第7話 雨

 野党、と呼ぶべきか。

 明らかに私をサキと知って襲ってきた二人組の遺体を調べるルーさん。

 私はあまり見たくなくて、座り込んで足元の草を見つめていた。


「ルーさん、なんで私狙われたんですかね」

「さっき言った覚醒ってやつは悪魔族しか使えないからね、狙われても仕方ないさ」

「でも、たくさんいる悪魔族の中で、なんで私を?」

「それは……わかんないな、ただ、これだけの戦力を登用するのには疑問があるなぁ」

「これだけの戦力、ってどういうことですか?」

「オラオラしてた方、額に赤い目のような刻印があったでしょ?」

「ありました」

「あれはホムンクルス……いわば人造人間を製造した時に刻まれるものなの」

「ホムンクルス……」

「人を造る、なんて恐ろしいよね、皆この刻印を代償、って呼ぶ人も多いよ」

「なんで人を造るんですか? 人なんてそこら中にいるのに」

「魔法が三種類しか使えない、そこがポイントなんだよね」

「……?」

「つまりは、魔法を何種類でも使える人間を造れば、戦争でかなりの戦力になるってこと」

「ってことは、さっき襲ってきた短髪の人は魔法を何種類も使えた、ってことですか?」

「そういうこと」


 赤い目の刻印は危ない。

 そう覚えておこう。


「今回の襲撃は偶然とは考えられない、相手もサキの存在を知った上で探してたんだと思う」

「やっぱりそうですよね」

「これからもこういう襲撃が増える……としたら厄介だなぁ」

「私達、あまり戦闘は向いてないですからね」

「近くの街のギルドで用心棒でも雇うか……? いや、そんなんじゃ頼りないなぁ、うーん」


 ぱっぱっ、と手についた汚れを払いながら、終わったよ、と私の前に駆け寄るルーさん。

 はい、と返事をして顔をあげ、私も立ち上がる。

 本当に、怖かった。

 これからもこんな怖い思いをするのか。

 なんで、だろ。

 私なにもしてな……いや、した。

 本来悪魔族は魔族と同様に、他種族との交流をせず、独立して暮らしていた。

 戦争の引き金になりうるからだ。

 だけど、私は。

 それでなのかな、とも思ったが、じゃあなんで悪魔族以外の奴らが私を襲うのか。

 どちらにせよ、私の行動がなにか引き金になってしまったのかな、と自分を責めてしまう。


「大丈夫、今度はちゃんと守るから」

「……ありがとうございます」

「絶対だよ、この身を滅ぼしてでもね」


 私はこく、と頷いた。

 本当は嫌だ。

 あなたがいなくなって私だけ生きるなんて、そんなの嫌だよ。

 でも、それくらい大事に思ってくれてるっていうのは嬉しかった。

 でも、不思議だな。

 出会ってそんなに時間も経たないのに、なんでお互いこんなに想いあってるんだろう。

 それこそ、運命なのかな。


「そろそろ行こう、嫌な風が吹いてる」

「嫌な、風……?」

「うん、じっとりした風」


 なんのことだろう、と思って歩きだすと、すぐに答えが顔をみせた。

 ぽつ、ぽつと落ちた雨粒はやがて音をかき消すほどの雨量になった。


「ね、嫌な風が吹いてたから」

「あの流れだとまた襲われるのかと思いました」

「そんなの私にはわかんないよ」


 なんか拍子抜けだ。

 てっきり、ね。

 いや、一瞬かっこいいなっておもったけど、じっとりもただただ風が湿ってただけと考えるとちょっと笑えてくる。

 何一つ嘘をついてないのに。

 私が勝手に変な勘違いをしてたことに気づいて、笑みがこぼれる。


 いつの間にか雨とともに恐怖は洗い流されていた。

 ルーさんの魔法で葉っぱを肥大化させて雨宿りをする。

 今ならいけるかな、と左手の甲をルーさんの右手に二回軽く当ててみる。


 すると、二回こんこん、と返されたあと、ぎゅっと手を繋いでくれた。

 なんだかドキドキして、もっとルーさんを感じたくて。

 ゆっくり指と指を絡ませてみる。

 どうしたー? といじわるな笑みを見せ、強く握ってくれた。

 あぁ、なんて素敵な人なんだろう。

 横顔をじっと見つめてみる。

 まつ毛が長いなぁ。

 唇も、つやつやでぷるぷるだ。

 肌、綺麗だな。

 髪も手入れがいき届いていて、つやつやしている。

 少し雨に濡れて前髪からぽつ、と落ちる雫、その一滴すら美しく見える。


「なんか、ついてる?」

「あっ、あ、いや」

「そっか」


 ぎゅっ、ぎゅっと信号を送るように手を握ってくる。

 私もぎゅっ、ぎゅっと返してみる。

 ふふふっと笑うルーさん。

 これが、幸せってことなんだな。



 雨はそれほど長くは続かなかった。

 先程の襲撃のことなんて無かったみたいに、安心感で包まれていた。

 さぁ、歩きだそう。

 怖くても大丈夫、あなたがいるから。

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