切り取り、皮を剥いでいく。

 普段はナイフでガリガリ切るところを、毛皮を傷つけないように丁寧に行い、肉のほうはいつもどおりに解体する。

 そして、6枚の毛皮と向き合ってから、ふと気づく。

 あれ、皮のなめし方なんて知らないけど…どうしたらいいのだろう。

 とりあえず、肉が付いている部分を念入りにこそいでいく。皮だけになったところで、汚いので綺麗に石鹸を使って洗ってあげる。そしてまた悩む。

 昔の人は歯で皮を噛んでなめしたっていうけどどうしよう。そう考えていると、ジェリーがその皮をずるりと取り込んだ。

 スライムの中でぐにゅぐにゅと揉み洗いしているようだ。しばらくして体内から皮を取り出すと、見事にやわらかくコーティングされた毛皮が出来ていた。

 なるほど。スライムの粘液でコーティングして防腐処置と柔らかくするという工程を一気に行ったらしい。私のスライムは凄すぎる。

 皮をなめすのが楽しかったらしく次々と作業を行うジェリー。そして、出来た毛皮を油でコーティングして保湿しつつ乾かしておく。

 出来た毛皮を縫い合わせて綿を詰めて膨らませる。角の部分の穴はホーンラビットの鳴き声を何パターンか録音した魔石をセットして魔力を流すと泣き声が聞こえる仕様にして、目の部分は宝石を目玉のように加工して使う。

 出来上がったウサギにリボンをかけて洋服を着せた。ぬいぐるみ第一号の完成だ!こうして男の子と女の子バージョンのぬいぐるみを作り上げていった。

 1組はスラムに持ち込んで、子供たちが大喜びしてくれたのだが、取り合いになって大変だった。これだけ喜ばれるのであれば、作った甲斐があったというものだ。

 やはり可愛いものはどこの世界でも共通らしい。しかもここまで精巧に作られているのだから当然かもしれない。

 なんせ本物の皮を使っているのだからリアルに完成するのは当然のことなのだが丸い作られた瞳が本物よりも可愛さを引き出している。

 おまけに洋服まで着せているのだから可愛くないはずがない。


 スラムで子供たちに人気のぬいぐるみ作りに集中していて暫く冒険者ギルドへ冒険者証を取りに行くのをすっかりと忘れていた。

 ぬいぐるみ作りもスライムのジェリーたちが手馴れた様子で作れるようになった頃、ずいぶん久しぶりにギルドに顔を出した。

 ホーンラビットばっかり狙っていたので肉はスラムに持っていくし、皮はぬいぐるみになる。だが使用しない角は亜空間収納に放り込んでそのままだったので、まとめて売りに出そうと思ったのもある。

 ホーンラビットの角はかなり硬いしぬいぐるみにつけると物騒だから取り付けなかった為結構溜まっている。

 あまりに久しぶりすぎてラナさんに言われるまで仮の冒険者証だったことも忘れていたくらいだ。当然、すぐに奥の部屋へと連行された。


「さて、ゴブリンの集落の件だが…。」


 まじめな顔で話し始めたガンツさん。解体から運搬までまるっとギルド任せにしていたのだが討伐数にちょっと驚いた。

 ゴブリンの討伐数だが、全部で348匹居たそうだ。その内、ゴブリンが250匹でホブゴブリンが80匹。17匹がロードクラスで1匹がゴブリンキングだったらしい。

 魔石も上位種になるほど価値が高くなる。

 通常ゴブリンの討伐は5匹で大銅貨1枚。ちなみに魔石のみの買い取りの場合は5匹分で銅貨8枚だ。残りの2枚が討伐報酬と言うことになる。

 今回はゴブリンが250匹で大銅貨50枚つまり、銀貨5枚分だ。そしてホブゴブリンだが1匹で大銅貨1枚分に相当する。

 魔石のみの場合銅貨8枚これは1匹分の魔石の値段。割合は大体同じくらいらしい。やはり普通のゴブリンと違って若干ではあるが値が上がる。ホブゴブリンは80匹なので大銅貨80枚つまり銀貨8枚だ。

