Quest12:新装備を購入せよ

◆◇◆◇◆◇◆◇


 本格的な資金稼ぎが始まった。

 早朝から夕方まで森で狩りをして、夕方から深夜まで魔道士ギルドで翻訳に励む毎日だ。

 早起きは辛かったが、2人で1日600ルラ稼げるようになったのは大きい。

 雨の日は朝から深夜まで翻訳作業に没頭した。

 巨乳ウェイトレスに心配されるような毎日だったが、2週間が過ぎる頃には6000ルラを手にしていた。


「ユウ、そっちに行ったよ!」

「分かりました! 術式選択! 氷弾アイス・ブリット×10!」


 優は一角兎に魔法を放つ。

 一角兎は地面を蹴って逃げようとするが、優の魔法は範囲攻撃だ。

 氷弾は一角兎とその周辺を凍りつかせた。


「なかなか様になってきたね」

「そうですね」


 優は茂みから出てきたフランとハイタッチし、一角兎の解体に取り掛かった。

 氷弾はビジュアル的に氷の礫を撃ち出す魔法なのだが、実際には攻撃対象を凍りつかせる魔法である。


「氷弾は使えますね。毛皮を傷付けずに済みます」


 短剣でテキパキと一角兎を解体する。

 毛皮をリュックに押し込み、魔晶石と角は別の袋に入れる。

 なかなかの収穫だが、これでは600ルラに届きそうにない。


「フランさん、もう少し頑張りませんか?

