プロローグ、三
気が付くと俺はお寺の本堂のような場所に立っていた。
いや立ってないなこれ。視界が低く、顔と地面がかなり近い上に手足を地面についている、いわゆる四つん這いの体勢っぽい。
ま、まさか本当に……?
恐る恐る右手を自分の顔の前に持ってきて確認してみたところ、どう見ても犬だった。しかもこれはチワワの腕で間違いない。
やばい、俺の腕かなり尊い。
せっかくチワワになったことだし自分の腕を堪能してみようか、と思っていると周囲から盛大な歓声があがる。
「オオオオオオ!!!!」
「召喚は成功じゃあ!」
「お犬様が降臨なさったぞぉ!!」
「いと尊し!」「いと尊し!」
正直ちょっとびびったじゃねえか、何だこいつら。いと尊し?
気付けば俺の足元には何やら和風の魔法陣のようなものがあり、周囲にはお寺の坊さんとかがバッサバッサやるはたきみたいなあれを持った、黒くて細長い帽子を頭に乗せたやつが何人かいた。
そして俺の正面奥には奉行みたいな、肩のとこが無駄に出っ張っている服を着てるやつらがいた。特にさっき「降臨なさったぞお!」って言ってたやつは他のやつらと違って俺の正面くらいに居る。偉いやつなのかもしれない。
「本当に成功するとは! 我が偉大なる先祖様に感謝じゃあ!」
そういやさっきの女の人がチワワに転生とか言ってたけど、まさか本当に?
とりあえず目の前にいるこの人に話しかけてみよう。
「キュ、キュウ~ン(あの、すいません)」
「お犬様がお喋りになられたぞお!」
「いと尊し!」「いと尊し!」
人間の言葉を喋れないとかまじか。どうすりゃいいんだ。
すると俺の正面に居る男が、ずいと一歩前に出てどっかりとお父さん座りみたいな姿勢になってから口を開いた。
「
プニプニ? プニプニってなに。
「キュ、キュウン?(肉球のことか?)」
「有難き幸せ……それではいざ!」
おいおい人の話を……って通じてないのか。
六助とやらはまた立ち上がって俺の前にやってくると跪いて右前足を取り、プニプニっと肉球を堪能しながら叫ぶ。
「プニプニを賜ったぞおおおおおお!!!!!!」
「いとプニプニ!」「いとプニプニ!」
割れんばかりの歓声が空間を揺らす。
すると次は別の男が前に出てきた。
「お犬様、拙者にはモフモフを賜ってもよろしいでしょうか?」
「キュウン……(もう勝手にしてくれ……)」
「モフモフを賜ったぞおおおお!!!!」
いい歳したおっさんが俺を頬でスリスリしながらそう叫んでいる。
「いとモフモフ!」「いとモフモフ!」
再び割れんばかりの歓声があがり、それが落ち着くころに六助が立ち上がってその場にいた全員に宣言した。
「よし! これより今川義元本陣に突っ込むぞお!」
「真正面から突撃でござる!」
「おおおおおおおおお」
「いとプニプニ!」「いとモフモフ!」
肩のとこが出っ張った服を着てるやつらが全員ものすごい勢いで出ていってしまい、残ったのは六助と頭に黒くて細長い帽子を乗っけたやつらだけ。
これで落ち着いて状況を確認できそうだな。でも、その前にこれからどうしたものか……と考えていると六助が口を開いた。
「召喚されたばかりでお疲れでしょう、お部屋にご案内いたしますのでごゆっくりお休みください」
ひょいっと拾い上げられた。俺の正面には六助の顔。
「ほおおお……いと尊し」
六助はそんな気持ち悪い声をあげながら移動を開始した。
お寺のようなところを出ると、同じ敷地内にある城っぽい建物に入って階段をどんどん上がっていく。六助は俺に頬ずりばかりして喋ることはなく、木製の床の軋む音だけがいやに響いていた。
月明かりは意外と明るく、気温もほどよい。たまに入り込んで来る隙間風が俺の白い体毛を揺らしていた。
通されたのはそこそこに狭い和室。寝室なのかもしれない。灯籠が寝床らしき布団をおぼろげに照らしているが他には何もないようだ。
畳の匂いがどこか安心するなと思いながら下ろされた布団の上でくつろいでいると、六助がどかっと座ってから話しかけてきた。
「今日はここでお休みください。しばらくすれば家臣たちも戦から戻ってくるでしょう」
「キュウン(あざっす)」
「ほおおお……それでは失礼します」
六助は立ち上がって襖を開けると、そこを通り、こちらに向かって正座のような姿勢になってからそれを閉めた。
…………。
別に眠くもないしやることもない。とりあえず寝とくしかないか……。
元の世界で犬が寝ていたポーズを思い出しながら布団に横たわっていると、突然目の前に光が出現した。
身体を起こして観察しているとそれは徐々に人の……いや妖精の形になった。
大きさは人間の手のひらくらいで、顔はさっき転生前に会話をした女性に似ている。
妖精は俺を見るなり笑顔で喋り出す。
「こんにちは武さん、サザ〇さんを観終わったので様子を見にきました!」
「キュキュキュウン(様子も何もわからないことしかないです)」
妖精は飛びながら腕を組み、真剣な面持ちで何度か頷く。
「うんうん、ですよね。ですのでこれから簡単にこの世界の歴史を説明します!」
「キュキュッ!? (言葉が通じるんですか!?)」
