彼女は遠い昔の推しと再会するようです。
今日も疲れた身体を引きずって、スマホと共にベッドに潜りさっさと消灯。部屋を照らすのは、目の前にあるスマホ画面の小さくもキツい明かりだけだ。
もはや日常に染みついた無意識の動作でスマホをいじり、馴染みのSNSをざっと確認後、そのまま小説投稿サイトへ。トップの新着小説のリストに軽く目を通した後、自身の作品ページへとたどり着いたところで、ようやく私の就寝前のノルマが一通り終わる。
「今日も読者様の目立った反応は無し、と。うん、平和が一番だ」
私はちょっぴりブラックな会社に勤める昨今どこにでもいる社会人だが、一応は字描きの端くれでもあるのだ。と言っても投稿サイトの片隅でくすぶる有象無象のアマチュアの一人でしかないのだが。
ペンネームは『
別に童話やSFめいたロマンを詰め込んだわけでもない。星の数ほどの微細な幾多の作品を
昔からの習慣で創作は続けている。突発的に湧き上がる創作意欲めいた情動を慰むべく駄文を書き散らしては、こうして投稿サイトに置いてはいるものの。実際のところ創作行為への情熱も名声欲も高いとは言えない。
昔はそうじゃなかったのかもしれないが……少なくとも今は、日々の生活で心を濁らせる
ここに置いてある作品は、物語ですらないのかもしれない。命と愛情を与えられなかった言葉の墓標だ。私は毎日墓守の仕事をこなしているにすぎない。
と。
投稿サイトのすっかり見飽きたレイアウトの中、見慣れない派手なバナーが紛れていることに気付いた。
バナーには画風も世界観も違うキャラクターが所狭しと並べられ、『サービス開始キャンペーン中! 10連ガチャ無料!』と、ポップな大文字でデカデカと記されていた。
キャラの多さだけを売りにしているソシャゲのありがちな要素を詰め込んだ、実に陳腐でありふれた広告バナーだ。
「まぁたしょうもない改悪を……これだから手広くやってる企業は」
サイト運営の企業が妙な複合ビジネスをゴリ押しし始めたか。投稿サイトなんだから純粋に小説を扱う機能を快適にしてもらえればそれでそれで良いっていうのに。
――とはいえ。
「こいつはもしかすると……」
バナーにならぶキャラクターの中に見知った顔を見つけ、なんとなくそのバナーをタップしていた。これまた予想を裏切らない、ありふれたレイアウトのゲーム紹介ページに飛ぶ。
ソシャゲの名は『グリモア・オブ・アリステイル』
そこに書かれた概要を見るに、どうやらこのソシャゲ、数多くの作品の登場キャラクターを寄せ集めたクロスオーバー系のゲームらしい。紹介ページにずらずらと並ぶ作品名の中に、予想していた通りの名前を見つけた。
「あー、やっぱり。フォルスクロニクルのラフィア君じゃん懐かしっ」
『フォルスクロニクル』
数多くの英雄たちが織り成す壮大な年代記、という触れ込みで、とにかくたくさんのキャラが登場し、多種多様な人間ドラマを展開する――十数年前、ささやかなブームを巻き起こした長編シリーズの戦記モノシミュレーションゲームだ。
当時、中二病真っ盛りの学生だった私はその作品群とにかく大好きだった。寝ても覚めてもあの世界と登場人物に思いを馳せ、考察や空想が極まってぎこちない創作活動を始めたのもその時だったか。ハマるなんて生易しいものではない、あの作品こそが私の青春をどっぷりと染め上げていたと言っても過言ではないくらいだ。
「はあ、まさか今になって公式から供給がくるとはねえ。世の中何が起きるか分からないもんだ、と」
そんな浅からぬ思い入れから見事に釣られ、私は公式ページの『登場キャラクター』の項目までチェックしていく。
「――あ」
そして思いがけず、声を漏らした。登場キャラリストの中に並ぶ、ある名前が目に入ったのだ。
「マジか。あいつ、出るんだ……」
――魔剣士アル・レキーノ。
呪われた魔剣を携えた狂える少年剣士。長いシリーズの中、ごく短い期間に登場していたキャラだ。作中の歴史に深く関わるような出自も人間関係も持たないポッと出の新参者。年齢に見合わぬ剣と知謀の冴えで戦場を華々しくひっかきまわしたものの、結局は後続作品で登場した主役格キャラの活躍描写に消費されるかたちで、静かにシリーズから姿を消した端役。
でも。
狂者の視点から、正義の英雄然とした面々に痛烈な皮肉を飛ばす。なにより、狂気の合間に見せる、自我の浸食と死の恐怖に怯える弱い少年としての一面がとても愛おしくて。
そんな彼こそが、私があのシリーズで一番愛したキャラ……いわゆる『最推し』だったわけだ。
「しかしまあこんなニッチなマイナーキャラを持ってくるとは、通好みというか節操が無いというか……」
とはいえ嬉しくないと言えば嘘になる。原作シリーズ自体が発売されなくなって久しく、新展開や再登場などもう永遠に無いのだろうと思っていたのに、思いがけない公式からの供給だ。
(ソシャゲはあまり好きじゃないけど……ま、ちょっとくらい触ってみますか)
もし楽しめるような内容なら万々歳、仮にゲームが面白くなくとも、この喜ばしい再会を用意してくれた運営にお布施くらいはしてやるべきだろう。
というわけで、眠気でわずかに霞んできた思考と視界に鞭を打ち、さっそくゲーム本体をインストールし起動する。
……実のところ、推しとの再会がもたらした瞬間的な興奮の反動か、どっと疲労と睡魔が押し寄せていた。それでも、どうせだからせめて冒頭くらいは触っておきたい。もしかしたら今日のうちに推しキャラの姿を久々に拝めるかもしれないのだから。
幸いにも、さほど読み込みを待つことなくゲームがスタートし、最初の入力画面が開いた。
プレイヤーキャラの名前は『とわ』、と。こういう時ひらがな二文字のペンネーム兼ハンドルネームがあると流用が楽で良い。
次は……キャラの年齢設定? うわ、17歳までしかない。
よく見ると入力画面には少女と
「なんつー半端なキャラメイキング機能……」
と、こぼしてみたものの。別にキャラメイキングの自由度に強いこだわりがあるわけでもなし、とりあえず最高年齢の17歳にしておこうか。実年齢に多少なりとも近い方がいくらか感情移入しやすい、かもしれない。ほとんど誤差の範囲だが。
そうして入力を終えると、今度はどこかの風景が映し出された。
白い花の咲き乱れる夜の丘。その上空で蒼い満月が輝き、そこから輝くカードがいくつか零れ落ちた。
どうやらストーリーの導入もなにも無く、初っ端からガチャが始まったようで、そうして輩出された10枚のカードが次々ととめくられていく。
どこかで聞いたような者、あるいは全く知らない者。様々のキャラクターの描かれたカードがずらずらと並び、そして最後に――
★★★ [魔剣士] アル・レキーノ
「マジか、出やがったわ……」
レア度は星3つ、ランクで言えばレアとも言えないド真ん中に位置するようだ。初期実装の低レアはこういう出会いが容易なのがありがたい。最初のガチャでこの成果とは、今日は良い気分で眠れそうだ――
などと考えていると、画面にアル・レキーノの立ち絵がデカデカと表示された。これまたガチャゲ恒例、初入手のキャラの一言挨拶のようだ。
「くひひ、オレを求めるたァ、アンタもモノ好きですネ?」
(そうそう……こいつはこういうヤツなんだよ……)
原作通りの独特の口調と態度に、一種の安堵すら覚える。せっかくならその尊顔もじっくりと拝んでやりたかったのだが、立て続けの幸運過剰摂取で心身が完全に燃え尽きたのか、本格的に瞼が重い。強烈な眠気で意識も朦朧としてきている。
「さァ、ウサギを見つけちまったアリスちゃん。早く追いかけてきなヨ。アリスたる者、不思議の国にやってくるのが運命ってもんだゼ」
(なんだ、このセリフ……? なんか、変、だ……)
スマホからではなく、耳元に。息遣いと存在感を伴った彼の声がダイレクトに聞こえてきたような気がする。直後、睡魔にすっかり侵され鉛のように重く動かなくなった私の手に誰かが触れる感触があった。
普通ならば女独り暮らしのこの部屋に、他人の確かな気配があるなどと危険な異常事態なのだろうが、不思議と恐怖は全く無かった。眠くて危機意識が完全に麻痺しているのか……?
「オヤオヤ、おネムなのかいお嬢さん? まったく仕方ないデスねェ、ならばせめて良い夢を。次はウサギの穴で会おうじゃァありませんか」
私の脳裏にひっかかるそんな雑念をまるごと蕩かすように、あのクセのある口調の声が囁く。
ああ、そうか。これは夢。ならばこの不条理と妙に柔軟な自思考の適応力も納得いく。
そんなことをぼんやりと考えながら、私の意識はすとんと『落ちた』。
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