感情下手な神泉さんは、危機を救ってくれた目立たない彼にベタ惚れの様です〜素直になれません!〜
松原 瑞
第1話プロローグ
「お、おはよう……
「え……!? う、うんおはよう!?」
言えたあああああ! 仏頂面だったけどちゃんと挨拶できた私、偉い私スゴイ! おはようって返してくれた嬉しいどうしよう。
私の名前は
勇気を出して挨拶してよかった。初めて朝の挨拶したから驚いてたっぽいけど、でも返してくれて嬉しい。
ニヤけ顔が直らないので、思わず机の上に置いたカバンの中に顔を埋めてしまう。
「おはよう栞里、……何してるの?」
「醜い私の顔を修正しているところ」
「自虐的すぎない!?」
驚愕めいた声を上げ、スポンと私の顔をカバンから取り出す彼女の名前は
「栞里はちゃんと可愛いんだから、そんな奇怪な行動しちゃダメ」
「だって私、笑顔苦手だし、目もこんなんだし」
「確かに栞里はちょっとポーカーフェイスだけど、肩下まで伸びた髪は綺麗だし、そのつり目な三白眼は立派なチャームポイントだよ? くびれもあって足も長くて細いなんて、あたしからしたら贅沢者さ!」
「でも、ほとんどの人にいつも『怒ってるの?』って聞かれるよ?」
「まぁ、それは……そうねぇ……」
「そこは否定してくれないの!?」
そう、私はこの目つきと性格に大きなコンプレックスを抱えている。つり目な三白眼に加え、私は素直になることが非常に苦手なのだ。というか、どう感情を表現したら良いのかわからないのである。
この目つきのおかげでいつも怒っているように見える私は、笑うとまるで悪魔のようだった。どのくらい怖いかと言うと、中学の時の職業体験で幼稚園に行った時、子供たち可愛いなぁと思い微笑んだら泣かれたくらいだ。あ、思い出したら私が泣きそうになってきた……。
まぁ、そんな自分の笑顔が嫌いで、次第に自然な笑顔が作れなくなった私は、今まで恋なんてしたことなかったんだけど。
「まさか栞里が人を好きになるとはねぇ。彼、
「べべべ別に好きとかそんなんじゃ……!」
「栞里は可愛いねぇ」
焦るとただでさえ小さな私の瞳は、もっと小さくなってしまう。あぁ恥ずかしい。
「でも意外よね。栞里って倉敷くんみたいなのがタイプだったんだ」
「タイプって、別にそんなんじゃ」
「あ〜はいはい。でも倉敷くんてあんまり目立たないタイプよね。何と言うか、地味と言うか冴えないと言うか」
「……佐奈……?」
「や、ごめんごめん栞里。でもあたし、倉敷くんのこと二年になるまで知らなかったのよねぇ」
「……それは、まぁ私もだけど……。でも今は知ってるし、確かに目立たないだろうけど、あの人はとっても優しくて……」
「ヤダもう栞里ったら、ベタ惚れぇ!」
「だっ、だからそんなんじゃないの、もう!」
確かに倉敷くんはクラスの中心とか、派手なグループにいる人間ではない。でも、彼には他の人が持っていない優しさや勇気があって、それに触れた私が彼に惹かれるのは、もう必然のようなものだった。
「先週の始業式の日だっけ? 栞里が助けてもらったの」
「うん、あの時は本当にびっくりしたなぁ」
私が倉敷くんに恋をしたのは、つい先日。あれは忘れもしない始業式の朝__。
◇◇◇
〜一週間前〜
季節は春、桜も少し散り始めた今日は四月も初め。高校二年生となった私は春休み明けの始業式へと向かっていた。
久しぶりの電車は相も変わらずの乗車率で、ギュウギュウに押しつぶされていた。チラホラ同じ高校の制服が見られるが、やっぱりこの時間は通勤のサラリーマンたちも多い。カバンを抱え、できるだけ邪魔にならないよう心を無にして乗っていた。
いつものように満員電車に揺られ、あと数駅で学校の最寄駅に着くと言うところで、事件は起きた。
何やらお尻に違和感を感じるのだ。物が当たっているとか、擦れているとかではない。明らかに撫でられている。人の手で触られているのだ。
痴漢……初めての経験だった。よくテレビやネットで、実際痴漢に会うと怖くて何もできないと見聞きするが、正にその通り。密閉された空間、振り向くこともできず、視認することもできない環境で、見知らぬ人に自分の身体を弄られる。それはその手を掴むことはおろか、声を出すことすら難しく、恐怖は計り知れないものだった。
あと数駅で学校に着く。それまでの辛抱だと言い聞かせ、私はどうすることもできず、目を瞑り、静かに涙を流すことしかできなかった。恐怖で震える私の身体を嘲笑うように、その手は次第にお尻から太ももへ、そして撫でるように這う。私の恐怖はピークを迎え、嗚咽を漏らした。そして、誰に届けるでもなく、こぼすように、囁くように私は一言、
「誰か……助けて……」
すると、私の太ももを這っていた手は勢いよく天井へと向けられる。そして、震える大きな声が車内に響いた。
「ここここのひ人ちち痴漢でいしゅ! こここの人、痴漢しゅてましぃたヒ!」
噛み噛みで所々裏返っていたその声の方を見やると、同じ高校の制服を来た男子生徒が、私と同じように震えながらも、痴漢魔の手を掴んで天井に上げていた。
