第43話 ラーナとサラ! エマとクレア2



 この島は一番近い陸地からも二千海里以上離れた場所にあり、周辺海域も含めて中央政府(正確には探索部)の占有区域となっている。

 この島の最大の特徴は外界とは完全に遮断されている点。転送システムやインフラ系統も島内で完結しており、連絡手段も衛星を介した指向性の電波でやり取りをしている。

 また必要な物資は支部から輸送機器を使って直接搬入される仕組みなので定期航路すら存在しない。

 勿論星系政府発行の地図にも載っていないし、海洋や空の移動に使用する機器に搭載されているAIにも、この区域だけは近寄らないように設定されてあるので惑星の住人は誰も存在を知らない。


 そんな幻の島だが施設自体はBエリア基地建設と同時期に造られた。

 当初から「職員の福利厚生」を目的としていた為、Bエリア主任就任予定だったサラの意向を存分に汲んだ保養施設で、探索部部員ならエリアを問わずいつでも誰でも利用可能としていた。

 ただ誰でもとはいえ探索部は組織の性質上、他部門に比べて人の比率が極端に低く、Bエリアに限っても全支部を含めて三桁に満たない。

 さらに費用や移動手段は部が全額負担してくれるとくれば「絶海のリゾート」しか利点がない当施設よりも、規模が大きく種類が豊富なAエリアの保養所の方がより楽しめる。

 なのでここは常に言葉通り無人島の状態だった。



 ここで探索者について少し補足を。

 探索者だが「適正」を備えている双子は女性が大半で、正規探索者で男性ペアがいるのはここBエリアだけで二組のみ。内一組は成人待ちなので「正規」ではない。

 探索者になる前段階である「候補生」には一定数の男性ペアがいるので「男性を排除している」という訳ではない。ただ単に「探索者としての適正」を兼ね備えた者が女性の方が圧倒的に多いというだけで「適正=素質」さえ満たしていれば性別を問わずに候補生育成施設を卒業できる。

(探索者として採用されるかはまた別の問題)。


 大半の職員が女性なのにも一応理由ワケがある。

 探索部設立よりもかなり前。探索者研究の初期段階で「適正」がある実験生候補生がたまたま「妊娠」をしたのだが、その後にその者の「適正」が完全に失われる事態が起きた。

 恋愛行為の段階では何も問題は無かった。だが体内に子を宿したとで能力を喪失してしまったのだ。

 その後、他の要因でも同様の現象が見られた。


 能力を失った理由は容易に想像がついた。それは探索者の「心」の問題。

 この問題は後に誕生する「探索部」に活かされることになる。


 人類にとって「貴重な存在」をその手の理由で手放してしまうのだけは防ぎたい。

 なので少しでもリスクを減らす為に、探索者と接する機会が多い基地や育成施設の職員は管理職を除き女性を配置していた。


 これら探索者に関わる権利の全ては探索部の「おさ」が決めたことであり部創設時から変わらない方針。


 話は変わるが当時唯一の男性ペアであったルイス&ルークの兄弟はローナ&ラーナペアと同様、元々はゼロエリア(現Aエリア)の所属。

 その当時、兄のルイスは不愛想、そして弟のルークは女性に目がない所謂「チャラ男」であり手当たり次第に口説くといった迷惑行為を周りに振り撒く問題児でエリア主任も頭を悩ませる存在だった。


 だがBエリア運用開始間近となった頃、移籍が決まっていた、兄弟からしてみれば(好みの対象外であり接点が殆どなかった)後輩のローナがルークに対して「矯正」を行った。結果、に手を出さなくなったのと同時に先の心配事が無くなった。

