フードコートの常連さん

ロカク

第1話 人気のないフードコートで

 西暦二○十九年十月一日、人々はフードコートから姿を消した。理由は簡単、同じものを食べるにしても持ち帰って食べる(テイクアウトする)方が安いからだ。その差は本体価格の二%、僅かと言えば僅かだが塵も積もれば人生を左右する。

 そんな増税の波が僕、金井敬太かないけいたがアルバイト店員として働くアパレル系チェーン店がテナントとして入っているデパートにも影響を与えることになろうとは……


「お疲れさまでした!」


 仕事を終えて帰路に就く。のではなく、晩御飯を食べに行く。今日のようにいつもより帰りが遅くなったときは決まってフードコートで食べてから帰る。デパートの社長による粋な計らいにより、アルバイトにも配布される食事券を使えば週一はタダ同然で一食食べることができる。


「おばちゃん、カレーよろしく」


「ケイちゃんいらっしゃい! サービスしとくよ!」


 僕のように残業してから食べに来る従業員もいるので、デパート全体が営業を終了しても食堂はある程度の時間まで開けてくれている。


「お待ちどおさん!」


「ありがとう」


 注文したつもりのシンプルカレーからだいぶボリュームアップしたカレーが乗ったトレイを受け取ってフードコートの中央に陣取る。おっと、水を忘れてはいけない。僕は「カレーは飲み物理論」に関して飲みたければ飲めばいいと思うけど、カレーは水と一緒に味わうべきだと考えるからだ。


「いただきます」


 手を合わせてまず一口、うまい。続いて二口目、と行きたいところだが最高の二口目には彼らが必要だ。そう、福神漬けとらっきょうを投入するため視線を上げる。


「……ん?」


「うわぁぁぁぁああああ!!」


 いつの間にか向かいの席で女性が座ってざる蕎麦そばを食べている!? 僕が気付かずにこの席に座ってしまった? いや、この席に座った時フードコート自体にお客さんは居なかったはずでは!? ということはこの人僕が居ること分かってて向かいに座ったってこと!? 怖い!!


「すすすすいません! 僕あっちに行きますんで!」


 どちらにせよこの席から離れなければ自分の身が危ない!


「まぁ待ちなよ、座りな」


 何故!? この広く誰もいないフードコートで何故見知らぬ人と一緒にご飯を食べなければならないのか!? でもなんか逆らえなくて、立ち上がろうと中腰になっていた腰を再び下ろす。


「あんた、カレーよく食べるの?」


「そう……ですね、あなたのは……」


 しまった! この流れだと会話しなければならない。とはいえ、沈黙するとそれはそれで辛い。それに、この人ジャンクフードが主食ですが何か? と言わんばかりにガラが悪いのに実際はざる蕎麦を食べている。その対比が何か気になった。


「蕎麦だよ、子供の時から好きでね。うまくない? 蕎麦」


 うまいのは分かる。にしても、そこは人の好みじゃないのだろうか? 一応頷いておく。


「あんた歳は?」


「二十二です」


「大学は?」


「行ってます。来年三月で卒業ですけど」


「へー、すごいじゃん」


 ん? 一体何がすごいんだ? 大学名は言ってないし、三流大学だ。その三流大学にも特に高い志を持って入ったわけでもなく、すぐ社会に出たくなかったから引き伸ばすために入っただけだ。大卒って言えた方が世間体もいい、それだけだ。


「あたしの周りはほとんど大学行ってなかったからさぁ、あたしも行ってなかったんだけど。だからと言って大したことは……あっ、もう今日終わっちゃうじゃん! んじゃ!」


 いつの間にか食べ終わっていたすのこ? が敷かれたそばの器が乗ったトレイを持って女性は立ち上がった。


「あっ!」


 トレイ返却口へ向かって一歩進んだところで何かを思い出したらしい女性は再び戻ってきた。


「あたし白河雅子しらかわまさこ、またな!」


 白河さん……か、ぶっきらぼうだけど頼れる姉さん感があって心地よかった。また会えるといいけど彼女もこのデパートに入っている店舗の従業員だとすればもらっている食事券は月に四枚、一月ひとつき三十日として四で割ると七・五分の一以上で食べに来ている計算になる。そこは僕も同じなわけだけどフードコートここを見に来るだけならタダだ。もし食事券がなくても買えばいいわけだから一緒に食べればいい。時間に関しては積極的に残業を引き受けて、帰る時間を遅くしよう。これでまた会えるはずだ!

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