うさぎの森のティータイム

空色蜻蛉

01 林檎ジャム


 俺はルーナたんが好きだ。

 とても好きだ。

 世界の中心でガオーッと叫びたいくらい大好きだ。


 ルーナたんについてはいくらでも語れる。

 彼女はウサギ族の獣人だ。

 

 俺達、獣人は魔力が高いほど人間の姿に近くなるが、彼女はそこそこと言ったところで、人間の姿はしているが可愛い獣の耳と尻尾がある。年のころは人間で言えば10代半ばだろう。獣人の寿命は長いから、見た目通りの年齢かは俺にもわからない。背は低く、俺の半分以下しかない。

 

 小さい顔に細い手足。彼女は妖精のように可愛らしい。

 雪のように白い髪は肩口まで伸びていて、頭の上の方に細長くて柔らかい獣耳が伸びている。外側は髪と同じ雪白だが、耳の内側はほんのりとした桜色で、細かい被毛がふわっと生えている。

 

 あの柔らかい耳に触りたい。

 ほおずりしたい。

 ペロペロしたい……はっ、ルーナたんの魅力に負けてつい妄想が湧き上がってしまった。

 いかんいかん。


 丸い尻尾がお尻にあるはずなのだが、彼女は恥ずかしがって中々それを見せてくれない。

 裾の長いスカートでいつも尻尾を隠している。

 俺を睨む瞳は真っ赤なルビーの色だ。大変綺麗なのに、残念ながら一個しかない。

 昔、何かの事故にあって片方の目を失くしてしまったらしく、顔の片側に黒い眼帯を巻いている。

 しかしそれでもルーナたんの可愛さは陰ることはない。

 ルーナたん最高。


 俺?

 俺はしがない狼の獣人さ。

 一応このノーティラス王国の王族って立場もあるが、第二王子なんていてもいなくても一緒だ。

 身なりには気を付けてるから、別にそうむさくるしくない顔をしてると思うぞ。街の娘には「シリウス様の切れ長の碧の瞳に見つめられるとうっとりします」とか言われたことがある。まあ、そういう顔だな。


 話をルーナたんに戻そう。


 ルーナたんは王城の裏にある、本来は王族が専有している森に小屋を設けて堂々と住んでいる。

 王族の土地だから本当は一般人は立ち入り禁止なのよ。

 けど、ルーナたんはとても自由な生き物だから、勝手に森に入って勝手に小屋を自分用に改造して、勝手に森に生える希少な薬草を採って、街で売りさばいている。

 ルーナたんは腹黒くて図太い。だが、そこもまた良い。


 俺はその日もルーナたんの住む森の小屋へ向かった。


「何しにきたの、暇王子。暇すぎてウサギを見るしか仕事がないの」


 ルーナたんは玄関で俺の顔を見るなり毒舌を披露する。

 今日も元気そうだぜ。


「暇じゃないけどルーナたんを見に来たんだぜ。ルーナた~ん」


 抱き着こうとすると、目の前に箒の柄を突き付けられた。

 相変わらず素直じゃないなあ。


「寄るな狼。……そうだわ。暇なあんたにちょうど良い仕事があった」

「どんな仕事?」


 箒を持ったルーナたんは、空の籠を抱えて森の中へ歩き出す。「籠持とうか」と言うと「当たり前でしょ」と返された。俺は籠を持って従者のごとく彼女に付き従う。

 木漏れ日が射している森の小道をしばらく歩くと、なんだか良い匂いがした。

 甘酸っぱい果実の香り。


「そこにかがんで」

「おう」

「私を肩車するのよ。言っとくけど、変なことしたら、この箒で男の急所を突くからね」

「何もいたしません」


 有言実行のルーナたんに脅されながら、俺はかがみこんで彼女がよじ登るに任せた。

 鼻先をふわっと花の香のようなルーナたんの体臭がよぎる。

 ああ、我慢、我慢だぜ。

 己と戦いつつ、ルーナたんの白くて柔らかい素足にどぎまぎしながら、彼女を持ち上げて立ち上がった。彼女の指示に従って、木の下まで歩く。ルーナたんの目指す先の樹木には、丸くて赤い果実が点々となっていた。

 あれが取りたかったのか。


 ルーナたんは箒の長い柄を伸ばして赤い果実を落としていく。

 十数個落としたところで、彼女は地上に降りた。

 俺は這いつくばって地面に落ちた実を空の籠に回収する。いいですよ、俺を使ってくださいルーナたん。


 満杯になった籠を提げて、俺達は森の小屋に引き返した。

 小屋に戻るとルーナたんは台所に入って何やら料理の準備を始めた。


「何作るの?」

「林檎ジャムよ」


 彼女は手早く包丁で果実の皮を剥くと、細かく切って果実を水にさらす。

 水にさらしている間にでかい硝子の瓶を持ってきて、中身を鍋に開けた。とろりとした金色の透き通った液体が鍋の底に満ちる。あれは蜂蜜だな。

 小屋の隅にある暖炉に薪を入れ、初級の火の魔法で火をつける。

 火の勢いを調節してちょうどよくなったところで、蜂蜜の入った鍋に果実を放り込み、かき混ぜて暖炉の上に乗せた。

 背の低い彼女は暖炉の脇にお立ち台を用意して、ひらべったい木の棒で鍋をぐるぐるかき混ぜている。


 時間が掛かりそうだな。

 料理に夢中な彼女は俺の相手をしてくれそうにないので、ふてくされた俺は適当に小屋の中の椅子に座って、うたたねをはじめた。

 すうすう……。


「……できたわよ」


 声を掛けられて、うたたねから覚める。

 顔を上げると仏頂面をしたルーナたんが、小さなお椀を持って立っていた。


「味見しないの?」

「するする!……あれ、スプーンは」

「ちょっと待って」


 スプーンを探して暖炉の前に戻ろうとする彼女をそっと引き止める。

 

「別にいいだろう。その指で味見させてくれよ」


 そう言ってみると、ルーナたんは真っ赤になりながらも、指でジャムをすくって俺の口元に持ってくる。だからルーナたん好きなんだよ。超可愛い。最高。

 俺は彼女の指ごとジャムを舐める。

 彼女の指は甘酸っぱい林檎の味がした。


 

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