 その後ローナ姉妹がAエリアを去ってから然程間を置かずにBエリアへの「移籍辞令」が出て今に至るのだが……




 空を見上げれば直径百五十mの白い球体が2×3の計六つ、並んで浮ぶ、何とも言えない圧迫感。

 あれが故障でもして落ちてきたら逃げきれずにペシャンコにされるだろう。


「なんで男が一人もいない所を選ぶんだ!!」


 所構わず叫んでいる奴が一人いる。


「しょうがないでしょ~探索部は~男性が~いないんだから~」


 もっと言えば「女性」も少ない。


「そうじゃない! 今から普通のリゾートホテルに」

「え~~エマちゃんはどうするの~? 「最高機密」なんでしょ~? もしも~変な男にでも~連れてかれたら~どうするの~?」


「その心配はない‼︎ 大丈夫だエマなら‼︎」



 ──どういう意味やねんそれ……



 ピシッ



 周辺の「空気」が凍りつく。いや実際に気温が下がった訳ではない。五感が凍り付いたと錯覚したのだ。



 ──あっ……やべ……



 案の定、サラに向けラーナが威圧オーラを飛ばしていた。

 サラは自分が懲りずに虎の尾を踏んだことに気が付いたようで、一歩また一歩と迫り来るラーナを見て額から無数の冷汗を流し始める。


「い、いやな、エマはしっかり者だからな? 訳の分からん奴なんぞにはな? …………ま、まあ、今回は良しとしよう。うん、エマのためにも……な?」


 小声でドモリながらラーナに必死に弁解している。

 だが聞く耳を持たない、既に笑みが消え失せているラーナに一歩一歩と詰め寄られてしまう。

 離れた場所ではラーナの威圧に恐怖し、お互い抱き合い震えている仲間達が。何名かはラーナの「気」に当てられ倒れてゆく。



 ──あーあ、ラーたん怒らせちゃったよ……



 これで何度目だ? 全く学習し懲りない奴め。

 また治療カプセルに戻りたいのか? いやそれは困るので助け舟を出してやるか。

 後が面倒だけど……


「ラーたん?」


 反応がない。二人の距離は残り僅か。


「お姉ちゃん?」


 声のトーンを上げ「可愛らしく」囁く。

 するとサラに伸びた手がピクリと止まる、


 お? このパターンで行けそう。もうちょい!


「お姉ちゃん、だ〜いすき〜♡」


「エマちゃ〜〜〜〜ん、私もよ〜〜♡」


 ドス黒く濁った笑顔がキラキラ笑顔へと変わると、私の目の前に「瞬間移動」してきた。そのままラーナは自分の腰に掛けたポーチに手を伸ばすと何やら取り出してみせた。

 あのポーチは圧縮機器を兼ねている逸品で、任意の物が取り出せる仕様になっている。

 で、中身は彼女の化粧道具やらが……ではなくラーナが厳選した私とエリーの「服」しか入っていない。


「ん〜じゃあ〜今日はーこのお洋服にーしましょうねー♡」


 今回は子供服バージョン?


「わーい」


 ここで嫌な顔をすると過激な服へとエスカレートして余計に時間が掛かってしまう。なので抵抗は厳禁。

 昔どこまでやるかを確かめてみたら「ミロのヴィーナス」になっていた。

 まさか腰布まで準備しとるとは……


「お姉ちゃん、とっても幸せ〜〜♡」


 何で公衆の面前で下着一丁で着替えにゃならんのかね……

 でもまあ苦行の甲斐あって機嫌は直ってくれた。

 それと今回は一着で済んだよ……




「す、すまん。エマ」

「スマンで済むか全く! 毎回私達姉妹の身にもなって欲しいわ!」


 その場で着替え、乱れた髪を整えながら土下座いるに文句を言う。


「以後気をつける……」

「その言葉は何度目? 今日は子供服だったから良かったものを、いつになったらその性格直るの? 今度やったらローナに言いつけるからね!」


 こんな時でないと強気に出れない。ついでにストレス発散をさせて貰う。


「「ごめんなさい……」」


 ローナと言ったらラーナまでもが頭を下げてきた。

 まあこのくらいで勘弁しとくか。これ以上言って私に逆ギレされたら、一切懲りていないラーナがまた暴れてしまう。

 暴れて今更治療カプセル行きとなられてもこちらが困るし。


「そうよ~サラちゃんが悪いの~」

「あんたが一番悪い!」


 アンタがここを選んだからだろうに。

 かなり強めに脳天チョップをお見舞いする。


「痛~い」

「痛いのはこっち!」


 本当に手が痛かった。


「二人ともみんなに謝りなさい!」

「「ごめんなさい」」


 全く、着いた早々疲れるわ~


 さて、この子達どうするかな~

 担架二名、自力歩行不可三名。

 マキとシャーリーは以前ラーナの暴走を「見た」ことがあるから早々にダウンしたんだ。他の三人は未だにガクブル状態。可哀想に……

 とりあえず宿の人に運んでもらうか。


 宿の従業員は全員女性型の探索部製アンドロイドだった。ラーナが女性型を揃えるように手配したらしい。

 他にも特殊アンドロイドを遣すよう手配してあるそうだ。


 宿から出てきた五名の着物の上に赤い法被はっぴを纏ったアンドロイドが軽々と要救助者五名をお姫様抱っこで中へと運ぶ。

 その後を肩を落として力無く着いていく二人。

 その光景を見てため息しか出てこなかった。


 その二人の後をついて宿の前へ。すると違和感が。


「……あれ? 何か雰囲気が違う?」



 エマとエリーは以前一度だけここに来たことがあった。

 着任後一年経過した時にお祝いとして初有給を取り、一泊の予定で二人揃ってここへ来たが、彼女らにとってあまりにも「しょぼ」すぎたので、一時間も経たずにエリーと共に基地へと引き上げてしまう。

