器③

これは僕の大切な記憶。



『ねぇ、サトル。一緒に死んでよ』



自殺願望のあったナツ。



『うん。分かった』




ゴッ。



ナツに軽く胸を叩かれた。




『死んだ?』



『うん。死んだ。死んだ。ここって、天国ですか?』



『フフ、何それ。つまんね』



それでもナツは、笑ってくれた。





その晩ーー。



狩りに出た。ナツの新しい体の【材料】を手に入れる為。


こんな夜更けに一人で出歩いちゃいけない。幼い子供でも分かる。



だから、きっと。悪いのは君だよ。




「あのぉ……すみません。さっき、何か落としましたよ。これ、違いますか?」



「えっ」



若い村娘にハンカチを手渡した。



目の前の女性が、ただの『器』にしか見えない。 越えてはいけない一線を越え、自分が自分でなくなる。




最初の【材料】を殺した時から、僕は人間ではない別の何か、気持ちの悪いモノに成り下がった。




「あっ、これ。私のハンカチじゃありません」



「そうですか。すみませんでした」



女性からハンカチを受けとると、僕はしばらく立ったまま、女性の様子を観察していた。




「あの……」



「僕の前で跪いて下さい」



「はぃ?」



「僕の前で跪いて下さい」



「あなた、さっきから何言ってるの。バカじゃないの、ほんと」




怒りを露にして、女性は僕の前から消えた。



「………………」




僕は、一度深呼吸すると、ゆっくりと歩き出す。罠にかかった獲物を捕らえる為に。




右ポケットに無造作に入れたハンカチ。


これは、ただのハンカチじゃない。僕が数種類の毒キノコと小さいバッタを錬成・融合して造り出した【世界に一匹しかいない新種の毒虫】。その体液を先ほどの布に染み込ませていた。


そんな物を素手で触った彼女が、無事で済むはずがない。



錬成は、基本的に等価交換。人間を造るには、別の人間を使うのが一番手っ取り早い。





しばらく歩いていると道路の真ん中で、先程の女性を発見した。僕の前で跪いている。



あの虫の体液には、強力な幻覚作用がある。今は、僕を神様の様に感じているはずだ。



「この鈴の音をしっかり覚えて下さい。この音が聞こえたら、必ず僕に会いに来て」




僕は、持っていた小さな鈴を二三度鳴らした。




チリン……チリン…………。




「分かり…ました………」




彼女が、今度のナツの新しい『器』になる。


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