「まだ、余裕は――ッ!」


 フランは槍を構え、森の奥を睨んだ。

 地図上に表示された黄色の三角形が凄いスピードで近づいてきていた。


「ユウ、油断するんじゃないよ!」

「もちろんです!」


 沈黙が舞い降りる。それは単なる静けさではなく、息苦しさすら感じさせる。

 ガサガサという音が森の奥から近づいてくる。

 音が途切れ、そいつは姿を現した。


「Pigiiiiiiiii!」


 そいつは牛ほどもある猪だった。

 体毛は血に濡れたような光沢を放ち、牙は怖気が走るほど鋭い。

 しかし、猪は優とフランの間を走り抜けて何処かに行ってしまった。

 優は胸を撫で下ろし――。


「一息吐いてるんじゃないよ!」


 フランの一言で新しい黄色の三角形が近づいてきていることに気付いた。

 先程の猪と同じか、それ以上の早さだ。

 そのくせ音がしない。

 特別なスキルを持っているのだろうか。

 黄色の三角形が赤く染まる。こちらに敵意を持ったということか。

 赤い三角形がスピードを落とし、ゆっくりと近づいてくる。

 だが、地図上ではすぐ近くにいるのに見えないのだ。


「……この展開は」


 この展開は映画で見た。

 地図には表示されているのに姿は見えない。

 そこで天井裏を確認すると、無数のクリーチャーが――。

 優が上を見ると、ピンク色の口内に並んだ恐ろしく長い牙が見えた。

 そいつはあっと言う間に優に巻き付き、木の上に連れ去った。

 ユウ! とフランの声が下から聞こえてきた。


「へ、へ、蛇!」


 そいつは巨大な蛇だった。

 とにかく巨大で、力が強い。

 巻き付かれているだけなのに全身の骨が軋んでいる。

 蛇は一気に優の肩に食らいついた。

 何かがドクドクと体に流し込まれる。

 毒だ。

 この蛇はこんなに大きいくせに毒まで持っているのだ。

 全身が熱くなったが、すぐに治まった。

 毒無効が効果を発揮したようだが、安心してはいられない。

 蛇の力は少しずつ強くなっているのだ。

 毒は無効にできても、このままでは絞め殺されてしまう。


「じゅ、じゅつ、術式選択! 氷弾×100!」


 視界が白く染まる。

 一角兎を凍結させた10倍のMPを使ったにもかかわらず、蛇は動いている。

 だが――。


「力が緩んだ! もう1回! 術式選択! 氷弾×100!」


 蛇は2度目の魔法に耐えられずに地面に落下した。

 衝撃が全身を貫く。


「ユウ、しっかりしな!」


 フランは蛇の口をこじ開け、優を引きずり出した。


「なんてこったい。どうして、こんな所に大毒蛇がいるんだい」

「……か、肩が」

「くっ、毒消しを買っとけばよかったねぇ。弱気になるんじゃないよ! あたしがすぐに街まで連れて行ってやるからね!」


 フランは優を抱き締めて叫んだ。

 目が潤んでいる。

 1ヶ月にも満たない付き合いなのに悲しんでいるのだ。

 毒無効のスキルを取得していると言い出しにくい雰囲気だ。

 だが、ここで切り出さなければ大事になってしまう。


「あ、すみません。毒無効のスキルを取得したので――」


 優は最後まで言うことができなかった。

 フランに投げ捨てられたのだ。


「ま、紛らわしい真似をするんじゃないよ!」

「ごめんなさい」


 優は素直に謝った。

 女性と付き合ったことはないが、涙目の女性にはどんな言い訳も通用しないと考えたからだ。

 ふと地図に黄色の円が表示されていることに気付いた。


「フランさん?」

「分かってるよ」


 フランは立ち上がり、槍を構えた。


「あ~、先に倒されちまったか」


 場違いなほど陽気な声が響き、フランは槍を持つ手から力を抜いた。

 声のした方を見ると、4人組の男女が立っていた。

 冒険者ギルドで見たエドワード御一行だ。


「あんた達が生け捕りにしたのか?」


 エドワードはゆっくりとこちらに歩み寄り、木を見上げた。

 大毒蛇が隠れていた木は霜が降り、幹が縦に割れている。


「スゲーな。これはそこの坊主がやったんだろ?」

「無我夢中で」


 優は体を起こし、その場で胡座を組んだ。


「ああ、忘れてた。俺は勇者エドワード、盾を持った顰めっ面がベン、残念な胸の魔女っ娘がシャーロッテ、爆乳神官がアルビダだ」


 エドワードは爽やかな笑みを浮かべて言った。

 冒険者ギルドでは不破の盾、爆炎の魔女、大地の癒やし手と呼ばれていたのに酷い紹介だ。


「僕は小鳥遊優です」

「あたしはフランだよ」


 フランは油断なく4人を見つめている。


「そんなに警戒しないでくれ。俺達はそいつの所有権を主張するつもりはない」

「えーっ! 追い詰めたのはあたし達じゃない!」


 シャーロッテは不満そうに頬を膨らませ、エドワードの腕にしがみついた。

 ぐいぐいと胸を押し付けている。


「実際に仕留めたのはユウだろ? 元々、暇潰しで始めたクエストなんだからみみっちいこと言うなよ」

「そうは仰りましても1週間も森を彷徨って、収穫がないのは流石に」


 アルビダは深々と溜息を吐いた。

 不破の盾ことベンは無言だ。


「こっちは怪我までしてるんだ。ただで譲る訳にゃいかないよ」

「やる気なの?」

「止めろ」


 エドワードが杖を構えたシャーロッテを手で制す。


「ユウはどうだ?」

「……新しい装備が欲しいので、譲りたくはないです」


 うん、とエドワードは頷いた。


「ただ、幾つかの質問に答えてくれれば5000ルラで譲ってもいいです」

「よし、乗った!」


 エドワードはどっかりと腰を下ろした。


「どんな質問だ? 答えられる質問なら答える。ああ、でも、シャーロッテの胸のサイズを聞くのは止めてくれよ。仲間の名誉は守りたいんだ。ちなみにアルビダは120センチメートルある」

