第19話 頑張れマキ!


 ・・・・・・




 エマ達がDエリア基地に着いた頃、マキとノアの艦は今回の最終捜索目標である二重惑星に接近していた。



 ここシャーリーとエリスが来たであろう宙域は自分達が所属しているBエリアの縄張り。当然だがエマ達が向かったDエリアよりも近い。

 なのでエマ達が跳躍中に目標宙域に到達。そのまま調査を開始していた。


 リーダーを任されたマキは捜索するに当たり、二人が離れて行動するのは危険と判断し、付かず離れず通信に支障が出ない、さらにお互いの姿が認識出来る範囲内の距離を保っての星系内精密探査を行った為、想定以上の時間を要した。


 ただその甲斐あって? 星系の隅々まで調査が行えてしまったので二人の痕跡は見当たらない、という残念な結果が確定してしまった。


 何も見つからなかった結果にマキはほんの少しだけ落ち込んだ。

 片やノアは普段と変わらずの表情。というかノアは姉妹共々普段からマイペースで皆の前で感情の起伏は見せない。なので今がどういった精神状態なのか、マキにら全く読めなかった。

 気持ちを切り替え次の目標である「遺跡」がある二重惑星に向け移動を開始した……



「さてどっちやったか? 遺跡があるのは」


 全方位モニターには暗闇の中、程よい大きさだった二重惑星が徐々に大きくなってゆく。


「こっちやで〜」


 マキの艦AIの「ハナちゃん」が串の形をしたアイコンを陸地面積が多い方の惑星に突き刺す。

 その姿はまるで「タコヤーキ」そのもの。


 因みに「ハナちゃん」とはマキが自艦AIに与えた愛称で女性人格。

 エマの「アルテミス」やエリーの「ミケちゃん」さらにランの「シャルロット」と同様に『人と同じ個性』を持っている。


「おおすまんな〜。で、遺跡はどこ?」

「これやこれ。これで間違いあらへ〜ん」


 新たに現れた空間モニターに映っていたのは、山に囲まれた狭い領域にある谷間の一角。森林の僅かに開けた場所に廃屋と呼ぶに相応しい建物が二つ寄り添うように佇む姿が。


「これか……」


「遺跡」の数値が出ている建物は10m×10mくらいの正方形の建物。簡略図によると土台の上に屋根の大半が崩壊して落下しており既に元の姿を残していない。

 隣には家だった? 建物があり、こちらは所々崩壊しかかっているが、骨組みとなる柱が多いせいかほぼ原形を保っている。

 ただこちらは数値上では「遺跡」ではないので調査対象からは外すことにした。


「あの星にあったアレと似とる……」


 数日前に目撃したあの建物を思い出す。モニターを食い入る様に見ていたところに……


『……うっきぃーーーー!』


 ノアが突然「紙」を破いて暴れ出した。


「うぉ⁈ ノアやどないしたん?」

『……集中できん、ぞ‼︎』


 B4サイズの紙があっという間に紙吹雪に。


「へ、ごめん……って何がや?」

『……ペンが進まん、のだ!』


 フンフンとお怒り気味のノア。


「ペン? ……一体何しとん?」

『……見て分からんの、か? 仕事、だぞ?』


 そんな事も分からんのか? と呆れた表情。


「おう、確かに今は仕事中やな。で、何しとん? アシ二号?」


 アシ二号とはノア艦のAI。マキ達のような性別の設定はしておらず、AI黎明期れいめいきのような話し方をする。

 因みに二号と呼ぶからには「1号」も存在する、が今は主人共々行方不明。


『先生ハ今、原稿ノ〆切ニ追ワレテイマスデス』

「ほほう、先生は絶賛仕事中か」


 マキの眼差しがジト目に変わる。


『……おう。ネタに詰まった、ぜ!』

「何が「ぜ」じゃーーーー‼︎」

「アカンマキ! 素人相手にマジツッコミ入れたら!」

「あかん? ハナちゃんや、これがツッコまずにいられっか!」


 お笑いの性には逆らえない。


『……そう「アカン」のです。このままだと、奴が……「担当」が……来るぞ、っと』

『ヒッ、先生! モウ時間ガ! トリアエズ「ネーム」ダケデモ……』


 はい?


「って、原稿取りにくるんでないんかい⁈ なのにまだ「ネーム」やて?」

「ハナちゃんまで……もうええよ」


『……付き合い悪いぞ、っと』


 発言に合わせてコロコロと表情を変えていたがノアだが、最後にやれやれと両手を軽く上げるジェスチャーをしながら溜息をつく。


「ウチが悪いんかい……」

「そやマキが悪い。せっかくアシ2号ノッてボケてくれたんやし?」


「ううう、ハナちゃんまで……」


 嬉しくて悲しくて涙が零れる。


『……マキ? 泣いてないで仕事する、ぞ』

「ウチ……頑張って仕事してるやん」

『……はいはい、お姉さんには分かってる、ぞ。あまり気合い入れすぎる気張ると疲れるぞ、っと』


 どうやら相方ボケ役不在のマキの為に気を使ってくれたらしい。



 四人が和気藹々わきあいあいとくっちゃべっていた合間に取り敢えずの探査が終了。遺跡直上の静止軌道上に移動して集めた情報を艦AIに精査させることにした。


 その結果が空間モニターに逐次表示されていく。数値は事前ミーティングで見せられたモノや偵察艦が測ったと大差なく、数値上では「遺跡」と言えるだが、どの数値も基準となっている値よりも若干低く感じられる。

