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⦅20XX年 X月X日⦆


視界は歪んでいた。

何処か意識ははっきりとしていなくて、自分の存在すらあやふやだ。

白い部屋。壁も床も天井も白い。灯の一つもないのに部屋は異常に明るかった。

白い部屋には人が一人いた。椅子に座ったままだ。動く様子がない。

こちらに背を向け簡素な木の椅子に座っている。


気になって回り込んでみようと近づいた視界はぶれ次の瞬間には違う場所にいた。


今度はコンクリート剥き出しの建物だ。

何処かの実験室らしい。机の上には乱雑に資料が置かれているが文字は読めない。ざっと目を通すが沢山の書類が置かれていた。それは様々な文字で書かれた簡素な書類だった。何やら図も書かれていたが全く理解ができなかった。

英語や日本語の書類はないようだ。それどころかアルファベットに類する文字すら見当たらない。全ての書類は手書きのようだ。筆記体で記されたそれらが単に字が達筆過ぎて読めない可能性もある。

人はいない。窓はあるが外は暗い。

夜ではないようだ。窓の外にはパイプやコンクリートの壁が見える。高い天井から光が差し地面には草や木が生えていた。

実態が無いような私の体は壁をすり抜ける。

実験室の隣の部屋にはカードキーが必要なようであったがそれをすり抜けて侵入した。

何にいたのは場所を待ち構えているような格好をした人間達。

何処か見覚えのある、しかし思い出せない作業着を着た人間達が慌ただしく動いていた。

小部屋のような部屋には6人もの人間と体が動かせないかのように涙をながしながらも座り続ける女性がいた。

作業着の人間達は日本語で何かを話すが同時に6人もの人間が話しているせいか上手く聞き取れない。

女性は若かった。年は16〜18くらいだろうか。頭には電極のようなものがつけられていた。そこから伸びる線は壁際に置かれた冷蔵庫のようなものにつながれていた。


冷蔵庫から男が何やら光り輝く液体を取り出す。

それを眺めていた私は突然繋がれている女性と目があった気がした。

女性が何か言おうと口を動かした瞬間、また視界は暗転する。



次の瞬間にあったのは強い光であった。

フラッシュだ。大勢のカメラに囲まれてフラッシュを焚かれる会場。

見覚えのない企業ロゴの書かれた服を纏いった見覚えのある男がマイクを通して何かを話していた。声は聞こえない。それどころか何も聞こえない。

これだけの報道陣がいるというのに不気味なほど静かだった。

それはそうと動きがあった。

先程まで手から水をだして操りながら会見をしていた男が光り輝く液体を取り出した。先程みたものによく似ている。試験管に入れられたそれを注射器に移すやいな、胸元の服を引きちぎりそれを心臓に目掛けて打ち込んだ。

突然の凶行に青ざめる報道陣。さらに事態は動く。少し苦しそうにした男は突然笑い出し、水をだしていたのとは逆側の手から炎を出したのだ。普通はありえない組み合わせである。あの液体のおかげで炎を出す能力を得たのだろうか。

目は血走りヨダレを垂らし正気には見えない男は手を突き出すといきなり報道陣に向かって極大の炎を繰り出し会場を紅蓮で包み込んだ。




⦅2016年2月3日⦆


「ーーって夢を見たんですよ」


と自慢気に語る的場小雪に江花鵼はうんざりしていた。

同居人にして幼馴染、親友でもあり……義兄弟であるから血が繋がっておらずとも、まあ家族みたいなものである西園寺宅戸にこいつが、気があるのは知っている。

ただ、未来予知という能力は怪しいところだ。こいつの未来予知が当たった試しはほとんどない。しかも馬鹿だ。


その話を聞いてどうしろというのだ?

『へぇ、悪夢だったねー大丈夫?』とでも慰めればいいのか?

それともアレか?信じて欲しいのか?

いや、仮にそれが夢ではないとしよう。

でだ、だからなんなんだ?

その話が本当なら明らかに怪しい集団が何かヤバそうな人体実験をしていて、その女の子から抽出したとおぼわしき"汁"を注射器すれば能力が得られるかもしれないという話と、能力を得た男が報道陣を焼き殺すかもしれないということだろう。

私には関係ないね。もちろん宅戸も関係ない。レオ……?あいつは何か胡散臭いし色々ときな臭いからきな臭いもの同士集まればいいと思うよ。


「だからなんなんだい?もしかして宅戸が無能力だからその怪しい汁を手に入れて炎能力にでもしてあげるとでもいうのかな」


だとしたら馬鹿だなと思っていたが……


「あれ、良くわかりましたね!宅戸くん、どうですか!いい案だと思いませんか?」


馬鹿じゃないかこいつ。いや、わかっていたけどあまりに馬鹿すぎる。

本当に親も操縦が楽そうで、傀儡にするのが簡単すぎないか?

