第29話「夜に包まれる都市」

「これは俺の産まれる前の話だ」


 一言前置きしたリュージーンは概要を道周に言って聞かせる。


「200年前に召喚されたって言う勇者、その召喚者こそが"白夜王"だ。そして白夜王は東西南北の4大領主に1つの提案をした。

 それこそ白夜王滅亡の失策、「勇者への権能の割譲」だ」


 一歩一歩深雪を踏み締める道周が振り向いた。


「その「ケンノウ」ってのは何だ?」

「そんなのも知らないのか。これだから異世界人は……」


 リュージーンが鼻を鳴らすと、魔剣の剣先が鼻を掠める。雪原とは異なる寒気が背筋に走る。無駄口は速効閉じられた。


「「権能」ってのは有り体に言うと「大自然そのもの」だ。領主級のやつらが扱う異能であり、これに抵抗するために「魔法」が発展したまである」

「そんな強力な異能を分割・譲渡なんてできるのかよ」

「俺が知るか阿呆。実際したんだから可能なんだろ。

 だが可能であったことが問題だったんだ」


 道周はソフィの話をよくよく思い出していた。そしてリュージーンの言わんとしたことを理解する。


「勇者が魔王を倒せなかった。敗北したことか」

「そうだ。お陰で魔王に対抗する手段は弱体化、魔王は勢いを増して侵略を成し遂げたってわけよ」

「おいそこで胸を張るなよ元魔王軍」

「おっとそんなことしてたか、すまねぇすまねぇ」


 道周はヘラヘラと笑うリュージーンを卸してやろうかとも思ったが、穏便に魔剣を仕舞った。そして本題の続きを促す。


「ま、責任問題だわな。能力の半分を失った白夜王は直後イクシラを追放された。その後イクシラの領主となったのが異母兄弟の"夜王"だ。

 白夜王のその後の足取りは知らねえよ。まさかイクシラにいるとはな」

「つまり崖っぷちってわけだ!

 とんでもねえな!」

「ちなみに今向かってるエルドレイクは夜王のお膝元だ。行くも戻るも地獄だな!

 ハハハ!」


 2人の乾いた笑い声が雪原の真ん中で共鳴した。冷たい空気が気道をなぞり、すぐに閉口する。


「まずくね?」

「だから言ってんだろ」


 道周は冷静に現状を受け止めるも足は止めない。行く宛てもないなら虎穴に入るしかない。

 いつしか雪の道は浅くなり、煉瓦で舗装された街道を歩む。


 そして見えてきた街は、「街」と呼ぶには余りにも異質であった。


「あれは……、ドームか?」


 道周が遠くに目視したのは黒色の半球。歩む度に近くなるそれは、見間違いではない巨大なドームだった。


「あれがエルドレイクだ」

「は? あれがイクシラの首都だって言うのか?」


 街を丸ごと包み込むドームは外界からの一切の光を飲み込む。街の中の様子は全く見えない。

 もちろん外敵を拒む要塞や城塞もなく外門の影も見えない。


 ドームの麓に辿り着いた道周は顔を上げて左右に振った。上にも横にもどこまでも続く漆黒の覆いをつぶさに観察する。

 道周は顎に手を当て首を傾げる。


「何かの物質って訳じゃなさそうだ。リュージーンこれ何だ?」

「知らねえ。俺だって初めて来たんだ」

「はぁ、本当リュージーンつっかえ」


 道周のスラングが分からずとも、リュージーンは馬鹿にされていることは分かった。

 そろそろ道周の扱いも分かってきたリュージーンは煽りを全力でスルーした。

 そして夜王のお膝元を目の前にして立ち止まっているわけにもいかない。

 2人は意を決して歩を進める。


「気色悪ぃーなー」

「弾かれたりしないよなリュージーン?」


 歩調を合わせて進む2人は漆黒のドームへ踏み入れた。

 ドームの壁は2人の部外者を阻むことなく受け入れた。淀みなく覆いとして機能し続けるドームに異変はない。

 道周たちの視界はドームの黒に染められたがすぐに晴れる。

 視界に飛び込むのは優しく揺れる街灯の光と灰色の煉瓦で構築された街並み。

 そして行き交う異形の人々。

 頬から伸びる角に規格外の巨躯、緑の地肌に蝙蝠の翼etc……。


「これが、異世界!?」


 道周が驚いたのも無理はない。

 人々の姿形ら置いておくとして、その街並みに既視感があった。

 道周も教科書で見ただけの絵画の風景、文明開化の一幕。明治初期の日本と相違ない文明が栄えていた。

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