第86話 ネガティブ彩香ちゃん
放課後、いつものように同好会へとむかう。
その部室のすぐ近くまで来た時のことだった。
「浜ノ宮さんのバカ! もう知らない!」
「ま、待ってください委員長! 違うんです!」
大声と共に部室を飛び出し、私に気付いた様子もなく廊下を走っていく彩香ちゃん。
そしてそれを入り口のところでがっくりとうなだれながら見送る珊瑚ちゃん。
なんだなんだ?
ふたりがこんな風になるなんて珍しい。
なんだかんだ仲良しなのに。
「珊瑚ちゃん」
「あ、なずなさん。私、もうダメかもしれません……」
「何があったの?」
「いえ、その……」
「ああ、言いづらいことなら別にいいんだけど」
いつもいろいろ全開な珊瑚ちゃんにしては珍しいなぁ。
それだけ今回のは繊細な事件なのかもしれない。
私がこれはどうしたものかと悩んでいると、そこに我が親友茜ちゃんが遅れてやってきた。
「お~いなずな~。委員長どうしたの?」
「わからないんだけど、とりあえず追いかけないとだよね」
「委員長なら河原にいると思うよ」
「なんでわかるの?」
「いや、さっきすれ違ったときに『私ここにいるから』ってメモを渡されたんだ。はいこれ」
「……、ちょっと行ってくるね」
私は茜ちゃんから手渡されたメモを頼りに彩香ちゃんを探す。
メモに「私はここ」と書かれたあたりへむかうと、それはもう簡単に見つけることだできた。
「彩香ちゃん」
「白河さん……、よくここがわかったわね」
「いや、メモ……」
「白河さんは私のことよくわかってくれてるのね」
「いや、メモ……」
まあいいか。
そんなことより今は話を聞いてあげよう。
そのためにメモを渡してきたんだろうし。
「で、何があったの?」
「それはその……、実は今日、この後浜ノ宮さんと一緒にお買い物に行くことになったの」
「へ?」
なにそれ。
うらやましいんですけど。
「それで?」
「そしたらね、今日に限って、本当に今日に限って、愛花ちゃんからもお買い物のお誘いが入ったの」
「あらら」
「でも先に約束したのは浜ノ宮さんだったから、ここは血の涙を流しながら断ろうと思ったの」
「あら~」
「なのに浜ノ宮さんが『愛花ちゃんを優先してあげて』って言うのよ」
「へ~、やさしいね」
でもなんでそれがあの状況を生むんだろう。
「きっと浜ノ宮さんは私のこと嫌いなんだわ」
「……は?」
「たまたま目の前にいたから私を誘っただけで、本当は他の子と行きたかったんだわ」
「ちょ、ちょっと彩香ちゃん」
「私を誘ったことを後悔し始めた頃に、タイミングよく愛花ちゃんの連絡があったから、ちょうどいい口実になると思ってたに違いないわ」
「あ、彩香ちゃ~ん?」
「どうせみんな私のこと嫌いなんだわ! 浜ノ宮さんも愛花ちゃんもクラスのみんなも、堅物で面白くない私のことなんか大嫌いなんだわ!」
「彩香ちゃ~ん!」
何を言ってるの!
彩香ちゃんは自分で思ってるほど普通じゃないし、めちゃくちゃ面白いからね。
なんて言うのは慰めになってない気がするから言わないけど。
しかしなんだ。
これはかなり重症だ。
もう鬱レベルだよ。
私もこの沼にはまったことあるからわかる。
ネガティブ彩香ちゃんだ。
きっと何かあったんだろうなぁ。
こういう時は思いっきり誰かが彩香ちゃんのこと大好きだって伝えてあげなきゃ!
そしてここにいるのは私だけ。
私がやるしかない!
私はそっと彩香ちゃんの手を握って、目を見つめて話しかける。
「ねえ、彩香ちゃん。何があったのか知らないけど、みんなが彩香ちゃんのこと嫌いだなんてあるわけないよ」
「でもこの前、愛花ちゃんと一緒に帰った日に一緒にお風呂入って、いい雰囲気だったからついでに発育を確かめようと胸をペロッてしたらビンタされたし……」
何してんのこの子……。
「お姉ちゃんなんか大嫌いだって……」
「それはそうだよね」
「でしょ!?」
あ、しまった。
「いやでもほら、今日一緒にお買い物したいって連絡来たんでしょ? 愛花ちゃんも仲直りしたいんだよきっと」
「……」
「……」
「それもそっか!」
「え?」
「確かにそうだわ! なんで気付かなかったのかしら! こうしちゃいられないわ、待っててね愛花ちゃん!」
「……」
いきなり元気になったなぁ。
そういうものなのかもしれないけど。
「白河さん、ありがとう。なんだか白河さんといると、それだけで元気になれる気がするわ」
「そうかな」
「そうなの! きっと他の誰かが励ましてくれてもダメだったわ。白河さんが来てくれたから元気になることができたの」
「私を呼んだの彩香ちゃんだけどね」
「本当にありがとう。やっぱり持つべきものは親友ね。大好きよ白河さん」
彩香ちゃんはそんな恥ずかしい台詞を言いながら、まぶしい元気な笑顔で私に抱きついてきた。
もう大丈夫みたいだね。
まったく人騒がせなんだから。
「じゃあ私行くわ。みんなにはよろしく言っておいて」
「うん、わかった」
彩香ちゃんは「それじゃ」っと手を上げ、愛花ちゃんのところへとむかっていった。
……と思ったら、急に立ち止まってちょっと引き返してくる。
「ごめんなさい、ちょっと浜ノ宮さんに伝言をお願いしたいんだけど」
「うん、いいよ」
部室に戻ると、すぐに珊瑚ちゃんと茜ちゃんに囲まれる。
「どうでした?」
「なんかいろいろと勘違いが重なったんだと思うよ。もう元気になって愛花ちゃんのところに行ったよ。よろしくだってさ」
「そうですか。なずなさん、大変なことを押しつけて申し訳ないですわ」
「いいんだよ。それより珊瑚ちゃんに伝言があるんだ」
「あら、委員長からですか? なんでしょう」
「『浜ノ宮さんの、私のこと好きって気持ちはちゃんと伝わったわ。でもごめんなさい。私には好きな人がいるから、あなたの気持ちに応えることはできないわ』とのことです」
「……」
「……」
しばらくの沈黙の後、珊瑚ちゃんは私にぎゅっと抱きついてきて、こどものようにわめき始める。
「うわ~ん、なんか勘違いしてる上に調子に乗っててむかつきますわ~!!」
「ごめんね。しばらくこうしてていいからね」
「うわ~ん!」
本当に人騒がせな子だよ、彩香ちゃんは。
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