第48話「夜空を揺らして」

「「「雄々々々オオオ――――!!」」」


 常夜の都市エルドレイクに無法者どもが雄叫びを上げて突撃を始める。何事かと目を剥く住人たちを掻き分け、リベリオンの兵士が進行する。


「何だ何だ!?」

「今日祭りなんてあったか?」

「にしては物騒な連中だな」


 リベリオンの進行は呑気な煽りを受けるほどには平和だった。それもそのはず、リベリオンはエルドレイクの住人を虐殺するでも、建物の破壊を行うでもないのだ。

 叫声を上げ雄叫びを轟かせる。手に持った鉄剣も賑やか氏の道具に成り下がっていた。

 しかし住人の賑やかしも、軍を率いるセーネを発見するや否や、怪しい雲行きに気付き始める。


「ライムン、派手に行こう!」

「はい」


 住人の視線を集めたセーネはここぞとライムンに指示を飛ばす。

 ライムンは手際よく導火線に火を着けると、リベリオンの兵士もそれに続く。

 300名近くが手に持った黒光りする球体を構える。肩口まで振り被った球は、号令に合わせて一斉に投擲された。

 噴水のように吐き出された球体に点火されると、派手な快音を上げて火の手を上げる。

 真っ赤な火炎が夜空に浮かぶ満月を覆い隠し、火薬の臭いが街並みに充満する。

 リベリオンが手持ち爆弾を上空で爆発させたのには意味がある。

 エルドレイクの地下にはガス管が敷設されており、都市の地面を固める煉瓦とて頑丈であれど鉄壁ではない。地上での爆発は、都市内で連鎖的な大爆発を引き起こす可能性が大いにあるのだ。

 セーネはそのリスクを回避しつつ、かつ住人の危機感を煽る方法として上空での爆発を選択した。

 セーネの狙いは的中、効果はてき面。爆ぜた火の熱を肌で感じ取った住人たちは、「死」の危機ある恐怖に駆り立てられパニックに陥った。


「よし、もっと花火を打ち上げろ!」

「「「雄々々々!!」」」


 ライムンの気丈な号令に、兵士たちも気迫を持って応える。

 続々と天に舞い上がる手持ち爆弾は赤熱を放ち空気を震撼させる。常夜の都市の一角は煌々とした炎に彩られ、阿鼻叫喚の混沌の様を呈している。


「さぁ白夜王、ミチチカ殿、不夜城へ!」

「任せたよライムン」


 グッ!


 セーネ兵士による陽動を引き受けるライムンに健闘を祈る。道周も天高く拳を掲げて親指を立てて覚悟を示す。


「ミッチー!」


 ふいにマリーから呼び止められた道周は思わず足を止める。しかし道周が後ろを振り向くことはない。今マリーにかける言の葉を持ち合わせておらず、逡巡する時間すら惜しいのだ。

 道周にはマリーと、ソフィたちを信じるしかない。

 唇を噛み締め、再び地面を蹴ってエルドレイク中央の不夜城を目指す。


「ミッチー……」


 道周の背中を遠くへ眺めるマリーは力なく肩を落とした。


「マリー、気を引き締めなおしてください。気持ちは察しますが、マリーも戦場にいるのですよ」

「ソフィの言う通りです。戦場に「絶対」はなく、私たちが必ずマリーを守れるとは限りません。いざと言うとき、傷心したままでは命とりですよ」

「……そうだね。無理を言って付いて来たんだもの。足手まといになったら駄目だよね」


 ソフィとシャーロットから辛辣な激励を受け取り、マリーは気力を持ち直した。ムンとステッキを握り直し、景気付けに風を切って振り上げた。


「私も一発行くよー!」


 満月が放つ光輝に透過させ、ステッキに嵌められたブルーサファイアが彩りを得る。七色のプリズムは乱反射し、やがて光は一転に収束する。

 光の集中地点には不可思議な光球が浮かび上がり、より多くの輝きを吸収する。みるみる巨大化する光球は人の頭ほどに大きくなる。

 光球の完成を見届けたマリーは、鼻を鳴らしてステッキを振り被った。頭の上を通りすぎたステッキは、同じ軌道を持ってスイングされた。


「いっけぇぇぇ!」


 マリーの気合を充填した光球が天へ撃ち出された。重力に反発して昇る光球は建物の屋根の高さを超えると、轟音を持って発散された。

 兵士たちが投擲する手持ち爆弾とは比にならない爆発が頭上を覆う。眩い光の幕が夜空に広がり、神秘的な光景を醸し出す。見惚れているのも束の間、火薬以上の熱量が遅れて届き、思わず顔を逸らす。


「濃厚な魔法ですね。さすがマリーです」

「ありがとう」


 ソフィとの歓談も束の間、軍を率いるライムンが声を荒らげ警鐘を鳴らす。


「総員、臨戦態勢に入れ! 近衛兵が来るぞ!」


 ライムンの檄を受け、マリーは緩んだ気持ちに鞭を入れる。

 その視線の先では、間断なく輝く不夜城から延びる黒の斑点が宙を駆けていた。

 黒煙とも見て取れる黒の絨毯は火炎と月明かりに照らされて初めて、人型の「何か」が集合したものであると理解できた。

 黒い隊列は背面に広げる皮膜で空を操り、走るより早く迎撃に赴いた。

 セーネは優れた視力を持って隊列の中の「個」を判別する。黒装束と夜空が相まって迷彩効果を果たしながらも、確実に頭数を勘定した。


「数は目視できただけでも20ほど、数ではこちらが圧倒的に有利です」

「油断するな。まだ近衛兵は不夜城に控えているはずだ。何より、「百鬼夜行」がまだ出てきていない」


 夜王によって魔改造された狂戦士たちの軍団「百鬼夜行」。それは翼を持つ種族でさえ翼の機能を退化させ、身体能力に特化した軍団だ。

 リベリオンの1分隊が300名近くいたところで、「百鬼夜行」の手にかかれば数十人で逆転できてしまうほどのイカレようを発揮する。

 兜の緒を締めたリベリオンの兵士は、各々がそれぞれの武器を握り締めた。ある者は鉄剣や棍棒などの近接武器を構え、ある者は弓に矢を番えた。あるところでは鋭利な牙を剥き出しにし、刃のように切れ味鋭い爪を振りかざす者もいる。

 地上のリベリオンと空中の吸血鬼たちで構成された近衛兵たちは戦闘態勢に入る。

 接敵まで数秒、その時間は瞬きの内に経過してしまう。

 先手はリベリオンの兵士だ撃ち出した一矢だった。

 近衛兵の1人が、弧を描く矢じりを叩き落とし反撃に転じる。

 誰が号令をかけた訳でもなく、かき混ぜられるように戦闘が始まった。

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