第234話 エルクシル(中)

 キサラギさんは、そう言葉にすると俺の隣に入る彼女を指差した。


「わ、わたしですか~……?」


 キサラギさんはハーモニーの問いかけに、横に首を振る。しかし、彼女の指の先には、ハーモニーしか居ない。


「いや、ぬしだけではない……エリクシルとは即ち、加護が肉体に定着していない、未成熟のエルフそのものじゃ」


「──っ! 何を言って……そんなの薬でも何でも無いじゃないか!」


 エルフの子供達がエルクシルって言うことかよ。意味が分からないぞ? 例え冗談だとしても……それは笑えない。


「そうじゃ。……なんでも治すことの出来る霊薬とは、噂に尾ひれでもついたのじゃろう。しかし、あながち間違いとも言いきれんのじゃ」


「ど、どういう意味なんですか。キサラギ様~!」


 ハーモニーは驚きのあまり立ち上がった。

 表情がいつもより険しい……それもそうだろう、この様な話を聞かされては、気が気でなくなるのは当然の事だ。


 キサラギさんはハーモニーを手でなだめ、話を続けた。


「エルフという種族はの、元来神の肉体の代用品として存在しておるのじゃ。故にエルフは他種族と比べて、強い加護を与えられておる。長寿や魔法適性が高いのも、その為やも知れぬな」


 なんなんだよそれ。じゃぁなにか、エルフは神々の予備部品ってことなのかよ!

 そんなの……あんまりだろ?


「エルフ達は、そんな無茶苦茶な神を信じているってことなのか?」


「うむ。そもそも知っている者が少ないということもあるが、知ったところで生きるためには、その加護を捨てることはできん」


 加護ってなんだよ……話を聞いてる限りじゃ、人質や足枷と変わり無いじゃないか!


「ぬしが知るよしも無いが、どの種族にも神は存在する。ヒューマンにはヒューマンの神、エルフにはエルフの神──ドワーフや獣人であっても、例外はない。神は己が作り出した子に加護を与えるのじゃ。その種族の欠点を補うものが多く、それ故に神は神聖視される」


 キサラギさんの話を聞き、言葉に詰まった。

 確かに代用とされない時であれば、加護を与えてくれる神かもしれない。

 でもいざ、自分の肉体を寄越せ! っと言われたら、そのエルフはどう思うのだろうか?


「わっちらの神は、その肉体の代用品として、エルフという種族を作った──ただそれだけの事じゃ」


「──それだけって……それじゃエルクシルを渡せないって言うのは……」


「察しのとおりじゃろう。エリクシルへと魂を移す術でもあれば、間違いなくどんな病も治す。健康な肉体と取り替えるのじゃから当然と言える……元になるエルフの──魂を殺してじゃがの」


「そ、そんなの……くれなんて言えないじゃないか」


 終わった……。

 トゥナが他の人の肉体を奪ってまで、生き長らえる事を望はずがない。

 何より、そんな非人道的な事出来るわけ無いじゃないか。


「すまないキサラギさん……俺はずっと無理を言っていたんだな? でもどうして、そんな重要なことを俺に教えてくれたんだ?」


 自分で聞いておいて、言うのはおかしいかもしれない。

 しかし、種族の間でも秘密にしているのに、俺話してくれた理由が気になった。


「……さあな。わっちは響の孫となるぬしに……嫌われとう無かったのやも知れんな」


 寂しそうな顔をして答えると「それに、聞かせておけば何かあった時、ぬしなら知らんふり出来んと思っての」っと急に笑顔になた。


 ──おい、さらっと巻き込むな! こんな時に冗談なんて……。


「そこで、わっちが協力すると言ったのは、エリクシルの代わりとなる薬を準備してやれるからなのじゃ」


「そ、それは本当かキサラギさん!」


 エルクシルじゃなくても、トゥナ助かる? しかも準備してくれるって、持ってるって事だよな?


 ……助かる? 本当に助かるのか。


「──しかしの、その娘を完璧に治すことは出来ん。わっちが知る限りでは、完治させる方法は存在せんのだ……」


「完璧には……治せない?」

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