第106話 娘と私の旅立ち

 愛犬クーが天国に旅立った翌日、娘と私も旅に出た。人身保護の結果が出るまで身を隠すことにした。

 しばらく旅に出ることを弁護士に伝えると、「人身保護の反論として、現時点での監護権の審判を求めるつもりです」と言っていたが、何の根拠もない時間稼ぎでしかなかった。すべてが終わったあとで確認したところ、「ただ出しただけで、裁判所からは音沙汰無しだった」そうだ。


 ここから先、最後に家庭裁判所に戻るまでのお話は、すべてフィクションとして扱ってください。他の人に同じ方法を推奨することなどできないし、マネできるものでもないし、してほしいとも思わない。

 今の私がお奨めするのは、「子供のことを第一に考えるなら、裁判所になど絶対に関わらないでほしい」ということだけ。なぜなら、家庭裁判所は家庭の維持や子供の健全な成長などに一切配慮しないからです。


 Where there is a will, there is a way.

 意志あるところに道は開ける。


 その人それぞれの道があります。それぞれの運命と強い意志、そして不思議な縁が、その人の人生を決め、道を拓くのだと信じます。


 家庭裁判所は、一切の事実を考慮せず、母親の主張だけを判断材料とします。

 当時、娘の状態を適切に判断し、娘を守ることができるのは、実際に育児をしていた私しかいませんでした。

 父である私から離れない娘を手放したら、あの母親、幼児期に仕事が忙しいという理由で他家に預けられ、愛着に傷を負った妻と、同じ人間を作り出してしまう危険がありました。法廷でろくにしゃべれない負けっぱなし弁護士により、人身保護も負けがほぼ確定していました。


 さて、ここからはフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


 まずは、勤務していた会社の経営者である高校時代の同級生に、退職を願い出た。そして裁判の状況を説明し、ある宗教を頼って身を隠すことを伝えた。

「どこや?」

 直球で聞いて来る。

「K地方」

 答えをぼかして伝えた。

「Tか!」

 当たりだった。

 友人に迷惑がかからないように、かなり広い地域名を言ったつもりなのに。

 驚いて、何と返していいのか迷った。

「なんで!? ようわかるね」

「それぐらいわかるよ。あそこなら助けてくれるかなと思って」

 結局、休職扱いになった。生活に困らないようにという友人からの配慮だった。彼には、今も心から感謝している。

 以前、日本の伝統芸能に憧れて、雅楽を習ったことがある。どこかに龍笛を習えるところがないか探したら、市役所で地元の雅楽会を紹介され、ある宗教の教会を訪ねることになった。

 そこで二年余り雅楽を習い、才能の無さを痛感し遠ざかっていたが、結婚後、雅楽会の会長さんと育児の講座で再会。その後何度か妻の精神状態を相談するようになっていた。その御縁で娘との旅を決心したのだ。

 この時点では、この先どうなるのか、私にはまったく分からず、予想もつかない。

 誘拐で刑事告訴されているから、いつか逮捕されたら、刑務所行きだなと考えた。どこまで落ちていくのか見えないが、奈落の底は刑務所と想定した。母親のように、娘を狂わせないために、自分の人生をドブに捨てる覚悟だった。

 母親の声以外は耳を貸さない家庭裁判所、母親の主張を正当化するために調査報告書に嘘を書く調査官。人身保護で負ければ、また強制執行が始まる。司法には、正義も真実も存在せず、道理も常識も通用しない。娘と娘の心を守れるのは、父である私だけだ。

 旅立ちの前夜、仏間に置いた衣装ケースに座り、のんきに足を組む娘の写真が、今も手元にある。

「おとうさんといっしょに行く」

 娘の言葉だけが、私の正義であり、真実だ。

 そこから先は、海外なのか、刑務所か。五里霧中、暗中模索の旅立ちだ。

 結果的には、海外でも刑務所でもなかったが、当時は人生のどん底がどこなのかが見えず、ただ娘を狂人にしたくないという意志だけが、闇夜を照らす小さく頼りない灯火だった。

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