401話 魔王2

 先程までのふざけた雰囲気とは一変。

 魔王はじっと黙りこくり、俺の方を見ている。


 彼の問いかけの意味は分からない。

 会話ができる以上、多少なり交渉するべきなのだろう。

 しかし、トゥナをひどい目に遭わせた相手の質問に、素直に答える気にはなれなかった。


「なんだ、だんまりか? じゃぁ、これならどうだ」


 魔王がゆっくりと手を動かした。

 それを見て俺は、抜刀の構えで警戒体制を取る。


 しかし奴は武器を向けるわけではなく、突如自分が被っているフードを握り、取ったのだった──。


「──なっ!?」


 そんなことが……そんな事があるはずがない。


 フードの下はなんと、黒髪黒眼の整った凹凸の少ない顔。──つまり俺が良く知っている日本人と同じ顔立ちだったのだ!


「俺は召喚者、つまりだ。どうだ、少しは話す気になったか?」


「そんな……そんな事が……」


 魔王が俺と同じ召喚者? 召喚ってのは、勇者を呼び出すための物だけでは無いって事なのか?


 まさかの状況に俺は狼狽うろたえる。

 だってそうだろ? この世界で魔王と呼ばれている人物が自分の同郷、日本に住んでいた人物なのだから──。


 俺のその様子や気持ちを見透かしたのだろう「驚いてるな、良い顔だ。やっと話す気にもなったみたいだしな?」っと嬉しそうに笑い声を上げる魔王。


 そして奴は不適な笑みを浮かべ、こう口にした──。


「お前、名前はカナデって言うのか?」


 っと……。


「……だから何だ?」


「はっはっは、なるほどな。俺の顔を見てもその様子じゃ、何も知らされてないのな?」


 コイツは……何を言って。


 それに人が多く亡くなっている戦場で、これほどまで楽しそうに出来るものなのか? 狂ってる……。


 三日月のように開かれた嬉しそうな口は、俺の不安を掻き立てるには十分だった。

 

「じゃぁこの先は驚くかもな、いや、絶対に驚くに決まってる」


 コイツ、今の状況を心から楽しんでる……。


 落ち着け俺、惑わされるな。奴が何処で産まれ、どんな経緯で魔王をやっているかは分からない。

 しかし魔物を使い、多くの命を奪った事にはかわりない。

 やめさせないと。例えそれが、同郷の命を奪う事になっても!


 目を離すな、同じ人間ならリーチ等の差はない……。今のうちにしっかりと観察しろ!


 俺は、まじまじと相手の特徴を観察する。身長、手足共に俺より多少は長い。


「しかしあんな武器で、よくトゥナとやりあって……」


 魔王が持っている剣は、俺がこの世界に来たときに斬った聖剣カラドボルグだった。

 攻撃の範囲は俺の方が広い……って訳では無さそうか……。


 不意にさっきの舞い上がった砂埃の先を見た、そこには俺がさっき倒した魔物の死体が。

 そこには粗いヤスリで削られたような、汚い切り傷が見えた。

 魔王によって巻き上げられた砂に、体が削られたように見える。

 

「飛ぶ斬撃……前言撤回だ、こんな創作物の中だけにしてくれよな」


 冷静を必死で装う俺に、不敵に笑う魔王の口から更に信じられない言葉が飛び出すこととなる。


「よく聞けカナデ。俺の名前は──帯刀たてわき しずめだ」


「……嘘、だろ?」


 頭の中が真っ白になった。

 もう二度と聞く機会は無いと思っていた名だ。

 そんな事があり得るはずは……。


「魔王の名が……帯刀? それって、カナデ君と同じ……」


「そう同じだ。何もおかしいことはない、そいつの──父親だからな! 所であんた、さっきから人を魔王だとか言ってるが、今は俺の事をそんな風に読んでるのか?」


 じいちゃんが勇者で、父さんが魔王? なんだよそれ、悪い冗談にも程がある。

 悪夢を見ているようだ、きっとそうに違いない。

 

「なるほど、魔王……魔王か、悪くない」


 しかし、心を乱されているのは俺だけの様だ。

 平然とした表情で、考えた素振りを見せている。


「じゃぁ俺を倒しに来たお前達のどっちかが、勇者とでも言うのか? それは傑作だ」


 ……違う、別に勇者なんかじゃない。


「じゃーお約束だ。カナデ、俺の仲間になれば世界の半分をくれてやろう……。いや、全部やるよ、どうだ?」


「仲間……に?」


「──カナデ君、騙されないで!」


 今だ傷が癒えきれないトゥナを見てハッとさせられる。

 自分がどうして、危険を冒してもこの場に居るのかを。


「本当に父さんなのか? だったらなんで……何で魔物を使って人を殺す!」


「あぁ? 本当何も知らないんだな。クソ爺の奴は何をやってたんだよ」


 クソ爺? それってもしかして、じいちゃんの事か。


 先ほどまでの笑顔から一変、魔王の顔つきは険しくなった。

 

「──そんなの、復讐に決まってるだろ?」


 その発言、その表情を見た俺の背筋は驚くほど寒くなったのだ……。

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