第3話
鬱蒼とした森の中から男の泣き叫ぶ声がこだましている
ただ、男の声は遠くにある村には聞こえないほどの距離にあり助けに来る者はいない
「たったのむ!引き上げてくれ!」
「誰かー!!」
がぼがぼと水を飲みながらも必死に丘に上がろうと岩にしがみつこうとするものの苔にびっしりとおおわれた岩がそれを拒んでいる
自然にできた泉は丸く地面を抜き取ったかのような場所にあった、周囲はゆうに二メートルはあろうかという岩にかこまれている
さらにその周囲は鬱蒼とした木々にかこまれている
「まったく馬鹿共だねぇ」
高みの見物をきめこむのは太陽を背に悠然と頬笑むユーリだ、しゃがんだユーリは自分の膝に頬杖を付ながら楽しげに溺れる男達を見下ろしている
「ふっざけんな!!ユーリてめえがこんなことにしたんだろうが!!」
「うっ…ぷっ!」
「頑張れ!!そこに掴まるんだ!」
泉の中の三人は裸のままで必死に岩にしがみつく
「な、なんでこんな事するんだよぉ!ユーリ!」
「なんでって…?」
ユーリは記憶を遡ってみる
リゼットを何かと虐めていたのは気づいていた、それでもリゼットが助けを求めるまでは動く予定はなかったが、昨日リゼットは己の首を締めたのだ、本人にはこんなことでは死ねないと釘をさしたがそこまで追い込んだこいつらを見逃す訳にはいかない
そして、そこまで気長にいた自分にも腹が立っていた
ユーリは学校では優等生の顔で同級生にも分け隔てなく接し敵を作ったことは一度もない
だからこそ、今泉で溺れている男達もユーリに
「素晴らしい泉を書写しようとしていたがあやまってその泉の底に金貨袋を落としてしまった
拾ってくれたらその中から二割づつお礼する」
と助けを求められれば信じこの様な事態に陥っている
「頼むよユーリ!何か気にさわるようなことしたんだろう?謝るから助けてくれ!」
すでに一人は顔半分しか水から出ていない
「ジェームズはもうだめだな。あとはアレクとザックか。」
やれやれと立ち上がったユーリは自分の鞄を手に持つとその場を去ろうとする
それを感じ取ったアレクは真っ青になり叫ぶ
「まてよ!!お前俺達をこのままにしたら殺人で死刑になるぞ!!」
振り向いたユーリはさも道でも訪ねられたかのようにきょとんとしていた
「誰が誰を殺すっていうんだい?お前達は自分から泉に入って遊んでいたが、丘に上がれなくて死ぬんだから、誰も殺人罪に問われる事はない。」
にっこり笑った顔は逆光だが三日月に開いた口は闇を称えていた
その時初めて恐怖と疑問にとらわれる、近くにいたはずの同級生は何者だったんだろうと
「い、いやだ…!たすけてくれーー!!」
虚しく響く声は森に吸い込まれていった
それから一時間ほど森を散歩したユーリは右手に読みかけの小説を持って泉に戻ってきた、三人を不慮の事故に見せかけるにはあともう1つしておく事がある、上からロープを下ろしておくことだ、どんな馬鹿でもあの高さから泉に入ったなら登る方法くらい考えておくだろう、ただそのロープはほんの少し手が届くには短めになっている
「この小説、陳腐だな結局最後まで読まなくても犯人がばればれだ」
少しふてくされた風に小説を鞄にしまうと用意してきたロープを泉に程近い木にくくりつけ引っ張っていく
「ごめんねリゼット、僕がもっと早くこうしていれば…いや…君から離れずにいれば…」
森が開けて現場が姿を表したところでユーリはぴたりと足を止める
げほげほと激しくむせながら丘に踞るジェームズ、アレク、が目にはいる、それだけではないレオンが最後の一人ザックを引き上げていた
「ほらっがんばれあと少しだ、手を出せ!」
「うっうっ…」
「泣くな男だろ、早く服を着ろ」
手際よく三人を動かすそれをユーリは黙って見つめる
やがて着替え終わった三人はがだがたと震えだす
「あ、あんたユーリの叔父さんだろ…?!あいつ俺達を殺そうとしたんだ!」
方膝をついてそう言ったアレクをじっと見据えたままだったレオンにさらにアレクはいい募る
「親父に言ってやるからな!!学校にも…いやそれだけじゃない村全員に知らせてやる!!」
その刹那、アレクが横に吹っ飛んでいく
ざりっと地面を横顔が擦ったのを見ていた二人は何が起こったのかわからない様子だ
「いいか。誰かに一言でも今日の事を話せば俺がお前らを殺す。
それも一言も発するまもなくお前の頭を胴から切り離してやるからな。」
レオンの横に伸びた手のお陰で頬を叩かれたのだと遅れて気づくが、レオンの低い声音に言葉を無くす
「あと、金輪際リゼットには構うんじゃない。視界にも入るな、お前らの影すら見せるんじゃない、次は俺にも助けられん、わかったなら二度頷け。」
縦に素早く二度顔を振るのを確認したレオンは
「さっさと家に帰れ。決して忘れるなよ」
すっかり怯えて立ち上がれないアレクを二人は抱えるようにしてその場をあとにした
「勝手な事を」
背後からひっそりと忍び寄る影を背に感じながらレオンは深く息を吐き出す、そうすると意を決意したかのように影に向き直り膝間付く
「申し訳ありません、ユーリ殿下。」
レオンを見下ろすユーリの目は鋭い光を宿している
「なぜ助けた、僕が殺すと判断したらそうすべきだろう」
「恐れながら、ユーリ殿下はいずれこの国を率いるお役目がございます、あのような人間をいちいち殺していてはきりがないかと…」
「関係ない。」
「御意に…」
「もし先程の約束を爪先程も違えたらお前が殺せ。」
冷気をまとった言霊にはっとしてユーリを見上げればそこには、畏怖と威厳…そして身体中から発せられる闇をまとった王太子が立っている
「仰せのままに、我が王よ」
いつもは温厚なユーリが唯一狂暴な面を見せるのはリゼットが関わっている事をレオンは理解していた
だからこそ、リゼットが着替えを済ませる間にレオンはユーリにこの件は自分に任せてほしいと懇願したが、あっけなくも自分に従えという命令を頷いた
狂暴でありながらも逆らえないほどの甘美なその命令を破ったのも王弟の監視の目がそこらじゅうで光っているからだ
レオンにはユーリをどうやっても玉座に座らせたかった、いつかこの神々しい髪に王冠が載せられるその時を夢見ていたし
現国王が己の息子を守るためにこうして名も知れない村に隠したのだから決して無駄にしたくなかった
その森で行われた死刑は未遂に終わったものの、三人は修学式が終わっても学校に現れることはなかった
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