第25話 危機一髪に王子様
息も絶え絶え辿り着いた村の催し広場で開かれている市は、すでに妖魔に襲われ天幕は破られそれを支えていた骨組みの木々は折れ、そこら辺に散らばっている。
野菜や果物は地面に転がり踏み潰され、荒れ果てた辺りには甘い匂いが充満していた。
「っ!?」
物音がして振り返った先にあった存在を目にして息を呑んだ一花は後ずさる。
溶けかけた泥人形のような不気味な影がモノを破壊し、逃げ惑う人々を追い掛け回していた。
(気持ち悪い)
妖魔の姿に背筋が粟立つ。
ドロドロとした顔に、紅蓮の瞳が埋め込まれ光っている。
本来妖魔というのはこういうものだ。
暁斗のように人間と似た容姿をしているのは、力のある妖魔だけで、忘れかけていたが妖魔とは本来不気味で恐ろしい存在なのだ。
(こ、この中から千世さんを助けなくちゃ。でも、どうやって……)
妖魔の数は一体。だが逃げ惑う村人たちの中から彼女を探すのには手こずりそうで、さらにこの騒ぎの中へ飛び込むのも勇気がいる。
けれど……
『そうですね。私、食材を買ってきます。今日は丁度、月に一度の市場のある日なので』
頬を赤らめ微笑む千世の顔が浮かんできた。
やっぱり、自分が助けに行かなければ。彼女になにかあっては、後味が悪い。
そう思い喧騒の中へ視線を向けた先で、母親と逸れ逃げ遅れた少女が転倒していた。
それを妖魔が顔の半分以上割けた口を吊り上げほくそ笑んでみつける。
村人たちは、そんな少女の姿など見向きもせずに、どんどん広場から離れてゆく。
一花はこのままでは危ないと駆け出していたが、この距離からでは間に合わないかもしれない。
顔面蒼白で固まる少女に妖魔が襲い掛かる。
「っ!」
その時、それを庇うように誰かが少女に覆いかぶさった。
震えて目を瞑りながらも、必死で少女を抱き込み盾になるようにだ。
「千世さん!」
その女性は千世だった。
そんな彼女の姿をみて、居ても立ってもいられなくなった一花は、形振り構わず二人の前に飛び出していた。
両手を広げて妖魔の前に立ちはだかる……自分にできることはそれだけだ。
「貴女は、先程のっ!」
「逃げて、千世さん! その子を連れて早く!」
時間稼ぎぐらいしかできないから叫ぶ。
粘土みたいにドロドロした身体のくせに、爪だけは鋭くどうやら硬そうだ。
その爪が一花の心臓を抉ろうと胸倉を掴む。
「っ!?」
その刹那。掴まれた胸元が閃光して、焼けるような音と共に妖魔は呻き声を上げ一花から手を離す。
胸元の勾玉が、またしても一花を守ってくれたようだった。
(ペンダント……雅さんの時みたいに……これって、もしかして)
ふと一花の頭の中で一つ考えが浮かぶ。だが今は考え込んでいる暇はない。
焼け焦げた手を握りしめ牙を剥き出しにした妖魔は、狙いを一花に定める。
「一花さん、危なっ」
「千世さんは逃げて!」
一花は時間稼ぎにはなるだろうかと、胸元の勾玉を妖魔に投げつけてやろうと考えたのだが。
「オマエも逃げろよ!」
「っ」
暁斗の声が聞こえた。
トルネード状の光が横殴りに妖魔の身体を貫くと、妖魔は悲鳴を上げ崩れ土に返って消える。黒い煙をあげて。
人々は遠くへ避難し雄叫びをあげていた妖魔も消えた広場は、静けさに包まれた。
一花は腰が抜けそうになったところ、少女の泣き声でハッとし持ちこたえる。
千世は少女を抱きしめたまま、いつの間にか意識を失い倒れていた。だが見たところ大きな怪我はなさそうで一花は肩を撫でおろす。
(よかった……助かった……)
「弱いくせに、なにやってるんだよ」
冷たい物言いだったが、その目は自分を心配してくれているのだと伝わってきた。
「暁ちゃん……どうしてここに?」
「妖魔の気配がしたから。一応見回り」
(暁ちゃんが助けに来てくれなかったら、わたし……)
もうだめだと思った瞬間だった。まるで王子様みたい。
暁斗はまだ子供なのに、不覚にもときめいてしまうぐらい、その姿は一花の目にかっこよく映っていた。
「やっぱり、オマエって危なっかしいから目が離せない」
「ごめんね」
ありがとうって伝えたくて、一花も暁斗の元へ駆けようとした。けれど。
「みつけだぞ!」
突然割って入ってきた声と複数人の足音に驚いて振り返るとそこにやってきたのは、わらわらと村人を引き連れて来た雅だった。
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