ゲームに負けたら憧れの人に告白することになりました

セナ

第1話 表

ゲームには、いろんな種類がある。


テレビゲームだったり、ボードゲームだったり、何とか色々。


そして、色々なゲーム、その結果に賭けがつくことがある。で、負けた人がとある度胸試しをするというものに参加した。要するにバツゲームというものだ。


「よし、勝った」


で、私の相手をしてた人が勝った。つまり、私は負けてしまった。


仕方ないと言えば仕方がない。今回の勝負は私が大の苦手とするテレビゲーム、それも格闘ゲームと呼ばれる対戦ゲームだったんだから。


はぁ。これで度胸試し確定かぁ。できれば遠慮したかったな。度胸とかそんなじゃなくて、根本的に今回のは私とは相性が悪い。


「じゃ、千晶が宮古君に告白けって~いっ」


そう、特に恋愛感情なんてないのに、学年でも一番カッコイイって評判の宮古隆哉君に告白するなんて。


それに、私、男の子って苦手で、目の前にいるだけで緊張のあまり何もできなくなっちゃうくらい駄目。


そもそも、どうしてこんな賭けが発生したのよ。最初はただ集まって今度遊びに行くときどこに行って何をするか考えるだけだったじゃない。


「ねぇ、晴美。正直に答えてくれないかな。これ、私が負けるの必然だったんじゃないの。よりにもよって、これ、私の苦手な格闘ゲームだよ。


 もしかしなくても最初から私にさせるつもりだったでしょ」


もしかして、最初からこれは狙っていたんじゃないだろうか。


そうでもないと、わざわざ晴美の弟くんからゲームを借りてくる理由に説明がつかない。そんなに私に恥をかかせたいのか。


「だってさー」


だってさー、じゃないよ。


「ここにいる皆が宮古に見向きもされなかったんだよ。悔しいじゃん」


「悔しいってだけで私にそんなことさせないでよ」


たったそれだけの理由で私は宮古君に告白しなきゃいけないなんて。


「絶対無理」


無理に決まってる。


だって、私なんて他の皆より発育遅いし、勉強ができるわけでもない。料理だってできないし、裁縫も無理。


私がそれなりに自信を持ってるのは走ることだけ。だから、私は陸上部に入ってる。


私にはそれだけしかないし、それはここにいる誰よりも宮古君の方がわかってるはずなんだ。


「だって、宮古君。私が走るしか能のない奴だって知ってるよ」


宮古君だって陸上部で、期待のエースとして中学入学一年目にして県大会に出場、見事に3位入賞してきた。


それに比べて私は人より少しだけ足が速いだけで、いきなり大会に出るような能力もない。


それでも、私には走る以外何もないから努力だけは続けてるんだけど、どう足掻いても宮古君に追いつける要素なんて欠片ほどもない。生まれ持った才能に、それを支える努力をしてる人に、才能なんかなくて、努力しかできない私が勝てるわけがないんだ。


「いーの。もう千晶しかいないんだから」


結局、晴美のこの一言で押し切られてしまった。


こういうとき、自分の内気を心底恨むけど、やっぱり怖くて変えられない。
















宮古隆哉。


14歳。クラスは一緒で、性格は基本的にはクール。他の男子となんて較べられない。


走ってるときは熱くなる人。


勉強はかなりできるほうで、ずっと上位の成績をキープしてる。


中本千晶。


まだ誕生日が来てないから13歳。どうしようもないくらいの内気。


走ってるときだけは色々忘れて楽しめる。


勉強なんてだいっ嫌いで、成績は中の下。


比べることが馬鹿になるくらいに違う、遠くにいる人。


何でそんな人に告白することに。


いや、格闘ゲームで晴美に勝てない私が悪いんだけどね。


「おい、中本」


「ひゃ、ひゃいっ」


噛んだ。


よりにもよって、これから告白しなきゃいけない宮古君の前で。


「何だよ。そんな驚かせるようなことしたか」


「い、いいえっ。そんなことはありません。寧ろ私なんかがこうして宮古君とお話してること自体が申し訳ないと言いますか、その、貴重な練習の時間を潰してしまってるわけですから、私なんて放っておいてくださいー」


慌ててまくし立てて私はその場から逃げ出した。


だって、話をしてるだけで緊張して、告白とか、伝言とか言い出せる雰囲気ですらなかった。


少なくとも、私にとってだけかもしれないけど。


「はぁ。逃げちゃった」


情けない。


ここに晴美がいたら、きっと私は文句を言われたことだろう。幸い、晴美はいない。


というか、バレー部の晴美がこんなところにいたら怖い。今頃必死になって練習してるはずだから。


「おい、中本」


「ふぁいっ」


ど、どうして宮古君が追ってきたの。


「用事あるから呼び止めたのに逃げるってどういうことだ。俺は魔王のような恐ろしい顔でもしてるのか」


そんなわけがない。


こんな人が身近にいること自体が信じられないくらいの端正な顔立ちをしてらっしゃいます。


「まぁいい。今日、先輩たち学校の見学とか説明とかで全員いないんだって。それで、女子部のほう、お前の他の面子って全員委員会に入ってるだろ。


 今日はお前しかいないから後輩のことを任せたぞって、先生が言ってたって伝えようとしてたんだけど」


嘘でしょ。全員、いないの。


私だけ。


「無理無理無理無理無理。絶対無理っ」


自慢じゃないけど私、後輩に甘く見られてるし。後輩には私なんかより速い人はいっぱいいるし。


とにかく、部長たち、先輩の代わりはおろか、他の同級生たちの代わりすら出来るわけない。


こんなとき、去年卒業していった堤先輩なら何て言ってくれるんだろう?