「聞いてないですよ!」

「でも、気になっただろ? こういう時は礼を言うもんだぜ」

「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 優がお辞儀をすると、エドワードもお辞儀をした。

 恥ずかしいのか、アルビダは顔を真っ赤にして俯いている。


「他には?」

「ここからが本題ですが、エドワードさん達はヘカティアのダンジョンも探索しているんですよね?」

「ああ、俺達が到達した29階層が一番深い。まあ、すぐにでも記録を更新されちまうかも知れないけどな」

「あたし達の記録を簡単に抜ける訳ないじゃない」

「記録ってのは抜かれるためにあるもんだ」


 エドワードはシニカルな笑みを浮かべる。


「悪ぃ、話の腰を折っちまった。続けてくれ」

「実は……僕はヘカティアのダンジョンで家族とはぐれてしまったんです。僕の家族を見ませんでしたか?」

「かも知れない? ああ、ユウもタケルと同じ転移者なんだな」


 エドワードは不思議そうに首を傾げていたが、すぐに事情を理解してくれた。

 流石は勇者を名乗るだけのことはある。


「う~ん、俺達は29階層まで行ったが、くまなく探索した訳じゃないんだ。アルビダ、何か気付いたことはあるか?」

「いいえ、私達が29階層までに遭遇した不死者アンデッドは全て冒険者でした」


 今度は優が首を傾げる番だった。

 どうして、不死者の話が出てくるのだろうか。


「ダンジョンで死んだ人間種の魂は肉体から離れられずに不死者になるんだ。二度目の死を与えるか、昇天ターン・アンデッドの魔法で塵に返すかしないと魂は解放されないのさ」


