拾玖 猛獣
「帰ったよ、待たせてすまなかったね」
虚空から出現した制服姿の昂が、若松城の城壁で囲われた本丸に入ってきた。退いた鉄門の門番たちの間を通りながら、庭にいた白衣の男たちに話し掛けたのだ。
やや遅れて、傍らに女児服姿の亀姫比売も蜃気楼のように立つ。
「おお、昂様」白衣は科学者たちで、うち初老が迎える。「どこにお出かけになられていたのですか?」
「なあに、敵の偵察さ」
「もしかして
「ああ、でも正攻法でくるらしい。これ以上監視しても意味はなさそうだね。負けはないよ」
初老の目前まで来た彼女は、彼の背後に満ちる桜並木の方を見上げた。そこには科学者たちに囲まれて、奇妙なシルエットが鎮座していた。
図面や工具を用いて整備されながら、城を背景に桜の木々を超えるくらいの高さで。人のような車のような物体が。
「――こいつと、もう一つがあればね」
「さようですか」
指摘した昂に、初老は同意しつつも意見する。
「しかし文明崩壊後にこのような最新の機械を維持するのはやはり大変です。あの、現場を視察させていただければ、もっと有効な手段も開発できるかと――」
彼は、山主の鋭利な眼光に捉えられた。
「し、失礼しました」
「それで」再度、昂は目線を物体に移す。「もう一つの必需品もそろそろ届くはずだが、手続きを任せた戸木沢はどこにいるんだい?」
「はい、武器の確認だそうでして。まだお戻りになられていないですね。時間までには必ず来られるとのことでしたが」
「ちっ。あの野郎、あたいが遅れたらどうするつもりだったんだい」
昂は亀姫のほうを顧みた。ちょうどそのとき、デイダラボッ娘は頓狂な声を上げた。
「んんっ?」
「? どうしたんだい、亀姫」
「誰かが呼んでるね」
「あとにしな。もう一つを受け取って――」
鈍重な駆動音が響いた。
物体が直立したのである。――それは、クレーンに二本の脚を生やしたようなロボットだった。側面には山界政府のヤタガラスと、〝
機体を仰ぎ、昂は満足げに口にした。
「こいつの整備が終わって、配備してからにね」
「――なんだおまえは! 市民が自由に入れるのはここまでだぞ!」
唐突に門の方から声が聞こえた。
鉄門に視線が集まると、武装した門番たちが誰かの侵入を防いでいるようだ。それは山菜採り用の袋を装着したジャージ姿の理子で、昂を目にするや怒鳴った。
「あの女が許可したんだから通しなさい! ゲームを放棄させるつもりですか!?」
「こっちはぴったりだね」
準菜五人衆の一角は、勾玉スマホが表示する時刻を覗いて呼び掛けた。
「いいんだ、通しな。そいつの訴えるように山菜ゲーム中だ。さっきついでに採ってきたんだよ」
意外そうな面持ちで、警備が道を開ける。すると、理子は肩を怒らせながら昂のもとへと歩いてくる。
「や、山嵐との決戦を前に?」
背後から、先程まで会話していた初老の科学者が小声で案じた。
「昂様、こいつは整備中ですよ! 今朝早くからずっとこっちにあったのに――」
「それがどうしたんだい」
振り返らずに尋ねた準五の気迫に、初老は二の句が継げなくなった。
「いい度胸ですね」目前まで来た理子が、仁王立ちで昂に挑む。「引き受けないのではと危惧していましたが、申し込んでみるものです。強敵との対決を前に応じるとは、大舞台で負けるのがみっともなくてひっそりと退場したいということでしょうか」
「おまえこそ。あんな目に遭いながら、こんなときまで挑戦してくるとはね。さすがは断りの理子ってとこかい」
「……どちらにしてもです」
身につけた袋を開け、理子はそこから山菜の束を抜き出す。
「後悔しても取り消せませんよッ!」
「望むところだね」
応じた昂も、懐から山の幸の束を出す。――それは、究極ウドではなかった。
……まもなく、デイダラボッ娘による裁定は終わった。
立っているのは昂で、理子はその前で四つん這いになってうな垂れていた。
「なん、だとです……」
述べた少女だけでなく、ハイエナの部下たちまでもが愕然としている。
「どうした」周りを見回して、準菜五人衆の一角はからかうように言及する。「究極ウドがなければ、あたいが敗れるとでも?」
「め、めっそうもございません! さすがです!」
初老の科学者が口にするや、他の山界政府職員も愛想笑いと拍手で主の勝利を称えた。
「ふん」昂が、冷たい目線を理子に落とす。「今日はなにも奪ったりしないでおいてやるよ、とっとと帰りな。代わりに憶えておくことだね」
そして、彼女は警告した。
「ハイエナも猛獣だ。本気で戦うべきときは戦うさ、万が一の事態もあるかもしれない。腕が鈍っていないかどうか確認したかったんだ。ちょうどよかったよ」
名前 / 金柿昂
職業 / 準菜五人衆
LV / 60
SS / 追跡術
異名 / ハイエナの昂
ド ン !
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