 余程楽しみにしていたのか、帰るなりサラやローナ達に「温泉が無い!」と一時間近く文句を言い、最後には二度と利用しないと皆の前で誓ったのだ。


「そこまで拘りがあったのか」と知ったサラは(エマ姉妹には内緒で)急ぎ本部に掛け合い、趣味嗜好を調べさせた上で一から作り直させた結果が今の形となるのだが、原因となった当の本人達は趣味に合わない施設の事は記憶から消し去った上で、事もあろうか探索中に発見した天然湯や資材を自艦内に取り込み湯殿を創り上げてしまったのだ。

 しかも他の探索者もエマに倣えとこぞって自艦内に風呂場を作ってしまったために、もっぱら職員専用の保養所に成り下がってしまい、サラの行為が徒労に終わってしまったのだ。


 ここまで言えば分かると思うが、実はこの保養地はサラや探索部がものであり、紆余曲折を経てやっとその役目を果たせる時が来たのだ。



 そんな苦労を知らぬエマが最後に暖簾をくぐる。

 中に入るとロビーの隅に十畳の寛ぎ畳スペースがあり、五名はそこに寝かされていた。

 見たところ放置しとけば直ぐに回復しそうだ。


 サラとラーナの二人には罰として、全員回復するまで付き添いを命じた。

 その間にカウンターに向かい、古代さながらの受付けを済ませる。


 冷たいお茶ウエルカムティーをもらい、ソファーに腰掛けながら空間モニターで館内図を見る。

 因みにここは探索部管轄の施設。なので空間モニターが普通に使える。


 客室は全て露天風呂付きの一人用個室。

 お風呂はバルコニーに置かれた総檜風呂。

 島の周りは海。だから塩化物泉なのは納得。しかも天然源泉掛け流しらしい。


 この泉質は保湿・保温効果が非常に高いが風呂上がりは少しベタベタするのが難点。

 私は「お湯さん」には申し訳ないが、上がる際には洗い流すことにしている。

 何故かと言えば、流しても効果は変わらないし、むしろサッパリしてるのに体がぽっかぽかしてとてもハッピーな気分になれるから。


 人によっては流さないでそのまま上がるのが「通」と言う者もいるが、そんな人でも日焼けした場合は洗い流す。

 でないと次の日には刺激が強すぎて変な趣味に目覚めてしまうので。


 えーと、私のプライベートルームは……良かった。シッカリとした対人システムが備わっている。

 折角の個室。これならゆっくり過ごせるね。


 宿の周辺……いや島内の陸上には完全自立型のF系四足歩行お喋り戦車型ロボットと、眉毛が太いG型超S級スナイパーアンドロイドが隠蔽迷彩状態ステルスモードで多数配備されていた。

 これなら関係者以外の者が島内に運良く辿り着けたとしても即時発見、殲滅の憂き目に遭うだろう。


 残りの周辺海域と上空の守りはアルテミスらが担当するそうだ。



 ──ってどうしてそんなに警戒してるの? どうせなら私の部屋周りに隙間なく配置して欲しいわ。



 え〜と横道逸れちゃった。

 館内の設備はと……

 大浴場と露天風呂は……こちらは単純泉か。でもとっても広いのね。

 百人入っても大丈夫?


 それと露天風呂は混浴なのね。

 まあ貸し切り状態だから問題なし!