 それでも一般的にはあり得ない数値なので「遺跡」と呼んでも差し支えない。


 なので規則に従い報告して帰還する……訳にはいかない。

 その規則には今回の様な「報告する上司が不在の場合」については書かれていない。

 イレギュラーな事態も想定されていないのか、対応マニュアルすら存在していない。

 トドメは「遺跡」とは何なのかもすら探索者には知らされていない。なのでおかしいからといってこれ以上は何も出来ない。


「なあノアや「遺跡」っなんやろ。考えてみたら見つけて報告した後の事は全く聞いてへんよな?」

『…………』


 モニターから目を離さずに呟く。

 対するノアは空間モニターに集中しているようで返事をしない。


「あんな廃屋に何の価値があるんやろ」


 独り言の様に続ける。


「これら見るまでは、こう……もっと古代文明の……なんつーか超文明? 的なもんが眠っちょると思うとったんやが。それがこんなんやったとは」

『…………』

「しかし、ホンマ皆どこ行ってしもたんや」


『……マキ?』


 やっと返事が。見れば視線はモニターに向けたまま。


「何や?」

『……これ見て』


 マキの前に空間モニターが。そこにノアが見ている映像が表示される。


「足……跡か?」

『……多分。最近だ、ぞ。これは』


 映っていたのは地表。「遺跡」がある場所から数百m離れた場所に僅かに開けた空間があり、そこから「遺跡」の脇にある建物の手前まで「小道」が通じていた。

 その小道雑草が生い茂っているが人の目では判別し難い、探索艦なら判別可能な「足跡」が一人分、往復しているのが見て取れた。

 また草が生えていない家の周りの土の地面の部分には判別可能な足跡がくっきりと残されている。

 特に家の手前の足跡は、暫くそこに留まっていたかのように乱れが見てとれた。


 と、突然二人のモニターに足跡の注釈が追加表示された。


<サイズ22.5cm/女性/体重不明/靴跡の形状=探索者専用宇宙服と同一>


『……アシ二号。どう思う、か?』

『ココノ環境ヲ考慮シテモ、三日以内ニ出来タ足跡ト思ワレマスデス。下ニ降リナイト、コレ以上詳ワシクハ分カリマセンデス』

『……マキ』

「何や?」

『……あの廃墟の方と手前の地表を調べたい、ぞ』

「う〜ん、どうやろ。何も起きへんよね……」

『……やってみないと分からん、ぞ? 心配なら「イルス君」を使う、けど』

「なんやそれ?」

『……先生、ソレナラ「クモガクレハンゾウ君」ノ方ガ』

「そやから何それ?」

「小型探査機や。ノアの自作品やろ?」

『……さっすが〜ハナちゃん、だぜ〜』

『大半ハ私ノ体ヲ使イマスデスヨ』

『……で、マキや。返答は如何に、な?』

「出来ればここは手―出さんほうが……現状維持しとく方が……」

『……心配性なマキの為に「イルス君」を用意した、ぞ。彼なら立派に任務を遂行してくれる、ぜ』



 雰囲気が似通っている。

 には触れてはならない、どこか近寄り難い雰囲気を感じる。そんな気がする。


 エマは接近禁止と言っていた理由。それは自分の二の舞を避ける為。

 エマは何かヤバい事に巻き込まれている。そんな気がする。


<こんな大変な時にリスクを負う行為は避けた方がいい>


 そうは思うが何の手掛かりも得ずに、手ぶらで帰る訳にはいかない。

 せめて同期で親友でもあるシャーリーの手掛かりくらいは見付けたい。

 誰か一人でも見つかれば何かが分かる。



 ──よし、今回の行為をエマに咎められたら「自ら接近しなければええと思ってた」と言い訳すっか。ヤバくなったら逃げればええだけやし。



「……分かった。やってみ」

『……イルス君任せた、ぞ』


 アシ二号艦の外装の一部が水滴が垂れる様に分離し、惑星に降下していく。

 全長十m程の水滴は成層圏を通過後には巨大なお皿の様に広がり、空気抵抗を最大限利用して減速。地上から一km程の高度に達すると、今度は反重力推進による緩やかな降下に変わり、廃墟の真上で球体となり停止した。


『……そんじゃ~作業~かいし~』


 ノアの合図で目標物である廃墟がある地面よりもさらに大きく広がると、地面に向いている面から黄色の光が照射される。

 一分程、特に目立った変化も無く照射を終えると再度水滴型へと戻り、今度は反重力装置を使い衝撃音を盛大に撒き散らしながら一気に大気圏外へとジャンプし離脱を果たす。


 大気圏外に出ると反重力装置を停止。慣性航行に切り変えそのままアシ二号へと激突し無事役目を終えた。


『先生、バッテリー残量ガギリギリデシタデス』

『……うん。今度は単三じゃなくて単二にしようか、ね』

『並列二個搭載ノ方ガ安心デスネ』


 呆気に取られていたマキには、二人の会話が理解出来ない。

 ただが、何も起きずに済んだと安堵していた。


「終わったか? そんで何したんや?」

『……地下三mまでの物の位置・形状の記録と「この惑星由来の物ではない、あってはならぬ物質」の採取と選別を同時にやった、ぜ』

「ノア、あんた凄いな……」

『……ふっ、誉めても無駄だ、ぜ』


 ほんの少しだけ照れている。


「で、どや? 何か分かったか?」

『現在簡易チェック中。アト10分程オ待チ下サイマセデス』

『……すまんなアシ二号、よ。お前にばかり働かせてしまって、の〜』

『私ヨリモ先生ハヨロシイノデスカ?』


『……ハッ』


 焦り顔でペンを持ち直すと再びカリカリと絵を描き始めた。

 一人残されたマキは回収物の結果が判明するまでやる事がなかったので、先日ハナちゃんに預けた「ポロ」で買った蜂蜜がタップリと入っているクッキーを用意して貰う。

 このクッキーは小さな子供に大人気のお菓子でいつも品薄状態のヒット商品。動物の顔の形を模した、小さくてとても可愛らしい形のクッキー。


 マキは何を隠そう、小さくて可愛い系が大好き。

 ただ自分のキャラと合わないと思い込んでいる為、誰にも言えずコソコソと楽しむしか無かった。

 こんな趣味だからと姉にすら言えず、唯一知っているのは相棒のハナちゃんだけ。そのハナちゃんはマキの趣味を温かく見守ってくれている。



 ──今ならちょっかい出すやつはおらん!



 そ〜と包みを開け中身を一つ取り出す。

 それを見た瞬間顔がトロけて思わずため息が漏れ、さらに周りには花まで咲き始めてしまう。 


 いっそ食べないでこのまま見える所にでも飾っておきたい衝動に駆られる。

 暫くの間、愛おしそうに眺めた後に意を決して口に運ぶ、が食べる事が出来ずを三回程繰り返す。


 最後は泣く泣く口の中へ。


「うまか〜♡」


 目から嬉し涙が大量に溢れ出た。


 もう一つ口へ。


「……最高や♡」

『……最高、や♡』


 どこからか声が聞こえてきた。

 至福の顔のまま首だけ声がした方へ向けるとそこにはミニターが……小さなウサギの形をした和菓子を一個、箸で摘んで食べている姿が。


「な、何やそれ!」


 目がウサギの和菓子に釘付けとなる。


『……ん? 欲しいの、か?』


 何度も頷く。


『……なら交換、こ』


 お互いの艦を接近させ軽く接触。接触した箇所で「お菓子」の交換が行われる。それぞれの手元に届けられた。


「な、何やこれ……めっちゃ……可愛いいやん♡」

『……マキがくれたお菓子も、めっちゃ可愛い、ぞ♡』

「ノア……」

『……マキ』

「あんがとな」

『……どういたしまして、だぞ』


「……えがったの〜マキ」


 ハナちゃんの涙声が聞こえた。



『……結果ガ出マシタデス。合計三人分ノ毛髪ガ検出出来マシタデス』


 採取結果をアシ二号が報告をしてきた。


『……三人分? 三人ここにおった、と?』

『……同時期デハアリマセン。毛髪ノ色素ガ風化デ抜ケ落チテイタモノガ二名分。ゴク最近ノ毛髪ガ一名分デス』


 採取した毛髪の画像がモニターに表示される。二本は風化のせいか赤茶げてボロボロだ。

 もう一本は金髪で形がはっきり分かるほど綺麗な状態。


『現場ニ残サレテイタ足跡デスガ、簡易型反重力シューズヲ使用シテイタヨウデ、身体的特徴ハ推定不能デス』

『……という事は間違いなく探索者、だな』


 金髪の探索者はそこそこいる。

 うちのエリアだけでも四人。


 アリス&エリスは金髪。

 ルークは元は黒髪でシャーリーは逆に元は金髪と二人は染めているだけだ。


 他エリアまで含めたら十数人単位になるだろう。

 ただ何度も言うがここはBエリアの縄張り。他エリアの者が断りもなく入ってきたりはしない筈……絶対とは言い切れないが。


「シャーリーは……今は黒か。残るはシェリー、それとエリスとアリス?」

『……かも、ね』

「ここでは誰のか調べられへんの?」

『……流石に無理、だ。設備が整っている基地に帰ってから、だぞ。でもね分析してもメインAIのデータが消滅しちまったので人物特定は当分出来ない、かも?』

「そうか。他にやれる事あるか?」

『……もうない、かもかも』


 集合締め切り時間までまだ充分な余裕がある。やれる事があればと思ったが。


 もう一度遺跡を眺める。

 動くモノもなく静寂が支配する廃墟。程なく全てが自然に埋もれてしまうだろう。


「……なら帰るか」

『……うん、帰ろ、っと』


 後ろ髪を引かれつつ漆黒の円錐型になり闇へと消えていった。





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