第13話 妻、暴走
娘一歳の年の秋。
なかなか寝つかず、娘を抱いて夜のドライブに出かける日が多くなった。
いつも妻が運転し、私が娘をベビーキルトにくるんで抱っこして、後部座席に座る。一度、妻が運転に不平を言ったため、私が運転手をしたことがあったが、泣く子を抱くのがしんどかったみたいで、運転は常に妻の役目になった。
ある晩のドライブでの出来事。
両側を田んぼに挟まれた暗い農道を走っていると、妻が急に大声を出した。
「契約社員なんて、まともな仕事じゃない! あんなものを仕事やと思ってるんか! 実家の父親もあきれているんや!」
時速八十キロ以上のスピードで暴走し始めた。加速するエンジン音に負けない大声で、妻はわめき立てた。
正社員での採用が決まらないのには、わけがあった。
年末までの契約で勤務しながら、正社員の求人を探していたが、ハローワークでもらった求人票を妻に見せると、給料が安いことなどを理由に挙げて不平を言うため、応募できるのはいつも好条件で応募者も多い会社に限られていたのだから。
私は娘をしっかりと抱きかかえながら、「やめてくれ!」と何度も頼んだ。娘は静かに私の顔を見つめていた。静かで落ち着いた娘の眼差しだけが、救いだった。
「お父さんが、私を守ろうとしている」
まだ話せないが、ちゃんと状況を理解してくれているような気がした。
車を止めて言い争いになったため、私はすばやく車を降り、実家のほうへ歩き始めた。実家までは三十キロ以上も離れているが、妻から離れたところで、携帯電話で親に連絡をしようと考えていた。
しばらくすると、妻が車で追いかけてきて、「早く乗れ!」「早く乗れや!」と何度も叫んだ。
仕方なく車に乗り、自宅に向かって走り出した。
踏切で電車が通過するのを待った。
電車が通り過ぎ、踏切を抜ける時、妻は私に聞こえるように嫌味な口調で言った。
「そのまま踏切に突っ込めばよかったな」
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