 お、岩盤浴もあるの? これは楽しみ。

 あとは……定番のエステにカラオケに卓球。

 クレアと後でエステにでも行きましょうかね。


 ん? そろそろみんな再起動し始めたぞ。

 一部記憶が飛んでいる者もいたが、概ね問題なさそうね。


「そんじゃ夕食まで自由行動ね。泊まる部屋は自分で調べてね〜」


 サラもラーナも居ることだし、皆には申し訳ないが今日くらいは邪魔されずにまったり過ごしたい。

 なのでサッサと移動しよう。


「まっ、待ってエマ〜〜」


 後ろに気配を感じて振り向くと、クレアが青い顔でフラフラとついてきた。


「どうしたの? 辛いなら休んでれば?」

「そういう訳には……大丈夫。私も一緒に行く」

「護衛のこと? ここなら大丈夫。これだけ重圧な布陣なら部外者は入って来れないって」

「ええ、私もさっき防衛態勢は見た」

「なら少し休んでからゆっくり温泉でも浸かって」


「だから……貴方と一緒にいたいの!」

「え?」


 見つめ合う二人。


「邪魔だ」


 二人して声がした方を向くと、サラが腕を組みニヤケながら立っていた。

「イチャつくなら他でしろ」と言い捨てると私達の間を擦り抜けて行く。


 その言葉に二人して真っ赤な顔になってしまう。

 意識しだすと恥ずかしさが止まらない。


「い、行こっか」

「う、うん」


 俯きながらそそくさと逃げるように部屋へと向かった。



 浴衣に着替えてクレアと合流。


「今日は寛ぐぞーー!」

「おーー!」


 先ずは岩盤浴から。

 岩盤浴は先ずシャワーで体を洗う。これは鉄則。

 その後に作務衣を着る。因みにここのは白色。

 勿論下着は身に付けない。

 髪はタオルで纏めた。


 部屋に入るとせせらぎの効果音が聞こえる明るい部屋で少し驚いた。

 大抵は薄暗い雰囲気の部屋が多く室温も高め。

 だがここは室温も二十四度と平均よりも低め。

 実は低めの方が代謝もゆっくり進むので、身体に負担が掛からず長い時間楽しめるのだ。だが何故だか採用している施設は見掛けない。


 理由は……回転率が悪くなるから?


 寝転ぶ場所は黒鉛珪石こくえんけいせきを使っており、厚手のタオルとタオルを畳んだ枕が置いてあった。さらに床から三十cmほど高くなっていた。

 寝転ぶ場所は台になっている方が、床や通路と同じ高さよりも衛生的に感じる。

 まあ気分の問題、かもしれない。


 岩盤浴台は部屋の中央の通路を挟んで左右に10ずつの計20。

 各台との間は約50cm程。その間の壁側には「転送台」が設置されており、いつでも冷たい飲み物を呼び出せるような気遣いがなされてあった。


 私達は丁度中間辺りの岩盤浴台に横並びで寝転ぶ。


 台の温度は40度前半と若干熱く感じるが室内温度が通常よりも低いのでちょうど良い。


 先ずはうつ伏せで十五分。次に仰向けで十五分。


 ここで驚愕の事実が判明する。

 隣りで気持ち良さそうに寝ている者はうつ伏せにしろ、仰向けにしろ山が雪崩を起こさずそそり立っているではないか!



 ──ええぃ、情報部の山脈はバケモノか!



「私だってうつ伏せなら負けない!」と無謀にも単なる丘にも関わらず対抗意識を燃やしてみたが、飽きっぽい性格が災いし、岩盤浴の気持ち良さに負けて寝落ちしてしまう。

 クレアが起こしてくれなければ何時迄も寝てたかもしれない。


「ふぁーーよく寝た」


 クレアを見るとこういうのに慣れていないのか、大汗かいて茹蛸状態。しかもその汗のせいで山頂付近が透けるというオマケ付き。

 さらに細い垂れ目を「とろ〜ん」とさせながら息を荒くし「なよなよ」しながら私を見ている。

 そんなクレアを見ていたら自分の動悸が早まってゆく。



 ──飲み屋なんかでこんな顔されたら、男はみんな野獣になるな。間違いなく。


 という私もなぜだかムズムズしてきた。

 周りに「薔薇」が咲き出しそうなほどに。



 ──いかんいかん! 私はノーマルだぞ!



 と自分に言い聞かせながら起き上がり、冷たい麦茶を呼び出し一気に飲み干す。

 ついでにクレアにも無理やり飲ませた。



 ──うん、この瞬間が堪らんたい!



 クレアの目にも落ち着きが見られた。どうやら正気に戻れたようだ。

 残念……ではなく次に行こう!


 因みにギンギンに冷えたビールでは無く麦茶にしたのはこの後にはまだお風呂が控えているから。

 ビールは最後のお楽しみにとっておく。



 ん? 床にコップが置いてあるよ。

 誰だ? ちゃんと返却しない奴は……

 しかもこのコップ、泡が残ってる。

 さらにアルコールの臭いが……

 もしかしてクレアさん、あんたかい? 見かけによらず酒には弱いのか?


 ナヨナヨしてた理由はそれなのね。



 ……ま、いいか! 次はエステだエ・ス・テ!

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