全く、彼女のいう最悪の未来だとかいう邪教の巫女一直線じゃないか。


これはこいつが特に深いこと考えていない彼女が恐ろしい。だからこそ、この無邪気な発言が邪悪にみえる。


「(えぇーー……、話によれば超能力を手に入れた男は正気じゃなくなっていきなり人に躊躇なく火を放ったんだよな)

俺は信じるよ、その話!」


明らかに引きながらも話を肯定する宅戸。『信じるよ、でも……』と続きそうだ。


「僕は行かない方がいいと思うよ。本気で行く気なら……レオを倒してから行くのだ!」


「はっ?!え……何々?」


心ここにあらずといった様子の魚崎レオの肩を掴み前にだす。

話を聞いていなかったようで突然のことに驚いた様子だ。


「ま、冗談だよ、冗談」


「そ、そうか……(一体なんの話なんだ?)」


聞いてないな。それとなく教えてあげるのも"お友達"といったところか。


「それはそうとレオくんにも話聞きたいなぁ。同じ炎能力者として聞きたいんだけどさぁ」


「ああ、なんだ。答えられる範囲なら答えるぞ」


「小雪の未来予知が発動して何かよくわからない未来を見たらしいんだよ」


「ふむ」


「ぬえちゃん、それ私がさっき言ったからもう一度言う必要ないんじゃない?」


たく、この馬鹿女が。

こいつが明らかに話を聞いていなかったっぽいから、それを悟られせないように自然な流れで今までの話を教えてやってんのがわからないかな。察せれないかな。


「はぁ、僕は貴女に下の名前で呼んでもいいとは許可をしてないよ」


「!?まさかの許可制」


「君と僕は仲良く無いしね、そもそも君がストーカーを止める条件として友達にしてあげたんだ。未来予知といいう反則級の能力でありとあらゆる予定を先読みして付け回したというのに、警察を呼ばずに、穏便に済ますため君を友達にまでするなんて慈悲深い僕に感謝するべきじゃないかな?

次からは江花様か、そうだなご主人様とでも呼んでくれればいいよ」


「酷すぎだろ」


「そ、そうだよね!よかったレオくんは味方だった」


「いや、未来予知でストーカーとかおかしいって」


「がーん」


「うざいなぁ、ムカつくなあ。そういう擬音をわざわざ声に出すようなことをするから君はどことなく人に避けられたりするんだよ。しかも、君また自分はかわいそうな人間演出をする。すきあらば過剰に反応するよね。なんだか虫酸が走るよ」


ほんとにムカつく。女だからとかじゃなくて、動作や表情までもがイライラするなあ。なんだろう絶望的に彼女とは仲良くなれなさそうだ。

まだ何か胡散臭いレオの方が好ましいかな。


「まあまあ、鵼もいいすぎっしょ」


「まあ……宅戸がそれでいいならいいけどね」


「ぬえちゃん、何その意味深な言い方」


下の名前で呼ぶな。なんだよ鵼って。人間につける名前じゃないぞ……。あんの糞親め。僕は僕の名前が嫌いなんだ。

宅戸には名前呼びを許してるけど、この糞女にまで許した覚えはないぞ。

それから意味深じゃない、それは宅戸もそう思ってるからって遠回しに言ってるんだ。なんでわからないのさ。君高校生だよね?


「……話を戻すよ。小雪が未来予知で見たって話なんだけど」


「小雪!小雪って呼んでくれた!なら私もぬえちゃんって呼んでもいいよね」


「駄目」


「なんでさ!?」


「ん、じゃあこの女が」


「あ、小雪でいいです、小雪でお願いします」


「でだ、予知夢によると注射器で液体を打ち込んだ水系能力者の男が炎系能力を得たというらしいのだけど、超能力者を後天的に得るなんてあり得ると思う?」


「いやどうかな、わからない」


「そ」

わからないか。なんだ。

「ちなみに、教室一つ分を焼き潰すくらいの火炎能力って普通?」


「いや、そんなことないな。ウチの実家みたいな火炎系の家系とかならまだしもその辺の奴らだとかなり強い部類に入るんじゃないか?」


真剣な顔をして答えるレオ。

それを宅戸がじっと見ていた。

何かあったのだろうか。


「ねえ!行こうよ!私気になるなぁ!!」


「一人で行け」


「そんなぁ!ぬえちゃん、いっっしょうのお願い!」


「明らかに危ないことに首を突っ込めるほど力がないのはわかってる?」


「で、でも大丈夫だよ!私が未来予知で危険を回避するから」


「駄ーー」


「俺は行くぞ」

僕の言葉を遮って発言したのは、いつもに増して深刻な顔をしたレオだった。


「は?本気?マジで言ってんの?やばいよ、絶対やばい」


「ははは!大丈夫さ、なんならお前も来いよ」

さっきまで話も聞いていなかったのに急に乗り気になるレオ。彼は無責任にもその話に正気を疑う宅戸に誘いをかけた。


マジかよ……といった顔をしたあと宅戸は僕の方に顔を向け視線でどうする?といった問いかけをしてきた。


「そういうなら、僕も行かせてもらおうかな」


ブルータスお前もか。騙された、お前もかよ、といった視線を向けてくる彼に少しの罪悪感を抱いた。

しかし、正直この話は興味深いと思っていたところだ。

それに普段は慎重な魚崎レオという人間が乗り気なのだ、何をするのか知らないが誘いに乗ってやるのも悪くない。

まあ、そんな危ない場所に行くんだ。

思いもしない強敵にぶつかって大切な友人3人をかばって死んでしまうかもしれないし。


ふふふ、考えれば考えるほど計画に思えてきた。またとない機会だ。

悪意が無いにしろ怪しい動きをする人間には退場してもらおう。


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