第124話 甘いココアと部室

 お昼休み。

 私は同好会の部室にいる。

 普段お昼ご飯は教室で食べるんだけど、今日はちょっと静かなところがよかった。


「飲む?」

「ありがとう」


 私は彩香ちゃんからココアを受け取る。

 ひとりのつもりだったのに、先に彩香ちゃんが部室にいたのだ。


 彩香ちゃんも普段は教室でお弁当を食べていた気がするけど、たまに来ていたのだろうか。

 全然気が付かなかったけど。


 まあ、委員長ともなれば、ひとりになりたいときもあるか。

 私は窓から外の景色を覗く。


「ねえ彩香ちゃん、窓から海が見える学校とか素敵だと思わない?」

「まあそうね。ちょっと憧れはあるかもしれないわ」


「だよね~」

「ここからだって川くらいは見えるんじゃない」


「頑張ればちょっとくらいは見えるかも」


 見えるうちには入らないけど。


「でもほら、海は特別かもしれないけど、空はどこの学校でも平等にあるわよ。空もいいじゃない」

「まあね~。でも空だったら屋上に行くかなぁ」


「海だって屋上の方がきれいだと思うわ」

「そっか~、そうだね~」


 ずずずっと、まるでお茶のようにココアをすする。

 甘い。


 まるでこのふたりきりの時間のように甘い。

 甘々の甘々だ。


 こんな甘い時間を過ごしていたら、何かの間違いで唇と唇が交じり合ってしまうかもしれない。

 それはもう仕方のないことだ。


「な、なずなさん」

「え?」


「ああ、やっぱり無理ね。ふたりきりなら呼べるかと思ったのだけど……」

「彩香ちゃん……」


 名前で呼ぶのってそんなに大変なんだね……。

 でも努力してくれてるなんて、なんかかわいいなぁ。


「無理しなくてもいいよ。いつまでも待ってる。だってずっと一緒にいるんだから」

「ふふっ、そうなるといいわね」

「なるの!」


 もうっ、今から離れ離れになることなんて考えたくないよ。

 私たちはずっと一緒なんだから。


「……何ふたりの世界を作っているのですか?」

「ひゃっ、珊瑚ちゃん!?」


 びっくりしたぁ……。

 気配を感じなかったんだけど、いつからいたんだろう。


「浜ノ宮さん、いつから……」

「『な、なずなさん』のあたりです」

「いやあああああああ!!」


 彩香ちゃん、恥ずかしさのあまり撃沈です。


「うふふ、冗談ですよ。実はみなさんよりも先に来てました」

「もっといやあああああ!!」


 あ、彩香ちゃんのライフはもうゼロだよ……。

 珊瑚ちゃん、恐ろしい子。


「あの、なずなさん」

「どうしたの珊瑚ちゃん」


「私とは、その……、ずっと一緒ですか?」

「あはは、そんなの当たり前だよ。珊瑚ちゃんが望む限り、私たちはずっと一緒だよ」


「ありがとうございます!」


 安心したようにふわっと笑う珊瑚ちゃん。

 癒される……。


 まるでケーキを頬張っているかのように甘い感じがする。

 そんな甘々空間に、茜ちゃんが遅れて入ってきた。


「遅くなっちゃった~。って、甘っ! なにこの甘い感じの空間は」

「あ、茜ちゃんだ~」


「何? 何があったのなずな」

「何もないよ~。ただ私たちは仲良しだっていうだけ」


「仲良しって……、それ健全な意味だよね?」

「茜ちゃん、何言ってるの?」


「あ、いや別に、何でもないよ」


 茜ちゃんは何か恥ずかしそうに笑いながら椅子に座る。

 そしてタイミングよく彩香ちゃんがココアを差し出し、それを一口飲んだ。


「……甘い」


 そうつぶやく茜ちゃんの顔はとてもまったりと緩んでいた。

 恐るべし彩香ちゃんのココア。


 そういえば何か忘れている気がするなぁ。

 そこへさらにお客さんがやってくる。


「お邪魔しま~す。ってなにこの甘々空間は!?」

「あ、智恵ちゃんだ。いらっしゃ~い」


「えっと、入って大丈夫?」

「ご自由にどうぞ~」


 私が手招きすると智恵ちゃんは恐る恐るといった感じで部室に入ってくる。

 そして私の隣に椅子を持ってきて座った。

 その様子から他の3人を警戒しているような感じだ。


「それで智恵ちゃんは何か用事だった?」

「あ、そうだった。一緒にお昼ご飯食べようかなって思って」


「あ、お昼ご飯食べるの忘れてた」

「何してるの……。私が食べさせてあげようか?」


「あはは、面白いこと言うね智恵ちゃんは」

「割となずなちゃんが言ってることのような気がするけど!?」


 確かにそうかも。

 でも私は小学生相手に言ってるだけで、同級生相手に言ったりはしていないはず。

 ……はず?


 いや、言ってるかもしれない。

 そうか、いつのまにか私は幼女大好き女子高生を卒業してしまったのか。


 今の私は小さな女の子から大人の女性まで幅広く愛せるまともな女子高生に進化したのだろう。

 そのことに少し寂しさを感じつつ、同時に自分の成長を喜ばしくも思う。


「さあ、お弁当食べようか」

「それなんだけど、屋上に行かない? なんかここにいるとおかしくなりそう」


「おかしくなるの? それはよくわからないけど、いい天気だし屋上はいいかもね」

「うん、きっと気持ちいいよ」


「だね」


 私たちはすっかり食べるのを忘れていたお弁当を持って屋上へむかう。

 部室を出たあたりから、なんだか魔法でも解けたようにほわほわしていた感覚が落ち着いてくる。


 確かに智恵ちゃんがいうように、あの空間でおかしくなっていたのかもしれない。

 というかもしかして、あの彩香ちゃんのココアがそうさせているのではないだろうか。


 だとしたら恐ろしいことだ。

 屋上に出るころには、頭はスッキリとしていて、確かにおかしくなっていたのだと思わされた。


 青空とやさしい風が心地いい。

 人もなぜかいつもより少ない。

 私たちは屋上で食べる時のいつもの位置あたりに座りお弁当を広げる。


「じゃあ食べようか」

「いただきます」


 まさに一口目を食べようとしたその時。

 悲しくもチャイムがなったのだった。

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