マリーンルージュで愛されて

小川三四郎

コーヒールンバ

僕はコーヒーが好きだ

毎朝必ず飲む

それもホットコーヒーに限る

暑い夏でも、朝はホットコーヒー

砂糖なんか入れない

ミルクも不要


でも、最初からブラックコーヒー派だったわけじゃない

元々はアリアリ派。それも甘めのアリアリ派


きっかけは“カッコつけていたから”ブラックにしていただけ


ブラックコーヒーは苦い

でも、苦いコーヒーを平然と楽しむのがオトナの男なのだ

少なくとも僕はそう思っていた

それからは僕は、我慢をして毎回ブラックで飲んだ

そうこうするうちに人間は順応するもので


慣れた


それからは甘いコーヒーが飲めなくなった

例えば缶コーヒーなんかをいただいても飲めない

と、言うよりあの甘さが吐きそうになるくらい嫌になった


最初は無理やり飲んでいたブラックコーヒー

今はもう、ブラックしか飲めない




ところで僕は既婚者で子供も二人いる

結婚は仲間内では一番早く26歳の時である


自慢とか武勇伝では無いけど、過去に恋愛の経験も多少はある

そもそも生涯、一人の相手以外の恋愛経験が無い人の方が珍しいだろう

持論だが、ある程度の恋愛経験はあった方が良いと思っている

そういう耐性をつけていかないと、狂わせる何かに対面した時、ブレーキを上手く踏めなくなるような気がする

刃傷沙汰になるかもしれない


若いながらも、思い詰める如く愛したり

僕の元から去られてしまい、どん底を目の当たりにしたり

短いながらもモテ期があったり

本当に短かったが・・・

それなりの経験を積んだ上で今の生活があるんだと思う


責任ある立場になってからも、花を愛でる気持ちくらいはある

でも、それをどうこうしようとか考えた事も無かった

無論、僕に寄って来る蝶などいなかっただけかも知れない


このまま平穏に一生過ごしていく

と、言うことすら考える事も無く、平凡で幸せな毎日を送っている

これまでも、これからも






出会いは急激に偶然に外来する

不可避なのだ






あれは誰かの送別会かなんかだったと思う

季節が冬だった事は覚えている


何故なら彼女の首に大きなマフラーが巻かれていたから

大きな瞳に長い黒髪、唇は少し厚めで絵に描いたような美人

当時嵌っていたイスラム系のドラマに出てきそうなハーフっぽさ

うちの部署にいる事は勿論認識していたけど、こんなに綺麗な女性だったかな?

しゃべった事すら多分無かったし、名前も申し訳ないが覚えてなかった


イスラムっぽい顔立ちだと感じたのは、首に巻かれた大きなマフラーが小さな顔を半分弱隠してたので、ヒジャブっぽく見えただけかもしれない

居酒屋の個室の隅でぽつんと一人で座って待っていた彼女に多分僕はこう言った


“お疲れ様、早いですね”


超普通の挨拶

そもそも気の利いた挨拶をするつもりもない


結局その日の送別会で、多分それ以外の会話を彼女とは一度も交わしていない

僕はこういう場で積極的に席を回るタイプでも無く、根が生えたように最初の席に居座り、偶然隣に座った人とだけお話をする

そういう非社交的な人間なのだ


同じ部署の仲間でありながら苗字も名前も知らない彼女

どんな仕事を担っているのかすら知らなかった

無論、特別な感情など微塵も無く、ただイスラムっぽい美人がうちにもいる事を認識した


美しい花を愛でる気持ちは僕にもある

僕の心の社内女性美人度ランキングでも5本の指に入るだろう

こんな事を口に出すと、今どきはハラスメント扱いされるので決して発表できないランキングだが入賞おめでとう

賞品も賞状もありませんが・・・


この後も同じ部署で仕事をするのだが、そもそも接点が殆ど無い

何故なら僕は9:30頃に外回りに出て15:30くらいに帰社するのが一番多い行動パターンで、彼女は10:00に出社して15:00には退社する

そう、僕が8時頃に出社し、自席でコーヒーを飲んでいる時、彼女は未だ通勤中

或いは家で身支度中なのかも


僕は他人にそこまで興味がある人間では無いので、たまに見かける程度の彼女の事は殆ど知らなくて当たり前なのだ

ただ、この日の送別会でイスラム美人がうちにいる事を認識した

ただそれだけのはずだったのだが・・・


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