「あ、申し遅れました私、女神ソフィアと申します。女神なので武さんの言葉だって理解できちゃうんです!」
「キュウ~ン(へえ~)」
ソフィアは人差し指をピンっと立ててドヤ顔をしている。チワワの次くらいに可愛い。それから一息をついて、真面目な顔で語り出した。
「昔この国が内乱でめっちゃやばいってなった時、
「キュン。キュキュキュ?(はあ。いぬとみのかまたり?)」
「一方この織田家では、桶狭間の戦いを前にして織田信長が餅を喉につまらせ死んでしまったので、やけっぱちになった織田家の家臣たちが思い切って犬臣鎌足みたいな英雄を召喚しようという話になったんですね」
「キュキュウン(大分思い切りましたね)」
「で、タイミングもばっちりだし、この世界に武さんを転生して差し上げようかなと思ったのです。ご理解いただけましたか?」
「キュウン(全然わからないけどわかりました)」
ソフィアはまたせんべいを取り出してぼりぼりやり始めた。
「キュキュキュウン(えっ今ので説明終わりですか?)」
「ふぁい」
「キュン、キュウンキュキュ(はいじゃねえよ、ていうかせんべいを食うな)」
「もうしょうがないですねえ~はい!」
女神は俺にせんべいを差し出した。かじってみたら結構うまい。俺のいた世界から持ってきたやつだろう。
ていうか今まで敬語使ってたけど、今のやり取りでそんな気も失せてしまった。あんまり気にしそうな相手でもないし、タメ口でいこう。
無言でせんべいを味わっていると、ソフィアが笑顔で寄って来た。
「私にも肉球を触らせてください!」
「キュウン(どうぞ)」
「ふふっ、いとプニプニですね」
何だこいつ。まあいいや。
俺はもう一度布団に寝転がった。プニプニに一区切りをつけたソフィアが、飛び回って部屋を散策しながら、ついでといった感じでしゃべり始める。
「正直武さんはプニプニとモフモフを提供すれば後はやることがありません。今回もここで休んでいればそのうち家臣たちが桶狭間から帰って来ると思いますよ!」
ていうかさっきからスルーしてたけど桶狭間ってあれじゃね?
織田信長が今川義元の本陣に突撃して今川義元倒したやつじゃね?
思わずガバっと起き上がった。
「どうしたんですか武さん? トイレですか? 犬用のトイレはないので垂れ流してください!」
「ワン! (ちげえよ!)」
えっ、あの人たちすごい勢いで出ていったけど大丈夫なの?
あれって俺の世界だと裏から奇襲とかそんなので倒してたと思うけど……あいつら真正面から突撃とかいってたぞ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。プニプニとモフモフは無敵ですから!」
「キュン(そっすか)」
まあ気にしてもどうにもならん。とりあえず寝るか……。
横になり、フンス、とため息をついてから目を瞑った。
「勝ったぞおおおおお」
「ワオン!? (うおっ!?)」
何者かの雄叫びのような声で目を覚ましたと同時にふすまが開いた。
「お犬様! ただいま家臣たちが桶狭間の戦いに勝利して戻ってまいりました!」
「キュウン(まじかよ)」
あれって確か織田方の兵ってめっちゃ少なかったはずだけど、本当に真正面から突撃して勝ったんだろうか。
そう思っていると、いつの間にか横にいたソフィアが口を開いた。
「どうやって勝ったんだ? と聞いておられます!」
「はいっ! 今川義元本陣の近くまで行き『お前の負けね』と書状を送ったところ、『いいよ』と返事がきました! 今川義元はその後腹を切り、まさに絶望を体現したかのような表情でものすごく苦しみ喘ぎながら死んでいったそうです!」
「キュキュウン(ギャップ半端ねえなおい)」
ていうか俺結局関係ねえじゃん。
報告が終わると、六助は俺の方に寄ってきた。
「祝宴をあげますので是非こちらへ!」
再び抱っこされてソフィアと共に何かめっちゃでかい和室に移動した。
後から聞いた話だと、犬臣鎌足の伝説には犬の側に控える妖精の伝説もつきもののようで、それで六助がソフィアの存在に疑問を持たなかったらしい。
大広間につくと小さいテーブルみたいなのがたくさん並べられてて、その前にずらっと肩のとこが出っ張った服を着たやつらが座っていた。
「お犬様はこちらへ」
俺の席は部屋の前のちょっとしたステージみたいになっているところだ。
小さい台と小さいテーブルがあり、その両脇にはめっちゃ美人な女の人が控えている。
六助は俺を小さい台の上に乗っけると、部屋にいる偉そうなやつらを見ながら言った。
「それでは初めての勝利を祝って乾杯!」
「「「乾杯!」」」
「ささ、お犬様もどうぞ」
飯を食いながらどんちゃん騒ぎをするみんなを眺めていると、美女たちが飯を食べさせてくれた。うひょひょ。
それを見ながらソフィアが笑顔で口を開く。
「よかったですね武さん! 欲望が顔面に表れてますよ!」
「キュン(顔面言うな)」
宴はその後も夜遅くまで続くのであった。
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