第37話
数日後のことだった。
「ただいま」
「おかえりなさい」
帰ったらすぐにスーツから部屋着に着替える。
「土方さんからお名刺いただきました」
僕はTシャツをかぶりながら聞いた
「どこの人だった?」
「土方グループの会長さんみたい」
「ええっ!いてっ!」
ズボンを履きかけて、スッ転んだ。
「ち、ちょっと見せて!」
さくらから名刺を受けとると、半分まで履いたズボンをさくらが腰まで上げてくれた。
「もぅ、気をつけてください」
「コ、コレ、本物か…」
土方グループは日本を代表する大財閥だ。
名刺にはシリアルナンバーが振ってある……
そういえば、噂に聞いたことがある。土方会長はめったに名刺を渡さない。持っているのは世界で数十人程度で、名刺にはナンバーが振ってあって誰に渡したかもすべて管理されているという話。
都市伝説だと思っていた───
そんなトップクラスのセレブと知り合うって
さくら、君は一体……
鼻歌をうたいながら夕飯の支度をするさくらを見つめる。
「ん?」ふいに目が合う。
「あっ、夕飯なに?」
「しょうが焼きよ」こんなに庶民的なのに……
☆☆☆☆◆◆◆◆☆☆☆☆◆◆◆☆☆☆☆◆
数日後
土方会長の秘書と名乗る人から連絡があった。
「会長がお会いしたいとおっしゃっています。今夜、貴社へ車を送ります」
黒塗りのハイヤーが目の前に止まった。
運転手がドアを開けてくれて、乗り込む。
「はじめまして、土方です」
オフィシャルサイトの写真と同じ人が言った。
本物だ……。
「今回は無理な申し入れを受けてくれて本当にありがとう」
思ったより大きな手が差し出される。
「いえ、こちらこそありがとうございます」
ボクサーらしくない細い手でしっかりと握る。
「思った通り、優しそうなご主人だ」
「いえ、そんな……」
「今日はね、カンヌまでの準備をお願いに来ました」
「はい」
「まず、パスポート取ってください」
「そうですね、私以外は持っていません」
「あれ、ほんとにメンドクサイんだよね。時間もかかるし。秘書を同行させますから、取りに行ってください」
「ありがとうございます」
「あとね、カンヌもメンドクサイの。ドレスコードがあってね。男性はブラックタイ、女性はドレス」
「そうなんですね……」
「銀座の三越にね、私の外商があって、そこで見繕ってもらうから子供達もサイズ合わせに行ってください。それも秘書が同行します」
「ありがとうございます」
「さくらくんは、ドレスを作りますから採寸してもらって下さい」
「作るんですか?」
「そうですよ。エステも行ってね」
「エステですか?」
「はい、コレうちのグループのお店。好きなお店に時間のあるときに行ってください。手配しておきます」
「何から何までありがとうございます」
「いや、こちらこそ。会社や学校を休んでもらって申し訳ない」
会長って、こんなに気さくな人だったんだ。
「さぁ、準備の話はこれくらいにして、キミはどんな仕事をしてるの?」
そこから僕の仕事の話になって、独立を視野に動いていると話した。会長はなんだか真剣に僕の話を聞いて下さって、なかなか目の付け所がいいと誉めていただいた。そうこうしているうちに車が自宅前に到着した。
「会長から、奥様とお子様へお土産です」
芍薬の花束とケーキの箱を渡された。
「お土産まで、ありがとうございます」
「みさなんによろしく」
車を見送り、玄関を開けるといつものように子供達が出迎えてくれる。
「パパー!おかえり!」
「すごい!どうしたの?」
「ケーキ!ケーキ!」
みんな口々に騒いで喜ぶ。
「わぁ、私の好きな花。買ってきてくれたの?」
さくらまでうっとりと、とても嬉しそうだった。
「土方会長からお土産で頂いたんだ」
そういえば、花なんて贈ったことないな。
こんなに喜ぶなら、今度買って帰ろう。
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