第6話 徹夜明けのコーヒー
結婚した年の秋に、妻は妊娠した。出産予定日は翌年の四月だった。
妊娠中は、妻が怒るたびに、おなかの子が暴れて腹痛が起きるらしく、「着火」の回数も減っていた。
三月、妻は会社を退職した。
四月の夜、妻は腹痛を訴え、私が産婦人科へ連れていった。家を出る前、妻に義母に連絡するよう伝えたが、なぜか自分の母親に遠慮し、病院へ着いて出産の準備が始まって、ようやく電話をしていた。
腰が痛いとうめく妻の背中を、私は一晩中さすり続けた。分娩室にも一緒に入り、出産まで妻の手を握っていた。
早朝、小さな小さな女の子を抱いた。
廊下では、私の両親、妻の母が待っていた。私の両親が嬉しそうに代わる代わる赤ちゃんを抱っこした。
同じ年の二月に、妻の姉が男の子を産んだ。義母は「姉と赤ん坊が二か月余り実家にいて、世話がつらい」と私の両親に愚痴を言った。
妻の父は来なかった。妻が生まれた時、「姉に続いてまた女の子だから」という理由で病院へ一度も顔を出さなかったそうだ。孫なら尚更なのだろうか。
私は、朝六時に自宅へ戻った。徹夜明け、一杯のコーヒーを飲んだ。
小さな小さな手を一生懸命に動かしながら泣く、我が子の姿が目に焼き付いていた。
涙がこぼれた。のどの奥から言葉にならない声がもれた。
感動なのだろうか。理由は分からない。
何か前世からの約束でもあって、ずっと娘の誕生を待っていたのだろうか。
やっと会えたという思いなのか。それとも、これからの出来事を嘆く涙だったのか。
ただ、涙があふれた。ただ、私は泣いた。
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