 そしてロードクラス1匹の値段は銀貨3枚。魔石は1匹銀貨1枚。討伐報酬が銀貨2枚分になる。一気に金額が飛ぶ理由は単純に討伐が難しい為だ。

 ランクもBランクの依頼になるため冒険者はパーティーを組んで討伐するそれでも6人がかりでやっと1匹相手になるくらい凶暴なのがロードクラスだ。

 ロードクラスが17匹で銀貨51枚。そしてゴブリンキングは1匹辺り金貨3枚だ。魔石が大銀貨5枚分。討伐報酬が金貨2枚と大銀貨5枚となる。

 これは通常3パーティーくらいで連携を取って対峙するのが普通だ。トータルとして金貨3枚、大銀貨6枚、銀貨4枚になる。364万円相当だ。

 わぁ、一気にお金持ちの気分だね。ただこれは一人で受け取るから多く感じるだけで、通常なら集落を落とすのに5~6チームが普通だ。

 36名分の報酬を出そうと思うと一人当たり10万ちょっと。危険を考えるとかなり安い報酬だ。所詮はゴブリン。

 皮膚は人より頑丈ではあるがそれを活用するには弱すぎる。ホーンラビットの方がマシだ。骨も人より多少硬い程度で大して役に立たない。

 敢えて言うなら骨粉にして肥料に使うなんて事を思いついたけど、わざわざゴブリンの骨を丁寧に残すなんて面倒だし、それなら動物を使った方が肉は取れるし骨も出汁に使える。