車内は軽いパニック状態に陥るも、周りにいたサラリーマンのおじさんたちや男子生徒が男を抑え、次の駅で降車した。
駅員に連れて行かれた男を尻目に、未だ恐怖で脚は震え、涙が止まらない私はホームで立ち尽くしていると、その男子生徒が声をかけて来て。
「あ、あの、大丈夫……じゃないですよね。これ、お水とハンカチです。よかったら……」
男子生徒がお水とハンカチを差し出した手は、よく見ると小刻みに震えていた。きっと彼も怖かったのだろう。仮に痴漢冤罪を吹っかけたら、彼の人生が終わっていた。目の前で痴漢が起きても、いざ声を上げるとなると相当な勇気がいるハズ。でも彼は、震えながらも必死に私を助けてくれたのだ。
震える彼の手をそっと握り、お水とハンカチを受け取る。
「あの、本当に……ありがとうございました……。あの、ハンカチ汚しちゃったし、何かお礼を……」
借りたハンカチで涙で拭き、俯きながら尋ねる。
ちゃんと相手の目を見てお礼を言わないのは本当は失礼なのだろう。ただ、私の眼じゃあ折角助けてくれた人に怒ってると思われてしまう。だから、私は俯いていたのに。
「お礼とか、そんな気にしないでください」
「え、で……でも! __あっ」
予想外の返事に思わず顔を上げ、完璧に目が合ってしまった。涙を流し、赤くなった私の眼はいつもより怖いハズだ。折角助けてくれたのに、怒らせたと思わせてしまうのは本当に申し訳ない。
「え、あ、あの、本当にその、気にしないでください」
「……」
なんでこの人は目を合わせたら顔を赤くして逸らしたのだろう。やっぱり怖かったのだろうか。
そうだよね。可愛らしい女の子ならこんな時、笑顔を見せるのだろうけど、私にはできない。私表情ないし、怖いよね。
「あの怖い思いさせてしまいすみません……」
「え、あ……、怖い思いって痴漢を捕まえたこと? いや、それなら本当気にしないで」
「いえ、私と目を合わせてしまったことです」
「え? 目を合わせて?」
「え?」
「え?」
再び、男子生徒と目が合う。すると、やはり顔を赤くした男子生徒はすぐに目を逸らし。
「あ、あの、すみません違うんです。あの、俺こんな冴えない見た目なもので、だから女の子とほとんど話したことなくて……。そ、それであの、あなたみたいに可愛い人に見られると恥ずかしくって……」
「か、かわっ!?」
可愛い!? 今この人、私のこと可愛いって言った!?
ボンッ、と頭から何かが吹き出した気分だった。男の人から可愛いと直接言われたことなどないし、ましてや目を合わせたのに……。
恥ずかしくて顔が火照る。きっとタダでさえ小さなな瞳はもっと小さくなり、ほとんど白目みたいになっているんじゃないか。
「すすすすみません俺みたいな奴に言われたら気持ち悪いですよね! 忘れて
くださいすみません!」
「……え、あ……」
「すみません!」
「いや、はい、別に……」
別にじゃないだろぉぉぉ! 喜べよ私ぃ! 可愛い何てほとんど言われたことないだろうメッチャ嬉しいだろう私ぃ! ……ほらぁ私が変な反応するから男の子涙目になっちゃったじゃん! 嬉しいって言わなきゃ、ちゃんと!
私が逡巡していると、気付けば駅員さんが来ていた。どうやら事情聴取があるらしく、私と男子生徒は駅員室へ連れて行かれ。
「あの……私、神泉栞里って言います。二年です」
道すがら、名前を名乗り。
「えと、俺は倉敷藤之助。俺も二年……です」
絶対さっきの根に持ってるよ目逸らされたよ今回は明らかに気まずそうに逸らしたよコレェ!
何とも言えない雰囲気のまま、その日は警察の方から事情聴取されるため、私たちは別々になったのだった。
「倉敷……藤之助くんかぁ。今時あんな正義感ある男の子、いるんだなぁ」
怯えながらでも一生懸命助けてくれた倉敷くんは本当に格好良くて、私は恋に落ちたのでした。
◇◇◇
「というのが、先週あったことだったよね栞里」
「回想はやめてぇ恥ずかしいからぁ……」
事件の翌日、学校へ行ったらクラス替えの結果、倉敷くんとクラスが一緒であったことに驚愕したのは言うまでもない。
おそらく倉敷くんも驚愕していたハズ。そんな顔をしていたもん。
「ところで栞里、結局何かお礼はしたの?」
「え、お礼?」
お礼って何のことだっけ? 佐奈に何かしてもらったっけ?
「アンタ……倉敷くんに助けてもらったお礼よ」
「あっ……!?」
肝心なことを忘れていた! 倉敷くんに片想いしてるなんて言っているくせにこれはヒドい!
「どどどどうしよう佐奈っ! 私何もしていないよどうしよう!」
泣きそうな気持ちを必死に抑え、佐奈の肩を掴みガクンガクンと揺らし立てる。
すると、佐奈は不敵な笑みを浮かべて。
「ふふふ、私に良い考えがある」
佐奈が胸ポケットからメモ帳を取り出すと、楽しそうに笑うのであった。
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