堤先輩は、私の憧れの先輩だった人。もう卒業してしまってる。


たしか、お母さんがいなくて、レストランでチーフウェイターをしてらっしゃる方がお父さんだって聞いたことがある。


で、その人はよく凹んでる私を励ましてくれたんだ。


『できるって思えばできちゃうものだったりするものだよ』


そう、前にも記録会に出てみないって言われて、無理って言って断ったときにそう言ってもらえた。出てみたけど、やっぱり結果は他校の選手とは比べることすら申し訳ない成績で。


だけど、堤先輩だけは褒めてくれた。


そして、今は励ましてくれる堤先輩はいない。


「無理、ねぇ。俺は意外といけると思うけどな」


なのに宮古君は予想もしなかったことを言ってくれた。


「どうして」


「お前ってさ、部長っていうのは部員を引っ張っていくもんだって思ってるかもしれないけど。


 率先して自分からやる部長ってのも世の中いると思うぞ。だから、最初に練習メニューを伝えてそれでお前が先頭に立てばいい」


無茶苦茶だ。


私に引っ張っていく能力がないのは事実だけれども。だからといって、率先して動いたところで私のあとをついてきてくれる後輩って何人いるんだろう。


いないんじゃないかな。


「取り敢えず、ストレッチでもして来いよ。俺も男子部のほうやっとくから」


最後に「じゃな」って言い残して宮古君は立ち去った。


やれってことですか。


やらなきゃ駄目ってことですか。


「はぁ。行かなきゃ」


私は諦めて後輩たちの前に行った。


「今日はもう誰も来ないから。最初にストレッチしてアップでグラウンドを――」


練習メニューはいつも通り。もう2年目だから全部覚えてる。


全部伝えたら、あぁ、やっぱり。


何人かが私の話なんて聞かないで雑談してるよ。笑い声で他の子たちが迷惑そうにしてる。


注意しなきゃいけないのに、言い出せない。


静かにしてって、言うだけでいいのに。


そんな時だった。


「おい、そこの1年。練習する気がないなら帰れ。今、中本が今日のメニュー説明してただろうが」


宮古君が注意してくれた。


もしかして、無理って言ってた私のこと、手伝ってくれたのかな。いや、それは考えすぎ。多分、練習始まるのにふざけた態度のあの子達が気に入らなかったんだ。


それ以外には考えられないよね。


「中本。気が付いたら口に出せよ。お前、こういう機会初めてだろうから戸惑うのは分かるけど。


 今日はこっちの方でも少しはフォローしてやるから」


「あ、ありが、とう」


手伝ってくれるみたい。


だけど、それに甘えてるわけにもいかない。


そう思って、私は練習を始めることにした。


「じゃ、ストレッチするよ。腕前交差から――」
















終わった。


長かった。


部室でぐったりしてたら何人かが「お疲れ様でした」って声をかけてくれた。


「ありがと。気を付けて帰ってね」


「はい。あ、先輩もですよ」


「うん。ありがと」


皆が出て行った。


さて、私も部室の鍵を返して帰らなきゃ。


私は荷物を持って、部室を出た。鍵をかけて、しっかり鍵が掛かったことを確認する。


「よし」


次は職員室かぁ。うぅ、考えただけで緊張する。


「帰りか」


「ひゃうっ」


突然声がかけられて、驚いて地面にへたり込んでしまった。


「お、おい。そんなに驚くことないだろ」


「へ」


落ち着いて、声の主を見上げてみた。


「宮古君」


宮古君だった。宮古君もこれから鍵を返しにいくのかな。


それにしても、今日は随分と話す機会があるなぁ。


これって、あの度胸試しをやれってことなのかな。


ううん。駄目。絶対駄目。


いくら晴美たちと賭けてたって言っても、やっちゃいけないことってあると思う。特に、こういう人の気持ちを踏みにじるような真似って。


私自身が、今日の一件で宮古君のことを少し意識し始めてるといってもだ。


「なぁ。たしか、家同じ方向だったよな?」


「あ、うん」


何、この展開。


「一緒、帰らないか? 遅いし、1人じゃ危ないだろ」


「え」


信じられない。


だって、あの宮古君がこんな能無しの心配をしてるなんて。


「何をしてるんだ」


宮古君が呆れてる。


そうだろうね。だって、これが現実か信じられなくて目の前で涙目になりながら頬を抓ってるんだから。


「えっと、宮古君ともあろうお方が、こんな能無しを心配してくれてるから、夢じゃないかなって」


この痛みは本物だから、どうやら夢じゃないらしい。


「能無しとか言うな」


「え」


宮古君が私の言葉を力強く否定した。


「お前は能無しなんかじゃない。能無しだったら、お前こんなに頑張ってねえよ。頑張れねえよ。お前には、努力っていう最高の才能があるだろうが」


努力が、才能。


でも、だとすれば、


「だったら、宮古君は天才だよね。元々センスがあって、努力できる。これって、天才ってことだよね」


ということになる。だって、才能もある、努力もできる。こんな全部兼ね備えた完璧人間、天才以外何だっていうの。


「やめてくれよ。俺は、お前がそんな風に自分を貶してるの見るのが辛いんだよ。自信、持ってもいいんじゃねえの」


「無理、だよ」


自信なんか持てるわけがない。


器用で、何でもそつなくこなす晴美と違って、私はどうしようもなく不器用で。


やっと見つけた走る事だって、専門的に始めてみれば駄目で。


そんなんで、何も残ってないよ。


「やめてくれって言ってるだろっ。俺は、好きになった奴がそんな風にしてんの見るのが嫌なんだよっ」


「え」


「しまっ」


信じられない言葉を聞いてしまった私と、自分の失言に気付いた宮古君。


「本気で、言ってるの」


でも、どうしてだろう。


私は自分でも信じられないくらい冷静だった。


「それ、どういうことか分かってる」


実感がない。


あの宮古君に「好きな奴」って言われたのに。それも目の前で。なのにまったく実感が湧かない。


「宮古君、無能で不器用でネクラで努力しか知らない馬鹿に好きだなんて言ったんだよ」


「言ったよ」


宮古君も少しは落ち着いたみたい。


だから早く後悔してくれないかな。私のこと好きだなんて言ったこと。


「お前は、無能じゃない。不器用かもしれないけど、諦めてるわけじゃない。ネクラでもない。走ってるときにあんな楽しそうにしてる奴、お前以上の奴を見たことがない。努力しか知らない馬鹿でもない。努力できる奴は凄い奴だ。


 俺は、入学式で名札を落として探してるお前を見て助けてやりたいって思った。実際、一緒に探してやろうとしただろ」


そんなこともあった。


けど、あの時は申し訳ないのと、うまく言葉にできなかったのとで「いりません」と一言で帰してしまった。


「あの時からだよ。何かするのにどうしようもないくらいに真剣で、努力もできるお前が気になり始めたのは。


 陸上部に入って、お前がいた。運がいいって、思った。いいところ見せたいって、張り切ってたら大会に出されて、それなりの成績が出せた。お前、応援しててくれたろ。あれ、凄く嬉しかった」


