第33話 願い
33
ここまで来るのに、随分と時間がかかってしまった。
「……朝日くん」
「……やあ」
こうして、綿雪さんと話す事を僕はずっと待ち望んでいた。
「向こうに帰ったら、僕は君の事を覚えていられない。それが今回の代償らしい」
「……私は生き返るの?」
「おせっかいかな」
「おせっかいだよ」
綿雪さんは、僕と目を合わせようとしてくれない。
「私はさ、生きるべきじゃない存在なんだよ」
「どうしてそう思うのさ」
「いろんな人に、生きてても邪魔だって思われるだけだから」
「そんなこと思ってたら、少なくとも僕はこんなところまで君を追いかけてない」
「……なんでなの?」
綿雪さんの声が震える。僕の頭の中深くに、残っている声色が一緒に頭の中で響く。
「春葉ちゃんと一緒にいたらいいじゃない。……私が恋したのが悪いんだよ。全部、私が悪いんだよ」
「綿雪さんは……何も悪くないよ」
僕の声を聞いた綿雪さんが、はっとした表情で僕の方を向いた。多分僕の潤んだ声のせいだ。
「これまではさ、苦しかったかもしれないよ。でも、明日より先に、きっといいことはあるんだよ。今日が最悪だったとしても、明日がそれより最悪だとは限らないんだよ」
綿雪さんに分かって欲しくて、僕は必死に言葉を繋ぐ。涙と鼻水で真っ赤な顔をぐずぐずにして、今僕は最高にブサイクに違いない。
無責任だけど、言える立場じゃないって分かってるけど、綿雪さんに伝えなきゃいけない。
生きることは悪い事じゃないんだって。
「君は僕の前で何度も、何度も泣いてた。ここに来てやっと君の事がちょっとだけ分かったんだ。ずっと苦しかったんだって。好きだとか、嫌いだとか、孤独だとか、意味だとか、色々抱えて、でも誰にも言えなくて苦しかったんだって」
気付けば、綿雪さんも涙を流し始めている。
綿雪さんが泣くのは、ずるいと思った。
春葉も。
正広も。
綿雪さんも。
そして――僕も。
皆、苦しいんだ。
泣きたくて、痛くて、辛くて、苦しくて。
それでも、僕たちは笑うんだ。
「僕は、君に生きてて欲しい。美味しいものを食べて、やりがいのある仕事をして、素敵な人と出会って、色んな感情を経験して、幸せに……幸せになって欲しいんだよ」
僕は泣きながら笑う。十月の風邪の日以来たくさん書き溜めた日記を綿雪さんに差し出す。
「また、返事をくれないかな。二ヶ月分以上たまっちゃってるけど」
綿雪さんは、少しの間黙ってノートを見つめて。
「日浅くんは……どうして私のことを助けてくれるの?」
「……分かんないよ」
「――なに、それ」
明らかにそれは、僕にも分かる不機嫌そうな声で。
でもそれを言い放つ綿雪さんは、これまでに見た事がない満面の笑みで。
「ありがとう、日浅くん」
綿雪さんは、ノートを手に取ってくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます