2020年-2022年

墨汁Aイッテキ!2020二月号

天井の宇宙人



窓ごしにきらめく太陽の光にこいこがれていました。

何もかもがまぶしく見える窓ごしの世界に。


周りの友だちのように、外で遊べればどれほどよかったか。


本の中にいる住人は優しいけれど、彼らはその世界でしか生きていない。

結局のところ、閉ざされた世界にいるのです。


分厚い紙の束の中で生きる彼らも、病院のベッドから抜け出せない私も。

いいえ。本の住人ですら、閉ざされた世界の中でちゃんと生きている。


彼らの呼吸音が私には聞こえる。


その世界をのぞく私はどうなんでしょう。

同じ様に呼吸はしているけれど。

本当に生きていると、果たして言えるのか。

何度考えても、答えは出ません。


機械のように息を吸って吐くだけの私に、生きる意味はあるのだろうか。


何度も自分自身に問うたけれど、答えは出ません。


自分は生きていると、確信を持って答えることができない。


ぐるぐるぐつぐつもんもんと。


頭の中に宇宙を作っては答えを探す日々。


出口のない迷路にはまることほど、嫌なものはありません。


「何で私は生きているのでしょう」


聞いても、答えてくれた人はいません。

みんな驚いたような顔で、困ってしまうのです。


「いっそ、楽に死ねたらいいのに」


生への疑問が、いつしか死への希望になっていました。


「ここで死ねたら、どれだけ楽だろうか」

「でも、みんなを悲しませてしまうのも嫌だ」


心の中に溜まった宇宙を誰にも話せずにいました。

死に染まる宇宙は少しずつ、心の中に広がっていきました。








































ある日の夜、どうしても眠れなくて、じっと天井を眺めていました。

病院の天井は闇に包まれ、本当の宇宙のように果てしなくどこまでも広がっているように思えました。


灯り一つない天井、星ひとつない夜空。

本物の宇宙もこんな感じなのかな。

看護士さんを呼ぶのも忘れて、天井を見つめていました。


「どうしたの?」


どこからか聞こえた声。誰かも分からない声。

自分以外、誰も起きていないはずなのに。

まさか、天井から宇宙人がやって来たのでしょうか。


驚きのあまり、声も出せませんでした。


「眠れないの?」


宇宙人が言うと、ふわりと風が私の顔をなでました。

窓は開いていないはずなのに、どうやって入って来たのでしょう。


誰か気づいてもおかしくないはずなのに。


なぜ、目の前に現れたのでしょう。


なぜ、誰も目覚めないのでしょう。


はてなマークで頭が埋め尽くされていきます。

何か聞く前に、私の意識は消えていきました。



次の日の朝、何もなかったかのように私は目覚めたのです。

宇宙人を見たと言っても、誰も信じてはくれませんでした。

悪い夢なら、どれだけよかったでしょう。


なぜなら、その日の夜も、天井から現れたのですから。


それからずっと、宇宙人は天井から私を見下ろして、いろいろなことを話すようになりました。


みんなが寝た後に来ること。

私以外、誰も知らないこと。

そして、名前がないこと。



なんということでしょう。

私以外の誰も知らない、秘密の友人ができてしまいました。


毎晩のように現れ、私の話し相手になってくれるのです。

名前も知らないし、どの星から来ているのかも分からない。

けれど、必ず天井からやって来るのでした。


そして、ある夜、彼は言いました。


「この力をあげるから、どうか生きてほしい」

「正しいことをしたくても、私にはできなかったから」


正しいこと? 

正しいはずなのに、できなかった?

一体、どういう意味なのでしょう。


「そのうち分かると思う」

「今は辛いことばかりだろうけど、大丈夫だから」

「だから、せめて生きる希望になりますように」


私の頭をふわりとなでて、消えてしまいました。

次の日から、まったく姿を現さなくなりました。


夜中の天井はただののっぺりとした闇となり、とても寂しいものになりました。

優しく話しかけてくれる宇宙人はもういません。


けれど、貴方は希望を残してくれました。


貴方が言っていた力というものは、よく分かっていません。

ただ、私の体がどんどんよくなっていって、ついに病院から退院することが決まったのです。


誰もが喜んでくれましたし、お祝いをしてくれました。

私もようやく、退屈な日々から抜け出せると思いました。


そして、退院する日、まくらもとにはオレンジ色の宝石がはめられたブローチと手紙が置いてありました。

私にそんな綺麗な物を送る人はいません。

誰かの忘れ物だと思ったのですが、持ち主はついに現れませんでした。


「どうか私を忘れないで。私はここにいるから」


手紙には綺麗な文字で簡単に一言だけ、書かれていました。

天井からやってきた貴方からの贈り物だったのでしょうか。

今もどこかで、私のことを見守っているのでしょうか。

そうなのであれば、とても嬉しく思います。


もちろん、ブローチのことは誰にも話していません。

私だけの秘密の場所に、手紙と一緒にこっそり隠しました。


挫けそうになった時、自分の部屋で何度も眺めました。

貴方から勇気と元気がもらえるような気がしたのです。


それは今も、私の手の中にあります。

不思議なことに、誰にも見つかっていないのです。

あの時の思い出と一緒に、鮮やかなオレンジ色が今も輝い

ています。

名もなき貴方のおかげで、私は生きることができたのです。


ありがとうと言いたくても、もうここにいないのでしょう。

だから、この手紙を書きます。


もし、これを読んでいたら、お返事をくれると嬉しいです。

それではお元気で。




墨汁Aイッテキ!2020二月号

https://www.pixiv.net/artworks/79397247

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