 血の気が引いた。死んでいるだけならまだしも成仏することもできず、ダンジョンの中を彷徨い続けているというのか。


「……あ、あの」

「俺達はこれからもヘカティアダンジョンにトライするつもりだ。何か情報を掴んだら伝えるし、遺品があれば渡す」

「……エドワード」


 シャーロッテが不満げな声を漏らす。


「ありがとうございます」

「5000ルラの代金としちゃ妥当だろ。よし、シャーロッテ。こいつを捕縛して、冒険者ギルドまで転移だ」


 エドワードが立ち上がったので、優もそれに倣う。


「転移にはユウとフランも含めてくれ。すぐに分け前を渡したい」

「分かったわ。天壌無窮なるアペイロンよ、縛れ縛れ縄の如く、我が敵を縛める縄となれ! 顕現せよ、捕縛陣バインド


 シャーロッテが杖を振ると、青白い光の輪が大毒蛇を拘束した。

 まるで縞模様みたいだった。


「天壌無窮なるアペイロンよ、繋がれ繋がれ回廊の如く、我が歩く道となれ! 顕現せよ! 転移テレポーテーション!」


 浮遊感に襲われて目を閉じる。

 目を開けると、そこは冒険者ギルドの前だった。


「よし、行こうぜ」


 エドワードは親しげに優の肩を抱くと歩き出した。

 冒険者ギルドの中に入ると、無数の視線が優とエドワードに向けられた。

 エリーは立ち上がって目を白黒させる。

 エドワードは周囲の混乱などお構いなしに受付の前に立った。


「大毒蛇を捕獲してきたぜ」

「ユウ君! どうして、エドワードさんと一緒にいるんですか? それに肩の傷は?」

「俺達が大毒蛇を追い込んで、ユウが氷の魔法で動けなくしたんだよ」

「確認してきます!」


 エリーはカウンターから飛び出して外に向かった。

 叫び声が外から聞こえ、エリーは興奮した面持ちで戻ってきた。


「確認してきました。5000ルラずつでいいですね?」

「ああ、等分ってことで話はついてる」

「すみません。これもお願いします」


 優はリュックから一角兎の皮と角、魔晶石を取り出してカウンターに置いた。

 エリーはカウンターの内側に戻る。

 待つこと5分――優の前には5550ルラが置かれていた。

 フランと等分するので目標金額には届かないが、大きく前進した。


「エドワードさん、ありがとうございます!」

「いや、お前の実力だよ。機会があったら一緒に冒険しようぜ?」


 エドワードが拳を突き出してきたので、拳をぶつけ合う。


「またな」

「はい!」


 優はエドワードに頭を下げ、外で待っているフランの下に向かった。

 フランの前で立ち止まり、手の中にある硬貨を見せる。


「フランさん! 金貨ですよ、金貨! えっと、2人で等分したら――」

「いや、金貨はアンタのもんだよ」


 フランは300ルラを手に取った。


「でも、儲けは等分する約束ですよ?」

「大毒蛇を捕まえたのはアンタの力だよ。あたしは何もしていないんだ。これで金を受け取ったら、あたしの嫌いな搾取になっちまうよ」


 でも、と言いかけ、あることに気付いた。


「じゃあ、すぐに鍛冶屋に行きましょう!」

「ああ、必要なのは1万だったね。けど、今日は店じまい――いきなり引っ張るんじゃないよ!」


 優はフランの手を取って走り出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「ったく、今日は店じまいだって言ってるのに扉をガンガン叩きやがって」

「約束の1万ルラです」


 優はぶつくさと文句を言うドワーフを無視してカウンターに金貨を置いた。

 ドワーフは軽く目を見開いた。


「おでれぇた。本当に金を稼いできやがった」

「運が良かったんです」

「で、あっちの娘さんが鎧を着るのか?」


 ドワーフは値踏みするように目を細めた。

 へ~、とフランは感嘆の声を漏らしながら壁に飾られた剣を見ている。


「ユウ、どれを買うつもりなんだい?」

「こっちですよ!」


 優はフランの手を引き、ワインレッドの革鎧まで案内する。

 フランの表情は期待から落胆に変わった。


「ちょいと古すぎやしないか?」

「そんなことないです! この店に初めて入った時に直感しました! この剣と鎧こそ、フランさんに相応しいと!」


 フランは微妙な顔をしている。


「がーはっはっ!」


 何が面白かったのか、ドワーフは大声で笑い始めた。


「目利きは小僧の方が上のようだな」

「そんなにいいものなのかねぇ」


 フランは納得がいかないらしく首を傾げる。


「小僧! お前の男気に免じて、俺が一世一代の大仕事を見せてやる! スカーレット! スカーレット!」

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるわよ!」


 奥から出てきたのは小柄な少女である。

 ドワーフも小さいが、この少女――スカーレットは輪を掛けて小さい。

 髪と瞳はブラウン、肩までありそうな髪を適当な感じで縛っている。


「こいつは俺の娘でスカーレットってんだ。嫁に出したんだが、戻ってきやがってな。こんなんだが、服飾の腕は一流だ」


 スカーレットはそんなこと言わなくていいのにと言いたそうな顔をしている。

 しかし、娘がスカーレット――赤系統の名前ということはドワーフもそうなのかも知れない。

 カーマイン、バーミリオンは名前っぽい感じがする。


「でも、バーミリオンさん。こんなにしてもらっていいんですか?」

「構やしね……俺はおめぇに名前を教えたか?」

「初めて会った時に教わりました」


 もちろん、嘘である。

 まさか、本当にバーミリオンだったとは。

 事実は小説より奇なりとはよくぞ言ったものである。


「お金のことは気にしなくてもいいわよ。父さんは気に入った相手には採算度外視で物を作っちゃうの」

「馬鹿野郎! それが職人ってもんだ!」

「ほらね。改めて挨拶するわ。スカーレットよ」

「小鳥遊優です」


 握手を交わすと、スカーレットは軽く目を見開いた。


「何か?」

「何でもないわ。じゃ、すぐに寸法を測っちゃいましょ。完成は一週間後になるけれど、いいわよね?」

「あたぼうよ! 俺を誰だと思っていやがる!」


 答えたのはバーミリオンだった。


「よろしくお願いします」


 優は深々と頭を下げた。

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