どうして、今言われるんだろう。


遅いよ。


せめて、あの賭けよりも前だったらもっと素直になれたかもしれないのに。


今は、あの賭けがあるから、このままOKを出してしまったら駄目な気がする。そうしてしまったら、賭けに乗ってしまったことになる。


駄目。賭けなんかでこんな凄い人と付き合っちゃ駄目。


それに、晴美と並んでるほうがお似合いだ。


バレー部のホープの晴美と陸上部のエースの宮古君。話題も肩書きも凄くお似合い。


「なぁ。考えるだけでもしてくれないか」


考える必要なんて、ない。私は、宮古君には似合わない。


晴美を花とするなら、私は枯れ草。飾りどころかゴミにしかならない。そんなのが宮古君の隣にいていいわけがない。


「考える、までもないよ。宮古君には私は似合わない。だから、無理。私なんかより、晴美のほうが似合ってる。


 どうして、晴美をふったの」


「どうしてって」


この返され方は想像もしてなかったんだろう。


だけど、宮古君は迷ったりしなかった。


「好きな奴いるのに、他の女子からの告白を受ける奴がいるか」


「だからどうして私なのっ」


もう、冷静ではいられなかった。


一度爆発してしまえばもう収まりは着かない。


「私、こんな地味だし、内気だし、不器用で料理は作れないし、裁縫だってできない。料理なんて作ろうとしたら包丁を取り上げられる始末。走るのだって、小学校のときに速かったから有頂天になってた。


 ここにきたら私なんかよりも速い子がいっぱいいた。後輩にだっているよ。


 ねぇ。もう1回訊くよ。どうして私なの。」


「お前が、中本千晶だからに決まってるだろうが。それ以外に理由なんぞあってたまるか」


期待した答えは返ってこない。


駄目。このままじゃ流されてOKって言ってしまいそう。


確かに、私は宮古君のことが気になってる。けど、あの賭けがあるから、それを表に出しちゃ駄目なんだ。


「大っ嫌い。私、宮古君なんか大っ嫌い」


そう言って、私は走り出した。もう、一秒もあそこにはいられなかった。


幸い、宮古君は追いかけては来なかった。


もしも追いかけられたら、私の足じゃ逃げ切れなかったはずだから。


だから、助かったけど、終わりを感じてしまった。終わらせてしまった。


もう、今日みたいに宮古君の言葉に一喜一憂する日なんか来ない。その現実が、私の気持ちをより一層重くさせた。
















家に帰ってから、部室の鍵を返すのを忘れてたことに気付いた。


(どうしよう。部停になっちゃう)


