第3話 あの人がそこにいない日

 白河さんに出会って半月、あれは月初だったからそれに伴って僕の職場も残り半月で店じまいってことかぁ。そして白河さんに会えるのも……いや! 連絡先でも聞いておけば店が閉まっても会えるチャンスはある! 早めに聞いておこうと決め、店で業務に入る準備をしていたところに電話が入った。


「もしもし! 敬太!」


「父さん? 珍しいね、どうしたの?」


「実は母さんが倒れたんだ……」


「えっ!?」


 父さんによると母さんは洗濯物を干しているときに庭で突然倒れたらしい。命に別状はないとのことだけどすぐ病院に来てほしいとのことだった。


「店長! 母が倒れたらしく、病院に向かいたいので早退させていただきたいのですが!」


「分かった。しばらく休んでも構わんから落ち着いたら一報入れてくれ」


「ありがとうございます!」


 更衣室で荷物を取って店を出た。いつものルートでデパートの出口へ向かう。フードコートも通り、急がなきゃいけないと思いつつ白河さんを一目……あれ? 今日はいないのか? まぁ、当然だけど何時いつでもいるわけないか。っと、早く行かないと!


               ◆◆◆


「ってことがあったんですよ」


「大丈夫だったんだろ?」


「まだ倒れたとしか言ってないですけど……」


「いや、もし最悪の事態になってたらもっと落ち込むだろ」


「そうですよね、まだ入院してますけど大丈夫そうです」


 母さんが倒れた日から五日、念のため看病で休ませてもらった分とシフトとの兼ね合いもあって四日休んで今日久しぶりにバイト復帰した。


「ここ四日は来てたんですか?」


「あぁ……いつも通り……だな」


「そうですか」


 今日も今日とて白河さんはざる蕎麦を食べている。でも今日は天ざる蕎麦かぁ、何かいいことでも? それともただの気まぐれかな? にしても僕が早退したあの日以外は毎日来ているってことは逆に考えるとなぜあの日は来ていなかったんだろうか? 僕が見たあの時はいなかっただけでその前か後にはいたのかな?


「そういえば、あと十日程でここでこうして会うこともできなくなるわけじゃないですか。疎遠になるのもあれですし、その……連絡先を聞いてもいいでしょうか!?」


 女性に連絡先を聞くなんて初めてだ。けど、この出会いをこのまま終わらせてしまっては後悔する。強くそう思ったから聞いてみたけど断られたらもう合わせる顔がない。


「ん~携帯持って……ん!?」


 携帯を探そうとしたのか、自分のバッグに手を伸ばした白河さんの様子が変わった。


「すまん、急用を思い出した。これ食ってもいいから片付けといてくれ、じゃあな」


「えっ!? ちょっ!?」


 食べてもいいんですか!? じゃなくて、一体何があったんだろう? 白河さんは顔面蒼白で帰っていった。せっかく久しぶりに会えたのになぁ。いや、それより急用とやらが悪い内容じゃないことを願っておこう。

 さすがに人間として、男として手を付けてはいけないだろうと思って天ざる蕎麦が残ったトレイを下げ、僕も食べ終わったカレーのトレイを片付けて帰ろうとしたとき携帯が鳴った。


「敬太! 母さんの容態が!」


「!!」


 昨日まで安定していたはず! それがまた何で!? とにかく病院に急がないと!


              ◆◆◆


 母さんの容体が悪化してから一週間。僕は棺に手を合わせていた。あれから母さんは調子が良い時には目を覚まして話をしていた。かと思えば調子が悪い時には息をする、心臓を動かすのがやっとという時もあり、そのうちに息を引き取った。

 父さんは母さんのことがとても好きだったこともあって憔悴しょうすいしてしまっている。見ていられず、僕は葬儀場の外で携帯をいじっていることしかできない。

 母さんは最後に調子が良かった時、三途の川でお母さん、つまり僕のおばあちゃんに会ったと言っていた。おばあちゃんは必死に「まだ来ちゃダメだ」と言っていたらしいけどついには叶わなかった。


 翌日、母さんは灰になった。父さんは相変わらず憔悴していたが小さく、か細い声で「いつか、近いうちに立ち直るからちょっと待ってくれ」と言った。数日でとか言わない辺り数日で立ち直れる自信はないんだろうけど、そこは気長に待ってあげようと思う。

 それから父さんは母さんが生前に書いたという手紙をくれた。


 敬太


 この手紙を読んでいるということは私はもうこの世にいないのでしょう。あなたが社会人になるまで見届けてあげられなくてごめんね。短い間だったけどあなたとお父さんに出会えて、一緒に過ごせてよかった。

 短かったといっても最後の数日生きられたは雅子さん、あなたのおばあちゃんのおかげかな。というのはこの入院期間の間、雅子さんに会ったことが一度だけじゃなくあったの。その度に川(これが言ってた私が思うに三途の川)を挟んだ向こう側で「まだ来ちゃダメだ」って言ってくれたの。そうして目を覚ますと調子が良くなってて、あなたと会話することができたのよ。ちょっとでも思い出を残させようとしてくれたのかな。

 敬太、社会に出ても強く生きるのよ。壁にぶつかってもあなたなら大丈夫! あと、お父さんはすごく落ち込むと思うけど励ましてあげて! それからおばあちゃんとおじいちゃん、それと私にもたまには手を合わせてほしいな。それからそれから……もう、書き終わらなくなっちゃうな。最後に一つだけ! 私を送る一連の行事はみんなに泣いてほしくない! 笑っていてほしい! だからみんなに笑ってくれるように伝えて!

 今までありがとう! 幸せだったよ!


 p.s.もうすぐでお店閉まっちゃうんでしょ? まだ間に合うのであれば最大限お店に恩返ししときなさいね、私はそれを望んでるから。


 母より


 ……ごめん母さん、泣いてほしくないっていうのは守れなかったよ。でも、これ以降は泣かないし周りにも周知する。それと店のことも……


「父さん! 明日明後日バイト行ってもいいかな?」


「……」


 父さんは力なく頷いてくれた。父さんが心配ではあるけれど親戚も来ているしひとまず任せよう。閉店まであと二日、母さんの望みを叶えないと!

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