第24話 風邪と日記
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十月二十二日、風邪を引いた。鼻はズルズルだし咳は止まらないし熱で意識は朦朧とするし、もうこれでもかというくらい風邪だった。
やはり勉強と儀式を同時にこなすというのは、思っていたよりもずっと負担を伴うものだったようで、体力と精神力を大分削られてしまっていた。ふと「あ、ヤバイな」と気持ちが折れそうになった瞬間に体がついていかなくなった。
今、僕は頭がグラグラしてまともに立ち上がることも出来ず、布団の上で寝ていることしか出来ない。しかし、こうしている間にも時間は過ぎていく。古書の解読が済んだ段階で残された日数はおよそ百八十日。その間に五十の儀式を済ませないといけないから、三日と少しにつき、一つの儀式を終わらせなければならない計算になる。しかし、儀式を始めてから五十日ほどが経った今日、終わっている儀式はたったの八つだった。
焦りの反面、母さんと僕の体は、僕が動くことを許さなかった。
「最近頑張りすぎたのよ。少しぐらい休んでなさい」というのが母さんの台詞だった。
意識がずっと、見上げた天井の辺りをふよふよとさまよい続けている。体が底の無い谷に落ちていくような感覚がずっと続いていてこの上なく気持ち悪い。とめどなく汗を掻いてるので、掛け布団は鬱陶しいからすぐに蹴ってどこかにやってしまう。
今自分がいるのが、夢なのか、現実なのか分からない。今熱が四十度近くあるからだろう。
苦しむ僕がその辺からひっつかんだ水色の日記帳の、適当な適当に開く。
開いたのは最後のページだった。この頃僕は相当荒れていたようで、八月三日の日記なんかは〔どうしてなんだろう。〕の十文字で終わってしまっている。多分、春葉と正広のキスを見てしまった日なんじゃないだろうか。
我ながら情緒不安定だなあ、とか他人事のようにそれを眺める僕。
「……あれ?」
白紙のページをめくったのはほんの気まぐれだった。そこに、もう一つ日記が在った。
ページが重なっていて気付かなかったのか、あるいはちょっとした勢いで開いたノートのページにこれを書いたのかもしれなかった。
それは、見たことの無い八月三十一日の日記だった。
*
八月三十一日(日)
これを書いてる今も、着々と記憶が消えつつあるのが分かる。寝てしまえば多分、僕は綿雪さんの全てを忘れてしまう。
僕は彼女を泣かせたままだ。春葉と違って、もう会うことが出来ないのかもしれない。そしたらもう謝ることもできなくなってしまう。僕はまだ彼女に許してもらっていない。仲直りできてない。彼女にもう一度笑ってもらえないと、多分僕は一生後悔する。
お願いだこれを読んでいる未来の僕。消えてしまった綿雪さんを取り戻してくれ。僕はもう、あの子の事を覚えていられない。
朝日
*
「日記じゃない……」
それは八月三十一日以降の自分に向けての手紙だった。
記憶に無い僕が今の僕に向けて、綿雪さんを助けるための希望と、自分のどうしようもない後悔を託している。
勝手なこと言いやがってと思った。お前綿雪さんを泣かせたのか? だから謝るなんて言ってるのか? でも綿雪さんは僕の顔なんてもう見たくもないかもしれないじゃないか。謝って許してもらおうとか全部お前の自己満足だろ。まだ笑顔を向けてもらえるとか思ってんのかよ。
一気に目が覚めた。
風邪の不快感に背筋をつたう焦りが加わる。
「――げっほ、げほっげほっ」
咳で呼吸がまともに出来ない中で、僕は体を起こした。
儀式をやらなくちゃいけない。綿雪さんを助けなくちゃいけない。涙が出てきた。多分咳のせいだ。なんで僕はこんなに弱いんだよ。
ノートを持って、這い出るようにベッドの上から落ちた。大きな着地音に気付いた母さんが二階に上ってきて、部屋のドアをノックする。
「朝日、ベッドから落ちたの? 大丈夫?」
「ちょっとうなされてただけだから。大丈夫」
学習机に座った僕は、母さんに適当な返事を返す。それに納得したようで、母さんはドアを空けることなく僕の部屋の前から去っていった。安心した僕は一息ついて、引き出しからボールぺンを取り出した。
水色のノートの、まだ真っ白なページを開く。そこに、今日の日付を書いた。
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