それだけは避けたい。


今から行けばまだ誰か残ってるかな。


私はまだ着替えてなかったことを幸いと思って、家を飛び出そうとした。


「千晶、電話」


「え」


けど、お母さんに呼び止められて足を止めてしまった。


友達は携帯にかけてくるから違う。じゃあ、誰なの。


「宮古君って、男の子」


宮古君っ。


何で。嫌いって言ったのに。


「いないって、言っといて」


「でも」


「いいからっ」


声を聞きたくなかった。


聞いてしまえば終わりになってしまう。折角、嫌いで纏めようとしたのに、それが無駄になってしまう。


駄目。もう止まれないのに。


「はぁ。わかったわよ」


お母さんには申し訳ないけど、これだけは譲れない。


「はい。今ちょっと電話には出られないみたいで。え、あぁはい。伝えておくわね。はい。ありがとう」


お母さんが電話を切った。


そして、盛大に溜息をついた。


「千晶。部室の鍵、返し忘れたそうじゃない。それを返してくれたって伝えてくれただけなのにそんな風にしちゃ駄目よ」


え、それだけ、だったの? もしかしなくても、私、酷いことしたんだ…


でも、もう謝れない。


一方的に宮古君のこと見てたときにも戻れない。


「うん」


お母さんにはちょっと申し訳ない気分で、私は部屋に戻った。


ご飯はまったく喉を通らない。食欲なんて湧かなかった。


心配したお母さんが私を早めに休ませてくれた。


ごめん。
















次の日を体調を崩して休んで、それが3日続いた。


そして、学校を休んだまま休日を迎えた。今でも食欲は殆どない。


お粥がちょっと食べられるくらい。


元々、痩せてたんだけど、最近はさらに痩せてしまってる。お見舞いに来てくれた晴美を門前払いしてしまうくらい。


それぐらい、私は痩せ細ってしまった。


「千晶。もっと食べないと、更に体壊すわよ」


「食欲、ない」


お母さんに言われても駄目だった。


どうしたんだろう、私。


あの日、宮古君に嘘をついた日から、壊れちゃったみたい。


「ねぇ、お母さん」


「何」


1つだけ、訊いてみよう。


「私、謝らなきゃ駄目なのかな」


「そうね」


お母さんは少し考え込んだ。


「千晶が謝ったほうがいいって思うなら、謝らなきゃ駄目だと思うな。だって、謝ったほうがいいって思うのに謝らないって、自分の心を無視してることだから。


 謝りたいけど謝らない。それって、自分の心を押しつぶしてしまってるのよ」


自分の心を押しつぶす。


確かに、その通りだった。


謝らなきゃ。宮古君に。嫌いって、言っちゃった。嫌いじゃないのに。目の前で好きだって言ってくれたのに。


「私、宮古君に、酷いこと言った」


「そうなの」


お母さんは特に何も言わずに、私が寝てるベッドに座った。


そして優しい笑顔を浮かべてこっちを見てる。


安心した。


お母さんだけは私を見放さないでいてくれる。


「嫌いなわけないのに。好きだって言ってくれたのに。私なんかがあんな凄い人と付き合っちゃ駄目って思って、大嫌いって言っちゃった。


 酷いよね、私。晴美たちとゲームして、負けて、度胸試しで告白しろって言われて。でも、できなかった。あんなに優しい人、騙すような真似なんかできないよ」


気付けば、泣き出してた。


ずっと押さえ込んできた感情が一気に爆発して、噴出した。


「素直に、全部伝えなさい。そうすれば、宮古君だって許してくれるから」


「駄目だよ」


宮古君を好きになったってことだけは絶対に言えない。宮古君の彼女が私でいいはずがないんだ。


私より、晴美のほうが可愛いんだから。私じゃ駄目。


「ねえ、千晶。千晶は、その宮古君のことが好きなんじゃないの」


「え」


お母さんが気付いてた。だけど、頷いたら駄目。これだけは譲るわけにはいかないの。


「好きなのに、嫌いって言うの、辛くないの」


「辛いよ」


言っちゃった。言うつもりなんて、なかったのに。


どうして、言っちゃったんだろ。


「でも、私可愛くないもん。宮古君の隣になんか立てないよ」


「千晶は可愛いわよ」


お母さんが励ましてくれる。


「可愛くなんかないっ。いつも晴美と自分を比べてこんな風に何でもできる、綺麗になりたいって。ずっとずっと、憧れてた。


 晴美は、誰とでも仲良くなって、男の子にだって自分から告白して、私じゃ無理なの。晴美みたいになりたかったのに」


そうだ。ずっと、私は晴美にコンプレックスを持ってたんだ。


「それを、宮古君や晴美ちゃんに言ったことある」


ない。私は首を横に振った。


「宮古君、多分、今頃不安じゃないかな。だって、好きって伝えた次の日から千晶が来ないんだから」


あ。言われて初めて気付いた。そうだ。心配、されてるのかな。


実はドッキリでした、って言われたりとかはしないよね。


「月曜からは、学校行こうね」


「うん」


あまり気乗りはしないけど。でも、せめて謝らなきゃ。
















月曜日。中々家を出る勇気が出なかった。


だけど、行かなきゃ。


意を決して、ドアを開けた。朝の光に目を細めつつ、家の前に立ってる人の姿を確認した。


「晴美」


「千晶っ。心配してたんだよ。こんなに痩せて。あの賭けで悩んでたの。


 もう、気にしなくていいよ。千晶、そういうの駄目だったもんね」


そうだ。晴美にも伝えなきゃいけないことがあったんだ。


「ねぇ、晴美。私さ言わなきゃいけないことがあるの」


伝えなきゃ。憧れてたって。


いつも晴美と比べて色んなこと諦めてきたこと。今も、宮古君のこと好きなのに、晴美と自分を比べて勝手に諦めてしまったこと。


「私ね、ずっと、晴美に憧れてたの」


「え」


「憧れて、勝手に自分と比べて、色んなこと諦めてた。晴美は何でもできて、私は何にもできないから」


私は何もできない。どうしたら晴美に近付けるかをずっと考えてきた。


「何で。私、今の千晶が好きだよ?私なんかはいろんな人と友達になってるけど、千晶が少し羨ましいんだよ」


え。どうして晴美が私のこと羨ましがるの。


「千晶って、本当に女の子なんだもん。料理とか裁縫はできないかもしれないけど、笑うときはちょっと控えめに可愛く笑うし、照れたときなんかは顔を真っ赤に染めて俯く姿なんか本当に可愛くて。もしも私が男だったら絶対にほっとかないくらい」


そんな、何で? 何で晴美みたいな人がそんなところに憧れるの。


私のどこが女の子なの。栄養足りてないんじゃないってくらいに細くて、胸とかも全然なくて。


こんなの、女の子なんかじゃない。


寧ろ、晴美みたいに明るくて、友達がたくさんいて、いつもみんなの中心で、男の子からも告白される。


これが、私の中の女の子の一番輝いてる姿。


そして、それが晴美そのものだった。


「ねぇ、私がさ、千晶が負けるって分かっててあんな賭けをした理由って気付いてる」


唐突に、晴美がそんなことを言った。


「私、宮古に告白なんてしてないんだよ。ただ、宮古と話して、あいつが千晶のことがずっと好きだったって聞いて。


 だったら、あいつにチャンス作ってあげようって。千晶は宮古のこと遠くにいる人、絶対に手が届かない人って認識してるでしょ。だから、少し、近くに立つ機会をあげたら。少しはあいつにもチャンスは巡ってくるのかなって。千晶も、自分で思ってないかもしれないけど本当は皆が千晶のこと嫌いじゃないってわかるかなって」


全部、晴美が手を回してたんだ。


だけど、無理だろうな。


「ごめんね、晴美。そんなに考えてもらったけど。もう、遅いよ」


私は素直に全部話した。


告白されたこと、大嫌いって言ってしまったこと。全部。


「はぁ。千晶、馬鹿でしょ」


「うん。馬鹿だね、私」


晴美が呆れたように言って、それに頷くと、頬を叩かれた。


「馬鹿って言ったのは話の中の千晶じゃない。今の千晶」


「え」


話の中の私も、今の私も、どうしようもないくらい馬鹿なのに。


何が、違うんだろう。


「あんた自分の気持ちわかってるんでしょ。あの時は自分がどうしようもないくらい情けなくてそんなこと言ったんでしょうけど。今は? 違うでしょ。


 間違いに気付いたら、直す。千晶だって今までそうやってきたでしょ。謝るつもりだったら。今度は素直になりなさいよ」


「素直」


「そう。素直に、宮古のこと好きだって言えばいい。それで、言いたいこと全部言う。それで、万事解決でしょ」


解決するわけがない。


だって、私は可愛くなんかない。


「晴美のほうが、お似合いだもん。私は、枯れ草で、晴美は花だから」


そうだ。例えてしまえばこんなに分かり易い。


それぐらいに私と晴美じゃ各が違う。


「だから馬鹿って言ってるでしょ。それに、お似合いって千晶が勝手に決めてるだけでしょ」


「だって、男子陸上部のエースと女子バレー部のホープだったら話題にもなるし、皆が納得できるし」


こんな、陸上部の落ち零れじゃ駄目。宮古君の価値を駄目にしてしまう。


「納得って。じゃあ、千晶は私と宮古なら納得できるの」


私は頷いた。


「馬鹿」


なのに、返ってきた言葉は私を非難するもので。


「あんたが納得しても本人同士が納得しないに決まってるじゃない。あいつはあんたが好きで、私は男子部の榊と付き合ってるんだから」


え。


ちょ、ちょっと待って。榊君と付き合ってるなんて話、初めて聞いたんだけど。


「あああああっ。もうっ。言わなきゃわかんないかなっ」


突然、晴美が頭を抱えて大声を出した。


「千晶は、陸上部の落ち零れなんかじゃないの。あんたのとこの部長とウチの部長、仲いいから色んな話聞いてくるみたいでね。


 今、一番実力が伸びてるのって千晶だって言ってたって。でも、本人はそんなこと言われたら謙遜ばかりしてこんどは逆に落ち込んでいきそうだから言えないって。凄く、期待してたみたいだよ。部活も真面目にやってるし、人よりも努力してるし。偶に休憩も忘れて走り続けてるし。


 だから、そんな風にいつも自己完結して腐ってるのが勿体無いって」


そんなこと、あるわけない。


だって、後輩の子達は私の言葉なんて聞いてもくれないし、やっぱり後輩の子の方が速いってこともあるし。


「あんたのとこの後輩ってのは、ただ宮古との接点が欲しかっただけなの。でも、いざ入ってみると宮古の視線の先のいるのは千晶。妬ましくもなるって」


嘘だ。そんなことあるわけない。


あれは、私のこと馬鹿にしてる目だ。


「やっぱり、駄目だよ。それなら、尚更」


「それで、自分に嘘ついたまま卒業まで過すつもりなの」


頷く。


それでいいのに。


なのに、どうして晴美は私の世話を焼きたがるんだろう。


「無理に決まってるでしょ。今回こんなになるまで落ち込んで、学校に行こうって決めた理由が謝る為。


 そんな不器用な千晶が自分の気持ちに蓋したまま卒業まで我慢できるわけないでしょ。


 やだよ。突然感情を抑えられなくなって泣き出す千晶見るのなんか。辛いよ。その中にある感情とか、全部知ってるから辛いよ」


「ほっといたらいいよ。もう、友達もやめてさ。そしたら、気にならないよね」


1人になってみたかった。味方なんて誰もいない。その代わり、敵もいない。


本当に1人。


そうしたら、こんなことで悩む必要もないし、何かと戦うこともない。


「このまま話しててもどうにもならないね。とにかく、今日は宮古に謝れ。それで、話をしなさい。それで、ちゃんと決めたらいい」


晴美は、それだけ言って1人で先に行った。


そう、だね。


あれだけ言って、まだ友達でいられるなんて甘い考えを持ってたのは私だけなんだ。


謝るだけ謝ったら、もう誰とも話しないでいよう。部活もやめる。


それで、卒業まで1人でいるんだ。
















学校について、宮古君に手を引っ張られて屋上まで連れて行かれた。


「み、宮古君。ちょっと、痛いよ」


しっかりと握られた手首が痛い。


「離したら、お前逃げるだろ」


「今日は、今だけは、逃げないから」


謝りたいから。


「この前は、ごめんなさい。別に、嫌いなんかじゃないのに、あんなこと言って」


「違う。俺はそんなこと聞きたくてここに連れて来たんじゃない」


素直に謝ったのに、宮古君は聞いてすらくれなかった。


やっぱり、私は許してもらえないんだ。だから、ずっと責められたままでいるんだ。


「俺はっ」


私の思考を遮るように大きな声を出した。


「俺は、まだ、ちゃんと告白の答えを聞いてない。聞いてないのに一方的に打ち切りにされちゃ辛いんだよ。


 何も聞いてないのに、拒絶されて、嫌われてないって思ってたのに。この前は、本当にチャンスだって、思ってたのに。お前の指示を聞かない後輩に注意して、頼りになる奴って所を見せて、最後に鍵を返しに行かなきゃいけないの知ってたから。だから、ずっと出てくるの待ってた。


 それで、俺がしたことって、傷つけただけで」


何で、宮古君がこんなに悩んでるの?


全部私が悪いのに。


「だから、答えだけ、ちゃんと聞かせてくれ。聞いたら、もう諦めるから」


宮古君は悪くないのに。私がいた所為で色々なものが壊れてく。


部活は後輩が言うことを聞かない。晴美とは友達じゃなくなっちゃう。


駄目だよ。こんなの、全部、なくなっちゃう。


「ごめん、なさい。私、宮古君と付き合っちゃ駄目なんだ。絶対、他の人がいいよ。


 私なんかより、いい人がいっぱいいるから」


そうだよ。だから諦めるの。


宮古君、言ってたから。私の諦めないところがいいって。だから諦めるの。


そうしたら、幻滅するだろうから。


「そんなの答えじゃねえだろ。俺は、ちゃんと答えを聞くまではお前の前からいなくなったりしない。家にだって付き纏うかもしれない。お前そんなんでもいいのかよ」


「だって宮古君、私って枯れ草だよ。晴美みたいな綺麗な花じゃないんだよ。それでもいいなんて、本当に言えるの」


絶対に認めちゃ駄目。


晴美は宮古君のこと好きなわけじゃなかったけど、他にももっといい子が宮古君のことを好きなはずだから。


「枯れ草だって、誰が言ったんだよ。そいつ、俺がぶっ飛ばしてやるから」


ねえ、何でそんなに私のこと守ろうとするの。


「誰も、そんなこと言ってないよ。言ってるのは私。幻滅した?」


お願いだから見捨ててよ。


私は、宮古君にはふさわしくないって、理解してよ。


「そんなに俺に嫌われたいのか。それとも、俺のこと嫌いになりたいのか。


 何でそんな変な道に進もうとするんだよ。真っ直ぐ、頑張るところが好きだったのに。何で」


頑張ってたのは、それしか知らなかったから。


「幻滅、しない。絶対しない。お前が振り向いてくれるまで、絶対にしない」


それを最後に、宮古君は立ち去った。
















それから、私は部活を辞めた。


部長や先輩たちは必死になって私を止めようとしてくれたけど、私は聞かなかった。宮古君の傍にいないようにしようと思ってたから。


だから、今のことを後輩たちが聞きに来るなんて思ってもみなかった。


「中本先輩。どうして、辞めちゃったんですか」


「私たちの所為ですか。先輩の注意を聞かないからですか」


何で、今になってこれじゃ困る。


だって、嫌われてなかったって、今になって分かったんだから。


「先輩。戻ってきてくださいよ。皆、先輩のこと心配してるんですよ」


何で、今になってこんなことになるんだろう。


「ごめん。私、もう戻るつもりないから」


走りたいけど、私は宮古君の邪魔はしたくないから。


だから、私はもうどこにも戻らない。


晴美の傍にも、陸上部にも。


学校に、もう私の居場所はなかった。


「先輩っ」


「ごめん、帰って。もうほっといてくれないかな」


私は後輩たちの顔を見ずに言い切った。何も言わずに、帰っていった。


それを横目で見送って、晴美が隣に来たことに気付いた。


「かっこ悪い」


「そうだね」


自分の醜さを認識しつつ、私は教科書を取り出した。出したところで授業なんて聞いてない。この前の小テストは白紙だった。


「何にも、やる気ないんだね、今の千晶」


否定しなかった。


だって、事実だから。


「ねぇ。私、間違ったのかな。皆が私を止めようとするんだよ」


「うん。間違ってる。私、千晶が泣きそうなの見たくないよ」


私は、泣きそうなのかな。


けど、今更戻れない。


「あのさ、千晶。今の宮古の状態、知ってる?」


「え」


宮古君の状態?


どういうこと? 彼に何かあったの?


「全然成績が振るわなくて、代表選考から下ろされそうなんだよ。それって、千晶とのことがあってからだよ。


 千晶は邪魔したくないから離れたんだろうけど、ずっと千晶にいいとこ見せたくて頑張ってきたあいつは目標を見失った。それって、もう頑張る理由がないんだよ」


晴美が私に腕をとった。


「行くよ」


どこに、とは言えなかった。


「行き先は、職員室。千晶の退部届けを取り戻しに行くよ」


「ええっ」


そんな馬鹿な。そんなことできるわけない。


それに、ただ励ましに行くぐらいだって思ってた。


「む、無茶だよ。もう、出してから結構過ぎてるよ」


「無理とか言わない。そんなこと言ってるからこんなことになったの。本当に分かってるの」


そうだ。


無理無理って言い続けて、宮古君の好意を拒絶して、勝手に追い詰めた。


「謝らなきゃ、駄目だよね」


確認するように呟いた。


けど、


「謝っちゃ駄目」


晴美はそれを咎めた。


謝っちゃ駄目って、どういうこと?わけが分からない。


「宮古は、千晶の本当の答えを聞いて、できるなら傍にいて欲しいだけなんだよ。だから、謝るのは間違い。


 千晶は謝ったら、本当に拒絶するでしょ」


「うん」


「それで追い詰めたんだから、同じことはしちゃ駄目」


何も言い返せなかった。


だから、まずは私と宮古君との関係を元に戻すこと。そう言い切る晴美に、私は同意した。
















「退部届ぇ、お前そんなの出してたか」


顧問の先生から帰ってきた言葉は予想の斜め上をこえて遥か遠くまで行ってくれた。


「え、部長に出してたんですけど、貰ってないんですか」


「あぁ」


理解できた。


つまり、部長が勝手に自分のところで止めておいてくれたんだ。


さっきまでの私なら勝手なことしないでくださいって言いそうだけど、今の私は違う。


部長、ありがとうございます。


諸手をあげて喜ぶ。


「で、退部するのか」


「いいえ。それを撤回しようと思ってきたんです」


自分でも驚くくらいはっきりと言えた。


今までは、こんなにしっかりとは言えなかった。


「そうか。まぁ、色々とあるんだろうが、頑張れよ」


「はいっ」


少しだけ、自信が持てそうな気がする。


ずっと、1人だって思ってきた。


でも、違った。


「どうだったの」


「うん、部長が勝手に止めてたお陰で先生までは届いてなかったみたい」


今は晴美がいて、先生もいて、部長や先輩、後輩の皆。皆が私のことを支えてくれてる。心配しててくれた。考えてくれてた。


それを嬉しいって思ってる。


それは、1人じゃないってことだから。気付けなかったから自信なんて持てなくて、勝手に自己完結して、宮古君を傷つけた。


「じゃ、次は宮古君のところに行かなきゃ」


だから、ちゃんとした答えを示そうと思う。


宮古君に、本当に失礼がないように。今までの謝罪の意味も込めて。ちゃんと、答えを伝えよう。


だって、宮古君は言ってくれた。


『幻滅、しない。絶対しない。お前が振り向いてくれるまで、絶対にしない』


だから、ちゃんと宮古君に気付いてもらえるように、宮古君のほうを見よう。


「そうね。で、ちゃんと答え出したら、次はあんたとこの部長に謝りに行こうね。1ヵ月雑用ぐらいは覚悟しなきゃね」


「う、うん」


できれば、雑用は回避したいけど。そうもいかないんだよね、これが。
















教室に戻ってから、宮古君がいないことに気付いた。


仕方ないからその辺にいた男子を捕まえてみる。


「ねえ、宮古君知りませんか」


何故か、驚いた顔をされた。


何だか、凄く不愉快。


「あの中本が、自分から男に話しかけただと」


腹が立ってきた。


「もういいです。あなたに聞いた私が馬鹿でした」


仕方ないから次。割と真面目に聞いてくれそうな人は。あ、榊君でいいかな。晴美の彼氏だけど、この人なら真面目に聞いてくれるだろうから。


「榊君」


「ぅあ」


なんて間抜けな声。


でも、驚いたりとかはせずに、普通にこっちを見てくれた。


いける!


「宮古君、知りませんか」


「隆哉か。あぁ、さっき男子陸上部の部長に連れてかれた」


す、擦れ違い?


ちょっと、ショック。


「あ、ごめんね。邪魔して」


「いや。あんたのこと、晴美から色々聞いてるから。頑張れな」


晴美。あんたおしゃべりだね。


そんなことを考えるけど、表に出すわけにはいかない。


「ありがとう」


笑顔を作ってお礼を言った。


何故か、榊君の顔が真っ赤になった。


よく分からないけど、先に部長のとこに行こ。


それで運がよければ男子部長にも会えるし。そしたら宮古君の行き先も聞ける。


後ろのほうで晴美が榊君を詰ってる声が聞こえる。


何でだろ。


廊下に出てすぐに部長の姿を見つけた。


何で2年の階に来てるかは分からないけど、気にしない。


「部長」


「あ、中本。先生から聞いたよ。辞めるの撤回するって」


「はい」


よかった。部長は変わらずに接してくれた。これで対応が180度変わってたらショックだったな。


「すみませんでした、色々と」


「いいよ。私もさ、中本のこと結構不安にさせたと思うから」


部長が私のこと不安にさせた? どういうことか分からない。


けど、部長は真面目な顔をして続けた。


「何かさ、結構何言っても否定したがるでしょ」


当たりだった。それだけに何も言えない。


「だからかなぁ。一番伸びてるとか、今度の記録会、出てみない、とかね、言い出せなかったんだ。うん。それで、自分には力がないんだって思い込んでなかった?


 1年もさ、中本より速い奴なんていないよ。手を抜かれてるだけだって思ってるかもしれないけど、中本は速いよ、ホント」


私が、速い。そんな馬鹿な。


「あ、そんな馬鹿なとか思ったでしょ。そういうのがあるから、ちゃんと伝えることは全部伝える。


 だから中本も言いたいことを言ってくれていいよ。今日だって、こうして伝えてくれようとしてたでしょ、自分の気持ち」


「はい」


やっぱり、部長は違う。


私に力をくれる。これを後押しにして宮古君のところに行きたいな。


「あ、そうだ。宮古のことなんだけど」


心臓が撥ねた。


「宮古さ、コンディション完璧に壊しちゃってさ。何とかしてやってくれないかな」


「どうして、私に」


部長は『こいつ何言ってんの』って顔をした。


失言?


「いや、あんたら両想いでしょ?」


ばれてる。いや、実際になれるかは別だけど。


「あんなあからさまなのに気付かないのは中本ぐらいだよ。だから下が妬んであんたの言う事聞かないんだよ。


 実力だってあるのに、本番に弱いし、自分のタイムなんか聞きに来ないし。そんなに遠慮してるから更に下に嘗められて」


言い返せないのが辛いです。


すみません、全部当たりなんです。そろそろ終わってもらえると嬉しいんですけど。


「ま。あいつを助けてあげられるのは中本だけってね。それがわかってるから下の連中だってあんたを止めに行ったし、何より、結構たくさんの奴が応援してたんだよ? 知ってた?」


知りませんでした。


それに応援って。私にその気はなかったのにね。


けど、今となってはありがたいかな。自分のすることが正しいって思えるから。


「頑張れ。そろそろ部長から解放されてる頃だと思うから」


「はいっ」


自分でも驚くぐらいの声が出た。


「いい返事。行っといで。


 それから、暫く練習前に部室の掃除をしといてね」


「はい」


部長の声を背中に受けながら、私はいつも男子部がミーティングで使ってる視聴覚教室に向かった。
















視聴覚教室に向かう途中で、男子部の部長に会った。


「お、中本じゃん。今から宮古?」


だからどうして皆が知ってるの。


それより、この人の表情が気に入らない。理由は分からない。けど、どこか不安を感じるというか、怖い。


「あんな意気地なしなんかほっといてさ、俺どうよ」


「え」


一瞬、何を言われたか分からなくなった。けど、すぐに右手を掴まれて、壁に押されて状況を理解した。


もしかしなくても、私、迫られてる?


「さっきもさ、あいつとそんな話をしてて。で、あいつ何て言ったと思う?」


聞きたくない。


そう思って、ここから離れようとするんだけど、手を握る力がより一層強くなって、逃げ出せなくなった。


いくら運動部で鍛えてるとはいっても、同じ運動部で男子の先輩、それも部長までするくらいの実力者の力を撥ね退けるほどの力はない。


耳を塞ごうにも片手は使えない。


「先輩。離してください」


「だから、あんな奴より」


「離してくださいって、言ってるのが聞こえないんですか」


信じられないくらい強く出ることができた。


今までの私だったら絶対に言えなかった。後の報復とか、そんなことばかり心配してたから。


けど、盾にできるものがある。


「あんまりこういうことばかりしてると、ウチの部長に言って、部停ぐらいにして、それで生徒指導のところにでも連れて行かせますよ」


この時期にこれは怖いはず。


だって、夏前の大会に向けて練習に力を入れてる今、部停は苦しいし、処分されたりなんかしたら高校受験にだって響いてくるだろうし。


「脅してんのか」


「えぇ。必要だったら実行もします」


「ちっ」


舌打ちして、先輩は私から手を離した。


けど、その目は怖いままだった。


「何で宮古ばっかりなんだよ。あいつはお前しか見てないのに周りも宮古宮古だ。だから、お前を奪ってしまえばあいつに勝てるって思ったのに。


 お前まで宮古なのかよ」


そんなこと言われても、私はこの人の気持ちは分からない。


この人は、実力はあると思う。


けど、宮古君に勝ちたいなら勝ちたいだけの努力をしてきたんだろうか?してたところを見た事がない。


「努力したんですか、あなたは、宮古君に勝ちたいって言って、そのための努力はしたんですか?


 宮古君は、自分の実力で満足せずに努力をやめなかった。あなたはそれに勝つために何かしたんですか? しないのに勝手に私を奪えば勝てる? 最低です、そういうの」


先輩に対して、こんなに強く言える日が来るとは思わなかった。


けど、今がチャンスなんだ。


自分を変える、宮古君に気持ちを伝える。


だから、余計なものは全て切り捨てる。邪魔になりそうなものは今のうちにどけておく。


そして、この人は邪魔だった。


「どいてください。私は、宮古君に話があるんです。あなたじゃありません」


だから、拒絶した。


そして、私は先へ行く。


まだ、いてくれるかな? 待っていて、くれたかな?
















暗幕を閉め切った視聴覚教室の中に、宮古君はいた。


けど、その表情は暗い。教室自体が暗いだけじゃない。


「宮古、君」


恐る恐る、声をかけてみた。


振り向いたその顔は、何も映していない、怖い。


「中本か。お前、部長と付き合ってたんだってな」


怖いくらいに感情が読めない声。そういうことか。


あの人は。本当に余計なことをしてくれたな。


「違うよ。それ、あの人が勝手に、宮古君を打ち負かそうとしてやったことだから。私は、振り向きに来たんだよ」


素直に伝えられない自分が悔しい。


さっきまで、先輩たちにはあんなにはっきり言えたのに。


宮古君を前にするだけでそれは影を潜めて今までの自分になってしまう。


「振り向きに?」


「うん。言ってくれたよね。振り向くまで幻滅なんて絶対にしないって。幻滅されたくなくて、自分を騙したままで終わりたくなくて…


 だから、振り向きにきたの」


好きって言葉を口に出せない。


だけど、気持ちは伝わってくれてるのかな。それだけ知りたい。


「どう、かな」


宮古君は、何も言わない。


もしかして、あまりに振り向かないものだから幻滅されたのかな?


「お前、結構卑怯な」


「え」


卑怯って、どういうこと。


「俺はさ、あんな形ではあったけどお前に好きだって言ったぞ。で、お前は答えを形だけで示して言葉にはしてくれない。


 卑怯だよなって」


申し訳なくなったけど、それだけで言葉にできるほど私は強くなんてない。


「けど、それを許せちゃうのは、惚れた弱みって奴なのかな」


だけど、宮古君は疲れたような溜息と共に言葉を吐き出した。


「それって」


「許すとは言った。けど、付き合うんだったらちゃんと言葉にしてからだ。それからじゃないと俺は認めない」


きっぱりと言い切られて私は逃げ道を失った。


多分、ここで逃げたりしたらまた泥沼だし、折角ここまで背中を押してくれた晴美や部長に申し訳ない。


頑張らなきゃ。


「あ、その」


一息に。言ってしまえば後はどうにでもなるんだから。


「す、好きでしゅっ」


か、噛んだ。


最悪。よりによってこのタイミングで。


穴があったら入りたいよ。


「く、ははははっ」


笑われてるよぅ。すっごく恥ずかしい。


「中本、やっぱお前最高だ」


からかわれてるのに最高も何もないよ。私の今の気分、わかってる?


まぁ、わかってないと思うけど。


「そういうとこ、やっぱ可愛いな」


「可愛い? 私が?」


「お前、何でそんな顔してんの」


そんな顔ってどんな顔なの。


「いや、そんな信じられないって顔されてもな」


うん。私が可愛いなんて信じられないから。


だけど、皆は私を可愛いって言うんだよね。皆から見た私は可愛く見えるのかな。


だとすると、ちょっと複雑な気分。


「本当に、可愛いって思うの」


「当たり前だろ。惚れた以上は、可愛いって思うのは当然だ。それでなくても可愛いのに」


また言った。そんなに可愛いの? 私って。


「ていうか、お前が可愛くないなんていうのは周りに喧嘩売ってるようなもんだぞ。


 顔立ちとかもそうだけど、ちょっとした仕種だとか声。兎に角、一々あげるのも馬鹿になるくらいだ」


いや、それって大体自分でコンプレックス持ってるものばっかりなんだけど。


そういうのが周りから見たら可愛く見えたりするのかな。


「それがわざと狙ってやってるんなら可愛くなんてない。寧ろ腹が立つくらいだ。バレー部の安田とかな。けど、お前はわざとじゃない。


 そういうとこ、可愛いって思う奴は多いんだよ」


そういうものなのかな。自分じゃよく分からない。


私としては何でもそつなくこなせるかっこいい人っていうのがいいな、って思うんだけどね。


「で、でも、宮古君はもっとかっこいいよね」


話を変えようと話題をふってみたけど、反応はイマイチだった。


どうにも、乗ってこない。


「いや、俺はお前に見せる為だけにかっこつけてただけだし」


そうでしたね。ずっと見てたんでしたね。


ごめんなさい。最近色々ありすぎて忘れてました。


「でも。そう言ってもらえるなら嬉しいかな」


笑顔と共に眩しすぎるくらいの笑顔を向けてくる宮古君。


「おい。顔背けるなよ。変な顔してるんじゃないかって不安になる」


「そういうのじゃなくて」


眩しすぎて、今の私には直視できません。


それだけ。


けど、


「でも、ちゃんと見られるように頑張るから」


頑張るって決めたから。


大好きになった人が、私のことを好きだと言い続けてくれるようになるために。


何より。


大切にしたい人と気持ちのために。
















~後日談~





結局というか何というか。


私は宮古君と付き合うことになった。や、嬉しいんだけどね。


「中本は、小動物だ」


けど、宮古君はかなり突拍子もないことを言う。


「私が小動物?」


今は、お昼休み。部のミーティングもないから今日はゆっくり2人でご飯。


で、そのときに唐突に宮古君が言ったのだった。


「そう、その可愛らしい食べ方、愛らしい仕種。まさしく小動物、栗鼠だな」


ちょっと、引いてたりします。


ちなみに、今の宮古君の顔はその小動物を狙う猛禽類って感じ。私、狩られるほう。ていうか、もう食べられちゃってるようなものなんだけどね。


「小動物はいいんだけどね。お弁当、食べないと休憩終わっちゃうよ」


「おっとそうだ。見惚れてる場合じゃないな」


だから何でそんな台詞を平気な顔で吐けるかな?もうそれで何回顔を耳まで真っ赤に染められたことか。


今だって。


「ん、どうした。中本。顔、真っ赤だぞ。まだ照れてんのか」


気付いてるならもう少し柔らかく言ってよ。


毎回毎回こんなだったら、私の心臓が持たないよ。


今だって、宮古君に聞こえそうなくらいに鼓動が聞こえる。


「ちーあきっ」


「わわっ」


後ろから晴美の声。同時に衝撃。


晴美が抱きついてきた。


「どう、愛しの宮古とのお昼は?」


「毎回毎回心臓に悪いよ。宮古君もそうだけど、晴美も」


文句を言ってみるけど、間違いなく晴美には通用しない。勿論、宮古君にも。


「そう言わない。ま、これからは宮古の甲斐性に期待するとして」


「勝手にすんなよ」


宮古君の文句だって聞きもしない。


今の晴美が言うことを聞くのは、付き合ってる榊君ぐらい。


「宮古。わかってるでしょうね?」


「はいはい」


何だか、意味ありげな目配せと同時に、宮古君が席を立った。


今、宮古君がいたのは宮古君の席じゃない。それで、宮古君は自分の鞄から何か、紙袋を取り出した。


「喜んで、もらえるかは分からないけどさ」


紙袋が私に向かって差し出される。


「もらってくれないか?」


「今日、何の日だっけ? 何かあった?」


何が何だか分からずに視線を宮古君と晴美とを行き来させてしまう。


ホントに、今日は何かあったっけ。


「ねぇ、千晶。本気で忘れてるの」


「だから、何が?」


思い出せない。


「中本!」


「ひゃ、ひゃいっ!」


まるで咎めるかのような宮古君の声。


けど、宮古君の表情にはそんな感じはなかった。


「た、誕生日、おめでとうっ!」


あ、そうだった。


私、今日が誕生日だったんだ。


「最近、バタバタしすぎてて自分の誕生日なんて忘れてたなぁ。ありがと、宮古君」


本当に嬉しかった。


中身の確認なんてしてないけど、それでも嬉しかった。


宮古君からもらえたということ。宮古君におめでとうって言ってもらえたこと。


何もかもが嬉しくてしょうがなかった。


そして、これからもこんな嬉しい気持ちと一緒に過ごしていくんだろうなって、思った。

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