第109話 娘を守る方法は一つではない

 話が途中になってから数日後、ようやく事務所の男性をつかまえて、気になっていた母子の話を聴いた。

 奇跡が起こった話ではなかった。

 小さい子を連れて、三か月最後まで頑張れたという程度の内容だった。残念だった。


 神様の町で暮らし始めて、一週間が経った頃。

 昼に、雅楽会の会長から電話があった。

「暑い中、娘さんを連れて大変やろうなと思って、私なりの思いを書いて、手紙を書いて送ったから」

「奥さんが諦めてくれたら、すべて丸く収まる話なんやけどな。親一人で、子供を育てていくのは、大変なんやから」

「親権が向こうで、監護権がこっちという形で、痛み分けで実利を取ってくれたらいいのに」

 電話を切る前、最後の一言が心に残った。

「神さんが、奥さんの気持ちを、ちょっと変えてくれたらいいのになぁ。神さんなら、気持ちを変えるくらい簡単やろうになぁ」

 その夜、不思議なことがあった。

「神さんが、奥さんの気持ちを、ちょっと変えてくれたらいいのになぁ」

 その一言を思い出した。

 瞬間に、長いあいだカチコチに固まっていた自分の気持ちが氷解した。


 狂った妻から、娘を守らなければならない!

 そう信じていた。


 娘を守るためなら、どんなことでもしよう!

 そんな思いしかなかった。


 狂気の家庭裁判所から、娘を守り通さなければならない!

 家裁の執行官に、絶対に娘を傷つけさせはしない!

 国家権力の横暴から、娘を守らなくてはいけない!

 そんな思いで、必死に戦ってきた。


 もしかしたら…、

 父である私が娘をずっと抱え込んでおかなくても、大丈夫なのかもしれない。

 ふと、そう感じた。


 娘を守る方法は、他にもある。

 確かに、そう感じた。


 頭の中で固くこわばっていた思いが、すうっと、ほどけた。

 娘を守る方法は、一つだけじゃない。


 そう思い直した時、追い詰められていた気持ちが楽になった。

 悔しいけれど、変わったのは、妻ではなく、私自身の気持ちだった。


 神さんに会えた。

 なんとなくだけど、そう感じている。

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