第28話 愛の力

「……ねえ」

「なんだよぅ」

 これ以上無駄な口論に時間を割かないよう、一花は深呼吸して冷静な口調を心がけ言葉を選んだ。


「驚かないで聞いてほしいんだけど……雅さんは人間じゃないよ」

「バ、バカ言わないでくれ」

「本気で言ってるんだよ。彼はきっと妖魔で、なんの目的があってこの村に居座ろうとしているのか分からないけど、あなたのお姉さんの仇も雅さんの可能性が」


「アンタ、自分が言っている意味分かってるのか。なんてひどいことを言うんだ! どうせ、なんの根拠もないくせに」

「そうだね。全部わたしの勘違いなら、わたしは雅さんにひどいことを言ってる」

 小五郎はもう聞く耳を持たないように背を向けて来たが「でも」と一花は言葉を続けた。


「もしも勘違いだったなら、わたしは今の自分の運命を受け入れようって覚悟で言ってるよ」

 決して軽い気持ちでそんなことを言っているわけではない。

「あなたにも、覚悟はある?」

「な。なんでオラまで覚悟しなくちゃいけないんだ! オラには関係ない」

「ちゃんとした証拠もないまま、暁ちゃんを犯人だって決めつけて雅さんの言いなりになって、もし暁ちゃんが退治されてしまった後に、彼の無実が証明されてもあなたはなんの責任も感じないの?」


 小五郎の表情が僅かに強張り青ざめてゆく。

「なんの証拠もないのに雅さんを疑うわたしは最低かもしれない。でも、それなら何の証拠もない暁ちゃんを疑うあなただって、わたしの目には同じに見える」

「一緒にしないでくれ! もう、嫌なんだ。オラを面倒ごとに巻き込もうとしないでくれ!」


「逃げないで、ぼっちゃま!」

 耳を塞いで走り去ろうとした小五郎を引き止めたのは、一花ではなく千世だった。


「千世さん、目を覚ましたんですね!」

 ほっと一花が肩を撫でおろすと、千世は静かにこちらに会釈した。

 そして真っ直ぐに小五郎の前に立ち向き合う。


「ぼっちゃまはお優しい方だから、無実の暁斗くんを見殺しになんてしたら、一生苦しんでしまう。千世はそんなぼっちゃま見てられません」

「千世まで、なんでこんなのの肩を持つんだよう!」


「先程妖魔に襲われた時、私たちを助けてくださったのは暁斗くんです。私はちゃんとこの目でそれを見ました」

「オラだって、暁斗が姉さんを灰に変える瞬間を見たんだぞ!」

「暁斗くんがそんなことする方に思えますか? 千世は、本当のことを言いますと、信じられませんでした。あれはもうすでに息絶えていた清子様を、暁斗くんが抱きしめていただけとは思えませんか?」


「千世まで、オラの味方でいてくれないのか! ひどいぞ、裏切り者!」

 好きな人にそんな言い方されたら千世が傷ついてしまうのではないか。そう思い一花は小五郎になにか言いそうになったが、予想とは違い千世が怯むことはなかった。


 彼女はぎゅっと硬く小五郎の手を握りしめる。

「私は貴方をお慕いしております」

「え……」

 小五郎は少し仰け反って驚くと、目を点にしたままみるみる顔を赤らめさせたが。


「けれど、私がお慕いしていた貴方は、少々気弱でもお優しくて人のことを思いやれる方」

「ち、千世……」

「もしかしたら暁斗くんは無実かもしれない。その可能性があるというのに、目を背け逃げるというなら、そんなぼっちゃまは嫌いです!」

「そ、そんなぁ!」


「そんなぼっちゃまとは一緒にいたくないです。村を出るおつもりなら、お一人でどうぞ!」

 握りしめていた小五郎の手を離すと、無言のまま千世は一花が閉じ込められている小屋の施錠を鍵で外した。


「なにをしているんだ、千世!」

「私は一花さんを信じると決めたので、彼女を助けにここへ来たのです」

 鍵はこっそり拝借してきましたと言放った千世に小五郎は唖然としている。


「さあ、一花さん行きましょう!」

 ドアを開け千世は外へと一花を連れ出す。握られた彼女の手は小刻みに震えていた。

「うん」

 駆け出しながら「ありがとう」の気持ちを籠めて一花もその手を握り返す。

 すると後ろから二人を追ってくる声が聞こえた。


「ま、待ってくれよ、千世!」

 正確には千世の後を追ってくる、だが。

 千世は振り返らないまま足を止めた。


「わ、分かったよ。オラが、悪かったから。千世の言う通りにするから、オラを見捨てないでくれ」

「……私の言う通りなんて、していただかなくて結構です! 貴方の意志で動いてください」

 辺りがしんっと静けさに包まれる。


 小五郎に背を向けたまま動かない千世の代わりに、一花がちろりと後ろを様子見た。

 そこには千世の背を見つめる小五郎の姿があって、その表情を見て一花は「おっ」と見直した。

 その顔は情けなく女に縋る男の頼りない表情ではなかったから。


「分かったよ、オラは……」

 千世の小さな震えが伝わってくる。

 本当は頼りない小五郎のことだって、見捨てないで支えてあげたいと言っていた彼女の気持ちを知っているから、一花も次の小五郎の言葉には緊張していた。

 お願い、ここで諦めないで、と。


「オラも、千世が好きだから」

「っ!?」

 小さく千世の肩が揺れる。


「千世に嫌われたくない。いつでも惚れ直してもらえるような、そんな男になりたいから、怖いことからすぐに逃げようとするのを止めるよ!」

「ぼっちゃま……」

「それが、オラの意志だ!」

「ぼっちゃま~!」


 涙を浮かべた千世は本当に心から嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、大きな小五郎の胸に飛び込んでいった。

「もう千世に嫌われたのかと怖かった」

「私だって、ぼっちゃまにこれで嫌われちゃうかもって怖かったです」


「千世、ごめんよ。いつも甘えてばかりいてごめんよ」

「いいえ、千世は幸せです。大好きな人に甘えてもらえるなんて、世界一の幸せ者です」

 抱きしめあったまま、小五郎が千世を抱き上げて「うふふ」「あはは」とくるくる回って微笑み合っている。


(わたしの存在、忘れられてはいませんかね……)


 一花はそんな二人の様子を生暖かい目で見守りながらも、いつの間にかつられて口元に笑みを浮かべていた。

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