第81話「夜王の試練 2」
道周の悪戯な笑みから放たれたのは、魔剣の「一閃」ではなく「打突」であった。
防御の腕は上がり、回避をする姿勢ではない。アドバンは完全に空隙を突かれた形となる。
「っ……、仕方あるまい」
歯噛みしながら呟いたアドバンは、広大な黒翼を広げて封じていた飛翔を解禁する。
巻き起こされた風は砂塵と瓦礫を巻き上げ、アドバンは不夜城の空間に舞い上がる。
「おい! 飛ばれたら届かないだろ! 降りて来い、卑怯だぞ!」
「喧しい。飛べない貴様が力不足なのだ」
瞬間的な攻勢の熱はどこへやら、魔剣を持ち直しながら、道周はアドバンにいちゃもんを付ける。
対するアドバンも子供のような言い訳をして、空中から道周を詰る言葉を投げ掛ける。
「とは言え、飛翔すれば城が崩れ、また愚妹に小言を言われるかと思っていた故、飛行は自ら封じていたが。よもや飛ばされるとは。今の攻撃は中々に目を見張るものがあったぞ」
「だったら気持ちよく斬らせてくれないか?」
「死ぬわ阿呆がっ!」
夜王の権能を持ってすら、頭蓋から切り裂かれては絶命する。そんな当たり前を理解しない道周を夜王は怒鳴りつける。
(何で死んで何で死なないのか分からないな……)
道周は自分が叱られた意味がよく分からない。
胸を貫かれても死ななかったのに、頭を斬られたら死ぬ。
道理と言えば道理だが、線引きがいまいち分からない。アドバンがお怒りなのであれば、次こそ当ててやろう。
「貴様、無礼なことを考えていないか?」
「多分気のせいデスヨー。
それよりも降りて来い!」
道周の反発を受け入れ、アドバンはゆっくりと地上に舞い降りた。そして翼を畳み、身に纏う外套へと変化させる。
アドバンの戦意を鞘に納める行動に、道周は眉をひそめて訝しむ。
「どうした、もう終わりか?」
「そうだ。これ以上やるとオレも熱が入ってしまう。稽古は終いにする」
そう言ってアドバンは踵を返した。道周と崩壊した不夜城へ背を向け、エルドレイクの街並みに帰っていく。
道周はアドバンの後を追い、納得のいかない終末に抗議の声を上げる。
「もう稽古は終わりか。呆気ないものだな」
「戯け。辛うじて残った不夜城の跡地を完全に崩壊させるつもりか」
「それはそうだけど、不完全燃焼だ」
やるせない気持ちの道周は、頬を膨らませて不満を表す。まだ暴れたりないと言いたげに、魔剣を振り回してアピールする。
ほとほと呆れたアドバンは、額に手を当てて深い溜め息を吐き出した。
「この戦闘民族が、先の特攻ができるのなら稽古は不要である。空中戦は兎も角、地上戦ではあの攻撃を忘れるな」
「収穫はあったってことか……」
アドバンに説得され、道周は渋々魔剣を納めた。まだ不服そうにしてはいるが、夜も深まってきているので仕方ないと踏ん切りをつける。
熱気の籠った戦いを経て、2人の間の距離は縮まっていた。
遺恨がなくなったかと言えば断言はできないが、背中を預けても構わない程度には心を許している。
天頂を過ぎた月を見上げたアドバンが白い吐息を吐き出した。そして欠けた月の模様を眺め、しみじみと呟いた。
「まずい――――」
は?
道周が問い掛けるよりも早く、アドバンは黒翼を展開した。淀みのない羽撃きで風を巻き起こし、飛翔すべく膝を曲げて姿勢を落とした。
道周は何事かとアドバンの視線を追った。
アドバンの視線の先には欠けたるが夜空に浮かんでいた。煌々と光を放つ月が、クレーターの形をまざまざと映していたが、
「あ、やば――――」
道周は見付けてしまった。アドバンの焦燥に満ちた逃避の構えにも合点が入る。
月から舞い降りるように、純白の翼を広げた少女が風邪を追い越して飛来していた。
「貴方たちは、こんな深夜に何をしている!? それも、立ち入り禁止の不夜城で!?」
修羅のような形相で、セーネは怒号を飛ばす。怒りに満ちた瞳で2人の男を見据え、音速に迫る飛翔で問題児を捕縛せんと袖を捲る。
「逃げるぞアドバ……、って、いない!?」
退避をしようとした道周の隣に、すでにアドバンの姿はなかった。
アドバンは道周をデコイに残し、セーネとは反対方向に飛び去っていた。
「あいつ逃げやがった!」
背中を預けても構わない程度には心を許している、わけあるかぁ!
その1秒後に、道周はセーネに容易く捕まった。あえなく首根っこを鷲掴みにされ、子猫のように力なく空へ運ばれた。
「セーネさん、お慈悲は……?」
「ない」
セーネ、お怒りである。
道周は懐柔する術はなきと諦め、運ばれる現実を享受した。
道周を捕えたセーネは視線を切り替え、遠くに臨むアドバンの背中を見据えた。
「覚悟しろよ義兄……!」
その後の、夜王と白夜王が繰り広げたチェイスは夜明けまで続いた。
その間、道周は上空の寒気と強風に晒され続けたそうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます