第35話:兄、説明する
「……つまり、馬車を使わないのはフレールがスールに頼んだことだと?」
人が行き交う街中を歩きながら、セザール様は怪訝そうに首を傾げた。
そんな仕草一つとってもイケメンなこと甚だしく、すれ違う女の子達がきゃーっと声を上げていくのを何度も背中で感じる。当の本人はそんな黄色い悲鳴に気づく様子もなく、俺の方ばかりを見ていた。
そのせいか、たまに俺のことを不思議そうに見る女の子もいる。
あのイケメン騎士様の隣に図々しくも立っている女は一体誰なのだ?と言わんばかりの視線である。妹にも見えないしな、関係性わからんよな。
ごめんなさい。
このイケメン騎士、あろうことか俺に惚れているようなのです。
タコ殴りにされそうな事実を胸に秘めつつ、セザール様の言葉に頷いた。
「ええ。側仕えになってからというもの、下女のころに比べて運動不足で……。それをスールお嬢様に相談したら、ならばとお使いを命じてくださったんです」
「ふむ…」
「お恥ずかしながら、肉付きが……おほほ」
「言うほど肥えているようには……んんっ」
そう言いながら俺の方を見たセザール様は、なぜか慌てたように顔を逸らした。
パードゥン?
首を傾げていると、こほん、と咳払い。なんか顔が若干赤いような気がするし、風邪でも引いているんかなこの人。
そんなことを思いながら見ていると、セザール様が口を開く。
「では、スールに言われて嫌々歩いているというわけではないのだね?」
「ええ。スールお嬢様は、私に良くしてくださっていますから」
「それなら、いいのだけど」
そう言いつつも、やや難しいお顔をされているセザール様である。
世界の修正力?強制力?とやらが、まーたうちの妹を悪者にしたいんだろうか。つーかこの前厨房で、俺とスールお嬢様の仲は良好だと認識したんじゃないのかセザール様。なんで心変わりしているんですか。
訝しげな気持ちが伝わったのか、セザール様は弱ったように頬を掻いた。
「お前の主人を、悪く言いたいわけではないのだけどね。以前のあの子は、私がフレールと話しているのが気に入らないようだったから。お前と話す機会があの子のお使いで減っている現状を思うと、つい邪推をしてしまって」
「キノセイデスヨ。オホホ」
思わず片言になってしまった。
スールお嬢様もというちの妹が邪魔しているのは紛れもない事実だから、その点に関してはフォローできねえ。その邪魔に俺も一枚噛んでいるというか、めちゃくちゃ共犯なんですごめんセザール様。
内心手を合わせていると、ふ、とセザール様が笑みを零す。
「私もまだまだ精進が足りない。お前となかなか会えないというだけで、邪推をしてしまうほど焦りを感じてしまうのだから」
そう言って、またも困ったような微笑みを浮かべた。
「…っ」
思わず息を呑み、視線を逸らしてしまう。
「フレール?」
「な、なんでもありません」
怪訝そうに問いかけてくるセザール様に、どもらないようにしつつ返事を返す。
イケメンずるいなー!超ずるいなー!
バクバクする心臓をそれとなく押さえながら、内心で舌打ちを零す。
モブ顔なら何言ってんだこいつと思われそうな台詞でも、国宝級のイケメンが口にするなら大変破壊力がある「お前のことが好きだよ」アッピルに早変わり。俺でさえドキッとしちゃったんだから、こんなんまっとうな女の子なら生涯惚れ込んでしまうだろう。そんなもんを不意打ちでぶつけないでほしい。
恐るべし人気上位の攻略対象……。
こういうのを連発されたら、そりゃあ推したくもなる。と思う。
っていうか、うん。
前世の記憶を取り戻してから、ロリなころから俺もといフレールに惚れているロリコンお兄さんみたいな色眼鏡でセザール様を見ていた。成長したフレールもちゃんと好きになるから厳密にはロリコンじゃないんだけどまあ、そこはおいといて。
他の攻略キャラと違って、ゲームスタート時から明確にフレールのことが好きなキャラだ(いー兄さんは特殊枠なのでこっちも脇に置いておく)。
だからこの人と一緒なのは大変気まずいし、拒絶反応みたいなのがあるのはなんべんも言っている通り。何せ俺の意識は男であるので、男から好意を寄せられるというのは基本的に悪寒が走ることなのだ。
しかし、一緒にいると嫌でも伝わってくる。
この人が俺、というかフレールのことが好きで、大事に思っていることが。
正直、色眼鏡とかでそろそろごまかすのが厳しくなっている。前世の記憶やゲーム情報で気まずく思ってはいるが、フレールという少女自身はこの人が優しい人だということをよく知っているのだから。
前も言ったけど、うちの妹に対しての悪感情が完全なる言いがかりじゃないのも扱いに困るというか。
過去のできごとを顧みてとか、誤解されそうなことを俺達がしているのが問題とか。疑いやすい指向性は世界様に与えられているにせよ、今までのように無から有を生むような言いがかりじゃないんだよなこの人のは。
つまりはまあ、二回の接触でだいぶほだされそうな俺がいるのだった。
浮気じゃない。
浮気じゃないからな!?
だが、俺は恋愛経験皆無なのだ。こうしてまっすぐな好意を寄せられてぐらぐらしないほど、俺のメンタルは頑丈にできていない。
あ、断じてセザール様を好きになりかけているとかそういうのではないから!
浮気じゃないから!大事なことなので三回言いました。
ほだされているっていうのはあれだ。無理にこの人避けなくてもいいんじゃないかっていう、あれだ。
今まではフィルターのおかげで避け続けることに罪悪感を抱かなかったわけだが、セザール様と話せば話すほど、なんかそれが申し訳なくなってくる。
あとさっきまでのやりとりから推察するに、変に避けようとすればするほど妹に嫌なフラグが立ちそうな気配を醸し出しているしな……。俺のバッドエンドルートとやらを回避するあまり、妹の破滅フラグが立ったら元も子もないわけで。
ここらへんは帰ったら要相談だな……。
「ところで。王城に行くとのことだったけど、どんなお使いなのかな?」
色々考えていると、不意にセザール様がそんな問いかけを投げかけてきた。
ごもっともな質問である。
もちろん、馬鹿正直に真実を答えるほど俺もアホじゃない。ちゃんとそこらへんの対策は妹と事前に練ってあるので、それを口にする。口にしたくないけど。
「スールお嬢様は、ジャン=ジャック・スペルビア王子とご懇意でありまして。しかし第二王子はお忙しい方なので、こうして私がスールお嬢様からのお手紙と贈り物をお届けにあがっているのです」
一部嘘じゃない。
前回も前々回も普通に伝え忘れていたが、クリスに渡した荷物には妹が書いた第二王子宛の手紙もばっちり入っていたりする。前々回の手紙の返事は来たので、問題なく第二王子に渡ったようで何よりだ。渡っていなくても俺としては一向に構わなかったけどな!
贈り物というのはまあ、王子にお届けにあがっているのは嘘じゃないので無問題。
側仕えのメイドやお抱えの職人が作ったものを贈り物にするのはこの世界だと一般的だから、俺が作ったお菓子を持参するのも不自然じゃない。つまり完璧な言い訳ということだ。
「そういえば、父上が話していましたね。第一王子と第二王子が、スールと交流を深めてくださっていると」
そこらへんの背景は、当主様からキチッと聞いているご様子。
セザール様も納得した表情で頷いた。
側仕えのメイドに行かせることか?と思うなかれ。仲介する人間を増やしたくないということで、信頼している使用人に言伝を頼んだりお使いに行かせたりというのも、この世界では珍しくないのだ。ここらへんは(妹が)リサーチ済みである。
なのでセザール様も、俺がお使いに行っていることを不思議そうに思う気配はない。しかし、少しだけ物憂げなご様子ではあった。
「……第二王子と懇意にしている、か」
ぼそりと、そんな独り言が零される。
……あー。
そういやこの人、家を継ぎたくない系の人だったな。
(俺としては断固としてそのルートは阻止したいところだが)スールと第二王子が婚約なんてした暁には、当たり前だが婿入りなんて発生するわけもなく。そうなると、必然的にセザール様にお鉢が回ってくるわけで。
一瞬セザール様と結託して第二王子ルートを阻止したくなったが、それやると俺がセザール様ルートに入りかねん、っていうか間違いなく入る。
クリスは応援派だからなあ。
仲間ができると思ったが、非常に残念である。
さておき。
さっき避けるのは申し訳ないと言ったが、それはそれとしてこの人と一緒に城までGO!するのは論外である。今まで必死に避けていた地雷原に自分からタップダンスをしにいくようなもんだ。
「お城までは、まだまだ時間がかかりますから。ここまでご同行してくださり、どうもありがとうございました」
というわけで、そんな台詞を口にする俺であった。
「しかし」
「セザール様のお手を、これ以上煩わせるわけにもいきませんので」
「……」
あっ、不服そう。
ここで食い下がるのもかっこ悪いけど、素直に頷くのもなあって顔だ。
でも引き下がってもらわないと困るわけで。
仕方ねえ。
「屋敷に戻ったら、お時間をいただけるかスールお嬢様にお聞きしますので。ご了承がいただけましたら、私などでよければお話に付き合いますとも」
にんじん作戦、決行!
ここで「私も貴方とお話したかったので……」という雰囲気を出してはいけない。
あくまで「セザール様が望んでいるようなので……」というのをアピールする。
いやぶっちゃけ、武者修行中の話とかすげー興味あるんだけどね?そういう姿勢を見せて脈アリだと思われても困るので、好奇心はグッと抑え込む。
「……内密なやりとりに私が同行しては、悪目立ちをしてしまう、か」
目の前のにんじんに吊られたのか、それとも言葉通りのお気持ちなのか。おそらくは7:3くらいの割合だろう。ともあれ、セザール様は名残惜しそうな声で了承の言葉を口にされた。
粘られなくてよかった~。
内心ホッと息をついていると、その間にセザール様が距離を詰めてきた。
「気をつけるんだよ?フレールに何かあったら、すぐに駆けつけるから」
どうやって駆けつけるんだ?瞬間移動?
などと野暮なことを思っていると、セザール様の手が伸びてくる。馬鹿なことを考えていたせいで、その手が頬に触れてくるのをあっさり受け入れてしまった。
「――――」
慈しむような手つきが、頬を撫でる。
間近にイケメンの笑顔があるのも相まって、ぼけっとしてしまった俺の耳に。
「……フレール?」
このタイミングで、一番聞きたくなかった男の声が届いた。
「……」
ぎぎぎと、錆びついたロボットのような動きで首を動かす。
そうして顔を向けた先には、ジャン=クリストフ・スペルビアが立っていた。
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