 そうなると当たり前のように魔石しか使い道がない。敢えて言うならゴブリンたちが使っている武器だが、棍棒や錆びた剣やぼろぼろの盾など。

 元は人が使っていただろう物は奪われて使用されボロボロになっている。売っても二束三文にしかならないのは残念なところだ。結局売れるものは魔石くらいしかないのだ。


「さて、預かっていた冒険者証を返す。」


 そう言ってガンツさんはプレートを返してくれた。プレートを見て唖然とする。


「あの、これ何ですか?」


「見て分かるだろうDランクの冒険者証だ。」


「そこも気になるところですけど、この注意書きみたいなの。これ何ですか。」


 Dランクの下に小さく書かれている文字がなんだか納得いかない。


「実力はAランクかSランク級。取り扱い要注意人物。僕がなんだか悪い人みたいじゃないですか。」


「普通じゃないのは確かだろうが。」


 呆れた表情のガンツさん。普通じゃないって子供にひどい言い草だと思う。まぁ、確かにやりすぎた感はあったけど。そんなに難しい事としていないんだけどな。

 自分がやった事とはいえ、あんなに簡単に氷漬けになるなんて思っていなかったのだ。


「会ったばかりなのに扱いがひどい。」


「当然の扱いだろう。一人でゴブリンの集落を殲滅するとか俺でも苦しいわ。それをケロッと魔法でやりすぎましたって報告に来るやつ要注意人物以外の何者でもないだろう。」


 子供らしくぷぅっと膨らんだ頬を見たガンツさんは溜息をついて、早めに試験を受けて上にいけばその表記もしなくてすむんだがなと呟いた。


「あ、僕しばらくランクアップ試験受けるつもりないですよ。」


「なんでだ?」


「Cランクの試験って盗賊団の討伐任務で試験官が同行するんでしたよね。」


「そうだが、それがどうかしたのか?」


「家にばれると困るので遠出はできません。なのでランクアップも13歳過ぎないと無理だと思います。」


 貴族だとうすうす感じていたらしいガンツさんはそれほど驚かなかったが、暫くその冒険者証で我慢しろと言って苦笑いしつつ討伐報酬を渡してくれた。


 冒険者ギルドから出ると緊張がほぐれてほっと息をつく。なんだか大事をやり遂げた後みたいな感じだ。それに報酬額を思い出してほくほくと懐が暖かくなるのを感じる。

 これで目的に向かって更に前進できると思うと頬が緩む。

 不本意な通り名が付いてしまったがそれがあるだけでも面倒な類は寄ってこなくなるかもしれない。冒険者ギルドで絡まれるなんて面倒極まりない事だ。

 うっかりで済まないこともあるから魔法の練習もこなさないといけないと改めて目標を立てる。


―――…


 王都には数々の貴族が己の財の証でもある豪邸を貴族区に建てている。社交シーズンになると集まってくる貴族は今年の流行を身につけて、我こそはと牽制しあう。

 ここは様々な思惑が交錯する場所。

 社交とは貴族の闘いの場とも言われる。そんな貴族の家で、夜に悲鳴が上がる。

 一つの家ではない。時間は違えど何件かの貴族の家で同日に始まった。

 それは、まるで弔いの鐘のごとく夜の闇に響いた。


「ひっ、お、お前は!!!馬鹿な、生きているはずが…ひぃ!体が透けて…」


「や、なんでだ!死んだはずだ。ひぃ、ば、化け物だー。」


「わ、わしはただ、命令に従っただけだ!!助けてくれ。」


 様々な叫び声が響き、当主の声に驚いた使用人が駆けつける。

 そして、部屋に入るとそこには震える主の姿と、すでにこの世のものではないものの姿。

 そして悲鳴は連鎖する。


 真実に辿りつくその日まで。


 暖かい日差しが続き、次第に暑さが勝っていく。この世界の四季はちょっと違う。

 前世である日本の春夏秋冬といった流れではなく、火水風土といった風にそれぞれの精霊に沿った動きをする。

 暑いサラマンダーの火の周期、涼しいウンディーネの水の周期、寒いウィンディーの風の周期、仄かな温かさのノームの土の周期となっており、四季に当てはめると夏秋冬春の流れになっている。

 順番が入れ替わっているが1の月から12の月の中で火の周期に当てはまるのが1~3の月、水の周期に当てはまるのが4~6の月、風の周期に当てはまるのが7~9の月、そして土の周期は10~12の月となっている。つまり今は夏の始まり火の周期だ。

 だが、その暑さが吹き飛ぶような怪事件が王都で起こっているのだとかと面白そうに語るのはミリーナ姉様だ。

 今年で9歳となったミリーナ姉様はすでに7歳の社交界デビューを果たしており、時折お茶会やサロンに招かれてこういった面白い話を聞いてきては本邸に行ったときに教えてくれる。

 今、サロンではこの恐ろしげな怪事件がもっぱらの噂らしい。


「それで、噂ではある子爵の亡霊がね、出るらしいのよ。」


「亡霊ですか?」


「夜に不思議と寒さを覚えて起きると亡霊が部屋の中に立っていて、何も語らず、ただじっと見つめているんですって!」


 きゃーと声をあげて恐ろしさを表現する姉様。エルン兄様は今にも泣きそうだ。


「その亡霊が出る家は決まっていて、その子爵が処刑された時にその罪を暴いた者らしいの。」


「それはきっと恐ろしいのでしょうね。」


「えぇ、ある子爵の御当主がとうとう気が狂ってしまって、奥様が必死に看病なさっているのだとか。」


「へぇ、それは大変ですね。」


「それでね。他にも面白い話があって……。」


 こういった話が最近のサロンでの流行らしい。とってもホラーな響きだ。

 夏の怪談とも言えるこの事件。

 屋敷の人間にも見えるため、幻覚の類ではなく、触れることも出来ないとの噂だ。亡霊だけに。

 ただ、毎夜現れてはただただ立っている。目が覚めると必ずそこにいる。こうしたことが連日それも複数の家で時間は違うようだが起こっているらしい。

 亡霊なんていない。そう唱える者達も当然のことながら存在する。

 そして騒ぎの原因究明のために魔法師団が派遣されたが、誰もその真相に辿り着けない。

 結局分からずじまいなその不思議な現象はもはや、貴族の間では現実のものとなった。

 そして同時にこういった噂も流れ始めた。その亡霊と称される子爵は実は冤罪であったのではないかと。

 無念を晴らすために嘘の証拠や証言を行った者たちに恨みを持って現れたのではないかという噂だ。

 実しやかに囁かれるその噂が事実であると明るみに出るのに1月もかからなかった。貴族の当主でありながら亡霊に怯え、正気を失った。

 そう最初の頃は思われていたのだが、事実であるという証拠さえ持参してくる始末。

 亡霊は真実を求めている。真実を明るみに出し許しを乞えば亡霊は消える。それもまたすぐに広まることになった。

 そして、数々の証拠と証言の元に亡子爵が冤罪によって処刑されたことが公表されることとなった。

 同時にそれに関わった者たちの一部は連座で処分される事となり一連の事件は終幕となったのだ。

 しかし、それでは納得できない者が居た。真実はすべてが明るみに出たわけではなかったからだ。

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