第360話 新たな扉

 仕方がないが、今回は移動にユニコーン達の協力を得る事ができそうにない。


 俺は頭を悩ませながらも単身、俺の補佐であるシバ君の所に向かい、彼に相談してみた。

 すると、この村に来る際に使った馬車の馬を二頭、快く準備してくれると言うのだ──。


「大丈夫です、問題ありません。むしろ、ささやかですが僕たちにも出来ることを協力させて下さい!」


 っとの事……。


 普段は農業でも使われているが、二頭程なら差し支えないと言う事なので、お言葉に甘えさせて貰うことにした。


「これで移動手段は確保した、今回は長期にわたり不在になる……。後は食料や消耗品の受け渡しだな。そう言えば聞いた話だと、食料を保管する方法が出来たんだって?」


「はい、食料貯蔵庫の事ですね? では早速案内します」

 

 シバ君の後ろに続き、村の西側へと歩いて行く。

 森に入り、川を越え、山の麓へと差し掛かった──。 


「驚いた……こんな所に洞窟があったのか」


 そこ警備の村人が二人程立っており、入り口らしき部分には扉がつけられている。


「村長が長期の不在の為、食料を備蓄に来ました。開けてもらってよろしいですか?」


 シバ君の呼び掛けに「「わかりました」」と、警備は入り口の扉を開いた。


 中を覗くと薄暗く、まるで熊か何かが冬眠していそうな雰囲気だ。


「カナデさん、では中へどうぞ」


 覚悟を決め、進められるがままに洞窟の中に足を踏み入れた──。


「うぅ……寒いな……天井に氷柱つららが出来てる?」


 これはもしかして、氷室ひむろ……と言うやつなのか。

 中には貯蔵中の食材や、大量の氷が棚に積み上げられている。


「はい。最近は特に冷え込んでいて、色んな所に厚い氷が出来てます。それをこちらに運ぶことで、気候が多少温かくなったとしても、十分な冷却効果が見込めるでしょう」


 なるほど。確かにここなら、冷蔵庫変りとして十分に使用できるだろう。


 俺は早速、マジックバックの中から食材を取り出して棚に並べて行く。

 

「──よし、こんなもんか?」


 棚一杯に食材を並べてみる。

 まるで小さな食糧倉庫だ、中々に壮観そうかんだな。


「本当に、カナデさんのそのバック凄いですね。ここで管理しても食材の鮮度は時間と共に落ちるのに、ずっと新鮮なまま維持って……」


「だろ? これには随分と助けられたからな」


 異世界に来て、初めて買った物のひとつ。

 あの時はこの世界の貨幣の価値も分からず、これを買うだけでも随分と苦労したな。

 ミコと出会い、マジックアイテムへと生まれ変わった大切な荷物入れ。 

 俺は、所々シミのついた、愛着のあるバック撫でる。


 いま改めて、このバックの凄さを実感したな……しかし、それだけじゃない。


「確かにマジックバックは凄い。けどこんな場所を作る皆も、十分凄いと思うよ。ティアに聞いたけど、ここの発案はシバ君なんだって?」


 目の前の彼も、こんな俺に着いてきて、必死に努力し、結果を出してきている。

 この部屋がなければ、大量に材料を置いていっても腐らせるだけだったし。

 この村が短時間で発展したのも、若いながらに指揮を取ってきたシバ君の力も大きい……立派だよ。


「なぁシバ君、突然こんな事を言うと気味悪いかもしれないけど、君にならここを任せられる──村の事は頼んだぞ」


 ちょっとしたつもりで言った激励の言葉、それを聞いたけどシバ君は、みるみるうちに笑顔になって──。


「はい!!」


 そして、花が咲くような可愛らしい笑顔を見せたのだ。

 可愛い! つい頭を撫でたく……。


「そ、そうだ。急がないと、皆を待たせてたんだった!?」


 用も済んだ……衝動的におかしな事をしでかす前に、俺はその場をトンズラした──。


「あぶないあぶない。危うく、新しい扉が開かれるところだった……」


 あの子笑顔は危険だ、母性を刺激する!


 洞窟の方からは「カナデさん、おきをつけて下さい~!」っと、シバ君の声が聞こえたのだった……。



 そして、その日の夕方。出発の準備が整う。


 シバ君には村人を含め、見送りに来ないようにと念を押しておいた。

 大人数のお見送りも嬉しいが、忙しい中、わざわざ足を運んでもらうのも悪いからな。


「じゃぁティア、すまないけど行ってくるよ」


 今回の陸路は、リベラティオ、キルクルス、アウラダを経由せず、真っすぐラクリマへと向かう。

 マジックバックを保有しているからこそできる、類のない長距離運行。本当、ミコ様様だよ。


「カナデ様、十分にお気をつけて下さい。それとあの~……」


「ん? どうした」


 自分の口の前で手を合わせ、指を擦り付け、モジモジとして見せるティア。

 そして何やら言いづらそうに、言葉を口にする──。


「こ、今回は、この前の時みたいなのは無いのかな……っと思いまして」

 

 ──っと。


「この前みたいなの……?」


 この前とは、いつの事だろうか?

 俺は必死に思考を巡らし、彼女が言葉を濁した意図を探る……。


 なぜ、目の前の彼女は顔を赤く染めているのだろうか?

 なぜ彼女は涙を浮かべ、うっすらと熱のこもった視線をこちらに向けるのか……。

 

 俺は、一つの答えに行きついた。そう──頬キスだ。


「──ありません! バルログ依頼の時のあれは、ありません!」


「そう……ですよね?」


 一瞬落ち込んだ表情を見せるが、俺に気を使ってだろう……ティアは健気にも、すぐ様笑顔を見せた。そして、潤んだ瞳を手で拭う仕草を見せる。


 な、何も、そこまで落ち込まなくても。ハーモニーが居る手前、出来る訳ないだろ?


 案の定と言うべきか、背後から忍び寄る小さな手が、俺の服を掴んだ。


「カナデさん~? その事については、また後で詳しくお聞きしますね」


「はい……」


 新たな冒険への出だしは、なぜいつもこうなのだろうか……。平和に旅立てた事の方が少ないぐらいじゃないか?

 でも、悪くないと思ってしまっている俺が居るんだよな……これは重傷だ。


 その後、俺達はティアとミスリンに見送られ村を後にしたのだった。

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