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宮ノ森 紅丸
episode1 control
僕は宮ノ森
とは言っても、三十半ばの新米教師という異色の経歴だが。
連日流れる異常気象とも呼ばれる超超大型台風のニュースを横目に、あれが直撃して休校にならないか。などと考えてしまうくらいのぐうたら教師っぷりだ。
超超大型台風の勢力図は、未だはるか南を示しており、僕の住んでいる地域では今のところそんなことが起こる予兆もなく、いつもと変わらない通勤路に車を走らせていた。
何一つ変わることのないただの国道。
出勤時刻もいつも通りなので、信号を横断する人の群れもいくつか見覚えがある。
すらりと背筋の伸びたハツラツとしたOL。
重たそうなリュックを背負い、身振り手振りで会話をしながら歩む学生たち。
点滅する信号を目掛けて慌ただしく駆ける壮年のサラリーマン。
「あの人、いつも走ってるな……。」
代わり映えのない毎日に、何の違和感もなくアクセルを踏み込む。
それから10分程で職場に到着し、体育館横へ駐車して職員玄関を目指した。
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
「っざいまーす!」
「おー!おはよう!」
僕が同じ中学生くらいの頃には喫煙や喧嘩等の問題を引き起こす生徒は少なからず目に見える程度にはいたものだ。
しかし、今の子どもたちは皆真面目だ。
地域柄もあるのかもしれないが、きちんと挨拶も交わすし、制服の乱れはおろか、素行不良の生徒もいない。
教員生活を送ってきて不良という不良には……、去年のあの三人しか出会っていない。
─────
一日の授業も終え、放課後となった。
運動部の生徒が、我こそはと躍起になって廊下や階段の昇降を競い合う。
ここの学校の特徴として、運動部の数に対し体育館やグラウンドのキャパシティが小さい。
故に体育館、グラウンド、廊下、階段までもが部活動のスペースとなるのだ。
一方、僕が所属する美術部を始め、文化部はきちんと部室が割り当てられている。
少子化の影響もあってか、教室もあり余っているからだ。
部室へ行くと数名の生徒がすでにイーゼルを並べ、麻布キャンバス特有の土埃と油絵の具が混じった匂いが漂っていた。
僕は好んで美術部の顧問になったわけではない。
取り分けて絵が達者なわけでもないし、絵画が好きかと言われるとそうでもない。
ついでに言ってしまえば、ペインティングオイルのような揮発性の高い画用液の匂いはすこぶる苦手である。
以前赴任していた中学校では陸上部の顧問をしていた。
賑やかで楽しかった反面、運動量が半端ではなかった。
毎日5kmのロードワークを生徒と一緒に走るところから始まり、グラウンドの競技スペースの確保、スコアやタイムの計測。
毎日が慌ただしかった。
だからただ、静かな場所が良かった。
落ち着いた放課後を、ジャズやクラシックを流してティータイム、とまではいかなくとも、静かな時間がほしかった。
大丈夫。
今日も静かだ……。
「……、るせえ。」
「…先生…、ぜえよな。」
「……と、死ね……のに。」
「ん?誰か何か言った?」
はっきりと耳元で誰かが罵声を発するのが聞こえた。
振り返っても数名の部員は適度な談笑こそあれど、そのような大声を出している者はいない。
ましてやここには、そのように言葉を荒げる生徒は一人もいないはずである。
「……はあ……。」
深い溜息が漏れる。
またか。
やめてくれよもう。
静かにしてくれって言ったじゃないか。
どうせならもっと楽しい話をしようぜ。
なあ、みんな。
僕は大きく開いた右手を左手で押さえながら廊下へ飛び出した。
「Hi!ベニマル!Are you alright?」
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