第46話「夜長の月は天頂へ」

 夜が深まり月が天頂に手を掛けた頃、道周は快眠を楽しんでいた。

 煉瓦の壁から侵入する冷気に怯え、道周は羽毛の掛布団を頭まで被っていた。保温力と包容力抜群の布団に抱かれ、とてもいい夢を見ていたような見ていなかったような、そのとき、


「おはようミチチカ! 約束通り僕が起こしに来たよ!」


 明朗快活なセーネが勢いよく扉を押し開けた。真夜中だというのに一層元気に見えるセーネは、一目散に掛布団を鷲掴みにした。


「さぁ起きようか。他の皆はすでに起床して準備に取り掛かっているよ」

「断固拒否する! あと5分だけ俺は立て籠もるぞ!」

「無駄な抵抗は止めたまえ。早く顔を洗って目を覚ますんだ」

「無理ぃ。今起きたら凍死しちゃうって!」


 「絶対に起こしたいセーネ」v.s.「絶対に起きたくない道周」の攻防が始まる。2人ともけたたましい声でやいのやいのと掛布団を引っ張り合い、一歩たりとも譲歩しない。


「あと5分! あと5分だけでいいから!」

「僕は知っているぞ。「あと5分」を際限なく繰り返すつもりだろう。そんなことは今日限り許すわけにはいかない」

「本当にあと5分だけでいいから。ちゃんと起きるから!」


 強情に籠城する道周は都合のいい文句を並べる。声の張りはいいものの、瞼はトロミを持って今にも閉じようと反抗していた。

 道周の訴えを聞いて、セーネは参ったように溜息を吐いた。無理な起床を諦めたのか、道周が籠る掛布団から引っ張る力が抜けた。


(あと5分だけ……)


 睡魔に誘われ、道周は2度寝という最高の快楽に身を委ね


「僕があと5数える内に起きないと、このバケツ一杯の冷水を頭から被ってもらうよ!」

「起きるから待った!?」


 勝者、セーネ。

 身の危険を感じ取った道周は掛布団を蹴り飛ばして飛び起きた。蹴り上げられた布団は天井を掠め、美しい奇跡を描いて部屋の隅に落下する。

 眠気が消えうせた眼には、冗談抜きで並々の水が注がれた木バケツを抱えたセーネが映っている。

 飛び起きてよかったと安堵した道周は、脱ぎ散らかしていた防寒着一式を着込んだ。


「……行こうか」

「うん」


 セーネの強襲で起床した道周は連行され、いつもの広間に赴くのだった。





 目覚めた6人は居館の前で出発の時を待っていた。

 全員の注目を集めたセーネが、たっぷりと溜めを使って口火を切る。


「作戦のおさらいだ。

 今から僕たち5人はエルドレイクに向かい、途中でライムンが指揮する分隊と合流する。そしてエルドレイクに突入し、他の分隊と同時に騒ぎを起こす。その陽動の間に僕とミチチカが不夜城に侵入して夜王を倒す」

「うん」

「はい」


 確認事項をおさらいし、それぞれが返答と首肯で意志を示す。

 覚悟を決めた顔色を一巡し心強さを感じたセーネは、ついつい口元が緩んでしまう。


「いい報せをまってるぜー」


 そうやって呑気なことを抜かすのは、今回作戦に不参加となったリュージーンだ。

 寒さに弱いリザードマンたるリュージーンは決起には不参加、居館での留守番と吉報を待つことがリュージーンの今回の仕事だ。


「そういうリュージーンこそぞ」

「頼まれはするが、余り俺に期待してくれるなよ」


 二三言葉を交わした道周とリュージーンの姿は、端から見ると悪知恵を働かせる悪童に映る。


「刻限です。私たちも早くエルドレイクに向かい、ライムンの部隊と合流しましょう」


 鉄の胸当てに各関節のプロテクター、目を引くほど特徴的な手甲を装着したシャーロットが天を仰いだ。シャーロットも今回の作戦に参加することとなっており、分隊の補佐をする役目から催促をした。


「そうだね。行こっかミッチー」


 悪巧みをするような道周の袖をマリーが引いた。道周はされるがままに引き摺られるも、小言の白刃はマリーに向かった。


「マリーも魔法の稽古をしてきたみたいだから、渋々参加は許したけど無理は厳禁だからな! ソフィとシャーロットから決して離れるなよ!」

「分かってるって! 保護者か!?」

「まーまー、お2人とも落ち着いてください。マリーは私とシャーロットで守りますので、ミチチカはセーネを頼みましたよ」

「……そうだな。俺が自分の仕事を果たせなきゃ意味がないものな」


 割って入ったソフィが2人を仲裁する。

 落ち着きを取り戻した道周は思考を切り替え、かつての夜王の姿を想起し闘志を奮い立たせる。


「行こう」


 セーネ先導で鬱蒼と枝を揺らす針葉樹林に突入した。旅立つ5人の背中を見送ったリュージーンは踵を返し居館に入る。そしてミチチカが残した「暗号」の解読に戻るのであった。

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