第90話「うらはら」

「あははは。冗談ジョーダン。マイケル・ジャクソンだよ」

「そこはジョーダンだろ。って、そういうことじゃなくて」


 マリーは悪びれもなく、軽薄な笑顔で誤魔化す。道周はマリーのお気楽に調子を崩されながらも、本題に返る。

 険しい瞳で無抵抗のウービーを睨み付け、道周は重たく口を開けた。


「さて、さてさて狩人君。いいや、盗賊君よ。了見を聞こうじゃないか……」


 静謐な声音で問い掛け、ウービーに重厚な圧を掛ける。その手に武装はなくとも、怪しい素振り1つで容赦のない拳骨が飛んでくるであろう。

 少しでも折檻を和らげようと、ウービーは脳細胞を総動員して言い訳を思考する。

「毒を盛ったって言っても、睡眠薬だっただろ。オレはあんたらを殺すつもりはなかった」

「黙れぃ!」

「ミッチー理不尽!?」


 ウービーの開口を待ち侘びていたようで、道周は即座に恫喝した。その食い気味さに、さすがのマリーも引いている。


「毒が致死薬だか睡眠薬だとかは関係ない。最初から、物盗りのつもりで近付いてきたんだろう」

「違う違う、決して違う! これは魔が差したというか、何と言うか……。

 とにかく、オレの本業が狩人であることは本当だ」

「もしそれが本当でも、一度盗みに手を付ければお前は盗賊だ。二度と「狩人」なんて名乗るんじゃねぇ」

「う……」


 口走ったことをリュージーンに否定され、ウービーは口を噤んだ。ぐうの音も出ない正論に、返す言葉が見当たらない。


「その可愛い振る舞いも、全ては私たちを騙すための罠だったか! 危なかった!」

「それはマリーが勝手に引っかかっていただけですよ。睡眠薬で眠ったのも、マリー1人だけですし」

「聞こえませーん」


 マリーは駄々っ子のように耳を覆い隠した。両手で耳を覆ったまま、ついでと言わんばかりに道周たちに尋ねる。


「どうしてミッチーたちは、睡眠薬に気が付いたの?」

「俺は最初から怪しんでいたから、全く手を付けなかった」

「私は、ウービーが食べていなかったので、怪しいと思って食べてたフリをしていました」

「俺は口に含んだときにおかしな臭いがしたから、吐き出した」

「そんな……。バレバレだったのかよ……」


 見透かされていたウービーは、力なくがっくりと肩を落として落ち込む。項垂れたまま、その頬には一筋の涙が伝っていた。

 道周は顔を伏せるウービーの両肩を鷲頭にして、その顔を真っ直ぐに見つめる。


「と、言うわけだ。獣帝までの案内、頼めるよな?」


 暗黒微笑と形容するに相応しい、口角だけが吊り上がって目元が笑っていない、それどころか影の落ちた瞳を覗かせる笑みを、道周は表情一杯に湛えた。

 ウービーは生まれて初めて感じた恐怖に身を震わせ、速攻で首を縦に振る。がくがくと頭が落ちそうなほどに上下させ、同時にウサ耳が多きく揺れる。

 都合のいい案内人を獲得し、満足気にリュージーンが微笑む。その笑みには、邪な気持ちが混ざってるのが見え見えだ。


「これで使いっぱしり……、違う、お手伝いが増えたわけだ。荷車を押すのは頼むぞ」

「え? もちろんリュージーンも押すのですよ」

「は?」


 ソフィの何の気なしの返答に、リュージーンは怪訝な顔で問い掛ける。その表情には、強く訴えかける意志が表れている。


「まさか、ウービーのような小さな身体で荷車を押す人手が足りるとでも?」

「小さな身体言うな」


 ウービーの抗議を聞き流し、ソフィは真剣な面持ちで言葉を続ける。


「そもそもリュージーンは昼間のモルグとの戦闘に参加せず、あまつさえワニにも恐れて何もしなかったではないですか。その失態、もとい無様をお忘れですか?」

「しかし、仕事を分担すると効率がだな……」

「ならば、荷車の荷物を背負って歩きますか? 荷車の重量が減れば、一頭のギュウシとウービーで事足りますねそうですね」

「それだとあまり意味がないような」

「じゃあ何ですか? 死にますか?」


 短剣をちらつかせるソフィの瞳に茶目っ気はなく、いつでも抜刀できる構えをとる。

 ソフィはマジだ。


「分かった! 俺が悪かったから、実力行使を止めろ!」


 リュージーンが先に折れた。リュージーンが抱えていた、ソフィに対する抵抗はほとんどなくなったものの、その実力差には大きな開きがある。もしソフィとリュージーンが叩けば、もちろんリュージーンは負ける。それはもう、芸術的な瞬殺であろう。

 もはやソフィとリュージーンの力関係は明確に出来上がっていた。この光景は道周とマリーにとっては見慣れたものだが、ウービーにとってはショッキングな光景であった。

 ソフィの本性を目の当たりにして、ウービーは縛り上げられながらもガクブルと戦慄する。


「あのハーフエルフ、超こえー」

「そうだよウーたん。一番怒らせてはいけないのは、実はソフィだったりするのです」

「ウービーはソフィがハーフエルフだって分かるのか? 大抵みんなエルフだと勘違いするんだけど」

「あ? 臭いが違うだろ。人間臭」


 ソフィが無言の圧力を込めた視線を送る。


「人間味がおありのようで……」


 ソフィ、少し考えたのち判定を下す。ギリギリセーフ。


「獣人有能だな」


 道周は、ソフィの圧力に気が付かないフリをしてやり過ごす。


「オレ、うっかり殺されないよな……」


 言いようのない不安を抱え、ウービーはぽつりと言葉を漏らした。ウービー自身、盗賊をした身でありながらも、それ以上に野望で粗暴な連中に絡んでしまったと後悔しているのだった。

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